第28話 歪みが語るとき
「どこだ、どこにいる」
重低音の唸るような声にビクリと身体が震えた。
そぉっと目を開けば、屋根の大きな破片が階段の手すりに被さり、ちょうど私を覆うようになっていた。どれぐらい意識を飛ばしていたかわからないけれど、それでも長い時間ではないはずだ。
そして、今さっきの声は誰なのか。
ゆっくりと音を立てないように身体を動かして、そっと隙間から辺りの様子を窺う。
倉庫の屋根が、階段や地面に破片が飛び散っていた。
縦に吹き飛んだのは、レンガ造りのため横に膨張できなかったからだ。おそらく、屋根と床が抜けた衝撃で、追手は吹っ飛んでるはず。だから、すぐに復活してくる可能性は低い。
そもそも、こっちは何もしていないのに、いきなり追いかけてくるなんて酷い話だ。
「悪いようにはしない、出てこい」
冷たく低く嗜めるようなトーン。
再度、響き渡る声にどこか聞き覚えがあった。
——セヴェリン・ザイス。
魔術士ギルド副長が、今、近くにいる。
おそらく、索敵魔術を放ったのも彼だろう。離れたところから盤面を見ていたけれど、突然、爆発したのだ。慌てて飛び出してきた、といったところだろうか。それを思ったら、ほんの少しだけ優越感に浸ってしまう。この爆発音に倉庫で働いている人たちが駆けつけてくるはずだ。そうしたら、その隙に逃げればいい。
息をひそめて、そのチャンスを伺う。
(……どういうこと?)
派手な爆発音がしたのにも関わらず、一向に誰かが駆けつけてくる気配すらなかった。
警備や倉庫勤務の人たちの足音すら感じられない。
背中に嫌な汗が垂れる。
別の要因でここに来れないということなんだろうか。震えだす身体をキツく腕で抱きしめる。今は、怖がっている場合じゃない。理由がわからないけれど、助けをアテにできない以上、別の手立てを考えなきゃ脱出不可能だ。
とにかく、ザイス副長の気をそらして、階段を駆け下りる。大通りを走れば、少なくとも他の人の目に触れるはずだ。
一か八かの賭けだけど、動かないで捕まるよりはマシだ。
「目に見えぬ刃よ、幾百の層となりて空を裂け——疾風陣」
手を伸ばして、向かい側の倉庫の屋根をかまいたちの風が駆け抜ける。
裂かれた天井が滑り落ちて、ドスン、ドスンと地面に落ちて、土煙があがる。その音に紛れて、私は非常階段を一気に駆け下りた。
(よっし、あとは大通りまで走れば……っ!)
角を曲がろうとしたところで、足が止まる。
明らかに魔術によって生み出された土壁が道を塞ぎ、進行を妨げていた。
その手際の良さに、相手が高位の魔術士であることを痛感する。でも、道はまだ他にあるはずだ。
ところが、走れば、走るほどに、どんどん大通りから外れていくのがわかる。そして、さらに潮の匂いが、焦りと嫌な思いが膨れ上がらせる。なぜなら、海の方へと誘導されているように感じるからだ。
(もう、やだっ!)
目頭が熱くなって視界が歪む。けれど、立ち止まってしまったら、そこでゲームオーバーだ。
手で強くこすって、港の最端にある倉庫へ駆け込んだ。
ゴウン、ゴウン。
大きな機械が脈打つ鼓動に、足が止まる。
そして、その音の場所に導かれるように歩いていけば、やがて大きな鉄製の扉の前にたどり着いた。
ガラガラと引き戸を開ければ、そこにあったのは禍々しい赤色の液体が並ぶ研究施設のような場所。
そして、最奥には巨大な水槽のようなものがあり、血のような液体が循環していた。
「これ……は」
間違いなく人工石の製造機だ。
歪みを凝縮したかのような姿に、吐き気がこみ上げてきて、口を手で覆って膝をつく。
見つけたかったけれど、まさか、こんな風に作られてるとは思ってもみなかった。
「やはりお前か」
その機械の奥のドアが開き、ニタリと笑う悪魔のような男が現れた。
「ザイス副長……」
私が呟けば、彼の片眉が小さく跳ね上がる。予想外だと思っていた様子だったけれど、私を見て確信した。
「貴様らは計画の邪魔をするばかりか、弟子一人だけ寄越すとは……随分と舐められたものだな」
偶然だとは言えない。けれど、“計画”という言葉に引っかかった。
やはり、何年もかけて作り上げないと、ここまで仕上がらないからだ。
「貴方が……犯人ですか」
心臓が激しく音を立てる。
ザイス副長は虚を突かれたように目を大きく見開いたけれど、私を見下すように少し顔をあげた。
「犯人とは聞き捨てならんな。これは、魔術の真理を探究するための施策に過ぎない」
「……どういうことですか」
ザイス副長は、恍惚とした顔で機械に触れる。赤黒い液体がボコボコと流転して、得体のしれない何かを生み出しているようだ。
不気味な笑みを浮かべて私を見る。その瞬間、背筋がゾクリと這い上がった。
舌なめずりをする蛇のような目に、言い表せないほどの恐怖心が湧き上がってくる。
