第26話 見つけた場所
一通り朝の家事を終わらせて、先生より先に工房を出る。
ちなみに先生が向かう騎士団の詰所は、ちょうど工房と倉庫街の中間くらいの場所だ。お昼は先生と合流したあと、外で食べることにした。
(ランチ、どこにしよっかな~)
メインストリートのカフェや食事処を横目に、私は倉庫街まで歩く。
心地いい海風が通り抜ける。アルフヘイムの夏は、薄手の長袖でも歩けるくらいに気温が上がらない。湿度も高くなく、カラッとした気候だ。だから、青い空はどこまでも澄み渡って、いい天気だな、なんて呑気なことを考えてしまう。
ボォォ――。
船の汽笛の音が鳴り響く。
一段と潮の匂いが濃くなって、倉庫街が見えてきた。
改めて見ると、立ち並ぶ倉庫の数はかなり多い。碁盤の目のように整然としているけれど、働く人でも迷子になりそうなくらいだ。標識や倉庫の扉につけられた紋章などで把握しているのだろうか。
「シルヴェリ様ー!」
倉庫番が入り口で手を振って待っていてくれた。
様付けされるほどじゃないんだけど、と思わず苦笑してしまう。挨拶して、さっそく、倉庫を案内してもらった。
一号倉庫もかなり広かったけれど、今日歩いた倉庫は二階建てで、見る量も多かった。そのおかげで目ぼしい魔石もいくつか見つかり、倉庫二階のベランダのベンチで休憩を取ることにした。柑橘水をもらって喉を潤せば、歩き疲れた体に染み渡る。
目の前に広がる雄大な海と潮風が心地よくて、倉庫街の喧騒もほんの少しだけ遠く感じる。
倉庫街は大勢の人が働いていて、馬車が行き交い、荷物も左から右へと川のように流れて留まることを知らない。午前中だから特にそう感じるのかもしれないけれど、それでもアルフヘイムの大動脈の力強さを感じてしまう。
ぼんやりと眼下を見下ろせば、通りゆく人々の中で気になる荷車があった。
駆け抜けたいけれど、人々の多さに思うように進めず、焦って地団駄を踏む――細身の男性たち。
(……なんだろう)
周りは麻袋を担いで歩く屈強な人々ばかりだからこそ、妙に浮いて見えた。
それに、荷台の無地の麻袋も気になった。倉庫内の麻袋や紙袋には、大抵名前や品名が書いてあったからだ。例えば小麦粉と石灰なんて、パッと見たら同じ白い粉にしか見えない。だから、デカデカと名前が書いてある。
人の間を縫うように、無名の荷物が運ばれていく。
自然とそのあとを目で追って、行く先を見届ける。人々が少しずつ減っていく倉庫の端へと向かっていった。
ざわざわと胸が騒ぐ。何かとても重要なものを見ているような気がしたからだ。
思わず立ち上がりかけたけれど、理性が足を踏みとどまらせる。
同じように外を眺める倉庫番がいる以上、彼を巻き込むわけにはいかなかった。
その後、案内してもらった小さな倉庫は、落ち着いてみることができずにいた。さらに入り口まで送ってもらう予定が、急きょ、倉庫番が呼び出されてしまったため、その場で解散となってしまった。
この道を真っ直ぐ歩けば入り口につく。迷うことなんて何一つとしてない。
「…………」
けれど、足が動かなかった。
行くべきじゃない、と頭の中で警報音が鳴り響く。
先生と合流する場所には、騎士団がいる。場所だけでも特定できれば、あとは急いで帰ってお願いすればいい。
そんな考えを、奥歯で噛みしめて抑え込む。また一人で先走ったら、先生に怒られるかもしれない。
ぎゅっと拳を握りしめる。
——でも、これ以上、誰かが不幸になるのが嫌だった。
シャルロッテお嬢様や第三王子、魔剣を作った鍛冶職人。
もしかしたら、他にも悲しい思いをした人がいるかもしれない。
心臓が潰れそうなくらい痛くなる。
私が錬金術師を目指した理由は、実家のためだ。
使う人を喜ばせたい、と魔術具や薬を作り続ける父の姿を見てきたから。
だから、大好きな魔石を使って笑顔を生み出すために、こうしてここにいるんだ。
「…………っ!」
踵を返して走り出す。
(見つけたら、すぐに帰りますから!)