「貴様ら錬金術師は分家どころか、魔術の堕落を生む膿だ。だというのに、国はそれを推奨した。わかるか? 魔術よりも劣る存在を発展させようとしたことに。かつて、魔術を究めていた王である男が、推し進めた。全く……老いというものは恐ろしいな。耄碌するとロクなことを考えない」
「…………」
先生が城に呼ばれる理由がここにあったのか。
けれど、錬金術が堕落を生むということがよくわからない。
あの試験の時も彼は錬金術に対して嫌悪感を丸出しにしていた。魔術こそが至高だと言わんばかりの態度。
信仰、という言葉がよみがえる。彼は魔術を探究することに並みならぬ執念があった、と先生は言っていた。
一連の事件もそれが関係しているんだろうか。人工石を生み出す理由があるはずだ。
「どうして……人工石なんてものを作ったんですか?」
「人工石? あぁ、貴様らはそう名付けたのか。これは、紛い物だ。貴様らが作る魔術具に依存する貴族や王族を目覚めさせるための、紛い物に過ぎない。偽物を作り、流布し、使えないものを生み出す錬金術など、信用ならないと決定付けるための物に過ぎない」
「えっ……」
つまり、どういうことなんだろう。
あまりにも考えが飛躍しすぎている。
錬金術の価値を下げるために、人工石を作ったということなんだろうか。国が推奨したから、という理由で、ここまで大規模なことをしでかしたのか。
「そっ、そんなの逆恨みじゃないですか!」
「何を言う。魔術という真理からかけ離れることこそ、我々、魔術士に対する侮辱だろう。だから、鉄槌を下すためのものだ」
呆れて何も言えなくなってしまった。
魔術士として真理を探究するために、魔術具を生む錬金術師を亡き者にしようとした。
自分の信仰のためだけに、どれだけの人が辛い思いをしてきたのか。
心の底から震えあがる。ぐつぐつと煮えたぎる熱をおさえることなんてできない。
悠然と立つザイス副長を睨みつけると、私は声をあげた。
「だからって錬金術を馬鹿にしないで! 私も先生も、誰かのために魔術具を作ってる。それは、堕落なんかじゃない。魔石と同じように磨いて、研鑽して、作り出してる。そこに優劣なんてあるわけないじゃない!」
「……これだから錬金術師は困る。いいか、魔術という真理の結晶と、貴様ら魔石や薬草などの合成物とでは格が違う。一から出直してこい、小娘が」
「なっ!」
余裕綽々の顔を見ると鼻っ柱を叩き折りたくなった。
怖がっていた自分が馬鹿みたいだ。この人を言い負かさないと気がすまなくなってきた。
頭をフル回転させて、足を踏みしめる。プライドが私を奮い立たせた。
「魔術が真理の結晶? それこそ人工石と同じじゃない。優れた魔石は、不純物があっても磨けば輝くし、それこそ唯一無二の輝きを生む」
私は胸に手を当てて、その奥の意志に触れる。
この原石はまだ磨き途中だけど、私は最高位の原石を知っている。
だからこそ、まぶしい輝きを生み出すために、互いに磨き合いながら強い意志で歩み続けるんだ。
「だから、貴方の考えは違う。そして、それを生み出す人工石も壊してみせる! 集え熾熱の楔、赤き芯を穿ちて破裂の焔を咲かせよ——炸裂!」
手をあげて、私ができる範囲の最上級の爆裂呪文をあげる。
小さく鋭い火が機械の間に入り込んで、内部を大爆発させる——はずだった。
なにも起きない。
呪文を間違えたかと思ったけれど、振り上げた腕に魔力が集まってこない。それどころか、体中をめぐる魔力回路そのものが動かなかった。
おかしい、と思ってザイス副長を見れば、勝ち誇ったかのように笑っていた。
「機械を壊されては困るからな。この部屋自体に魔術干渉を抑制する術式を組み込んである。まぁ、万が一に備えて、お前のような者が来た場合に備えて、こういったものを用意している」
そういってザイス副長は機械の近くにあったボタンを叩いた。
すると、その右側の巨大な格子がゆっくりと上がっていく。まるで、牢屋の扉が開かれていくようだ。
「紛い物を作った際にでた不純物が、洗脳効果をもたらす——というのは貴様らも知っているだろう? 人間に通用するものなら、魔獣とて同じだ」
ガゴン、と格子が上がりきる。
そして暗闇の通路の向こうから、何かの足音が聞こえてきた。
ザイス副長は「躾はすでに済んである。見ものだな」と呟いた。
「あっ、あぁ」
魔術が使えないのであれば、私はただの人間だ。魔獣なんかに勝てっこない。
足がガクガクと揺れて、その場にへたり込む。
(どうしよう……)
腕の力で後ずさってみるものの、力が入らない。
逃げなきゃ、と思っていても、恐怖が私を縛り付けて、足が動かなかった。
何か手立てはないのかと周りを見渡しても、使えそうなものなんて、何一つとしてない。
(……先生、先生っ!)
助けて。