心の中で先生に誓って、私は荷車が向かった方角へ突き進む。
端に向かえば向うほど、倉庫の入り口にある紋章が変わっていくことに気づく。ハフェンブルク家のものじゃない、貴族の紋章や国章、店名など、倉庫の規模も大小様々になっていく。
ある程度、奥まってきたところで私は細い路地をめぐる。周りの倉庫はあまり使われていないせいか、ドアが錆びていたり、中途半端に開いていたりと、人の気配すら感じなかった。
さっきの荷物は別の場所にあるのだろうか。そんな風に思いながらも、きょろきょろと探せば、馴染みのあるものを見つけた。
「……あった」
それは、魔術士ギルドの紋章だ。
こんなわかりやすく表に出すとは思ってもみなかったけれど、ボロボロの状態で使われていないのかもしれない。
(……どうしよう)
見つけてしまった。でも、周りと一緒で使われている気配がしない。
ここじゃなくって別の場所なんだろうか。
「おい! そこでなにしている!」
「っ!」
突然の声に振り返れば、細身の男性が警戒心むき出しで、歩み寄ってくる。
どうしよう、と判断に迷ったけれど「迷子になっちゃって」と笑って誤魔化す。
そしてすぐに立ち去ろうとすると、その男は「待て!」と大声をあげて、向かってきた。
「伸びやかなる鉄の息吹よ、重装となり——」
「水よ、円を描け! 水球!」
水の塊をぶつけて、脱兎のごとく逃げる。
ここで捕まったら元も子もない。急いで、大通りに戻ろうとしたところで「こっちにいるぞ!」と別の方角から声が聞こえた。
(っ、なんで!?)
慌てて方向転換して、別の方角に突き進もうとすると、足音が聞こえてくる。
少なくとも何人か仲間がいるようで、私を何としてでも捕まえようと必死だった。
わけがわからず、一旦、見知らぬ倉庫に入ってみるけれど、張り上げるような声が近い。
(どうして……)
明らかに私がどこかに隠れていることがわかっているような雰囲気で、捕まるのも時間の問題だ。
じわり、と汗が垂れる。
このまま動かないわけにはいかない。けれど、無策で出るには危険すぎる。
せめて、マーキングでもつけられているような理由が知りたい。
(——まさか、索敵呪文!?)
基本的にダンジョンなどで、魔獣などがいないか、魔力の反射を利用して敵を探し出す。そのため、魔力を感知する能力に長けている魔術士じゃないと使うことすらできない。
だとしたら、全く歯が立たないどころか、逃げるのも至難の業だ。明らかに金や銀といった、トップクラスの魔術士が、今ここにいるということになる。
けれど、ちょっと怪しい人間がいたというだけで、いきなりそんな高位魔術を放つ理由がわからない。あるとしたら、そんな理由はたった一つだ。
(人工石の機械、絶対、ここにあるじゃん!)
最悪だ。
見つけたかったけれど、見つかりたくなかった。
頭を抱えて、せめて、どうにかできないかと思いかけたときだった。
「こっちの倉庫だ!」
「っ!」
入り口とは反対側のドアを目指す。
そのまま、次の倉庫へ入って、最奥を目指す。
が、私の足音に相手も気づいて向かってくる。
(どうしよう、どうしよう!)
魔術で勝てる相手じゃない。でも、逃げなきゃ、何されるかわからない。
怖くてたまらず、嗚咽をあげて泣き出したくなる。でも、足をとめたら捕まってしまう。
バン、バン!
ドアを開けて、曲がって、更に奥へ。
階段を駆け上がり、他に道はないか探しかけたところで、無印の麻袋を見つけた。
「これって……」
引き裂いてみれば、零れ落ちる真っ赤な砂。その毒々しい色を忘れたことなんてなかった。
——人工石の材料。
その姿を見た瞬間、カッと目の前が真っ赤になる。
これのせいで、どれだけ私が苦労してきたか。
ドタバタと下で音が聞こえてくる。
(やるっきゃない!)
人工石の材料に似た成分は、インカローズ、ガーネット、紫霧石、幻惑石だった。そして、主成分のほとんどが可燃性の高いものだ。だったら、私でも上位の魔術士に勝てる。
幸いなことにこの倉庫はレンガ造りで、天井は木造だった。そして、窓の下を見れば、非常階段があった。
(イケる!)
麻袋を全部開けて、大きく振り回す。中身を全部、ぶちまけて部屋中に砂を拡散させる。
そして、窓から外の非常階段へ飛び出し、振り返りざまに私は呪文を唱えた。
「炎よ、円を描け! ――炎球!」
投じた小さな火球が、浮遊する粉末に触れた——その瞬間。
——ドガァンッ!
窓から激しい閃光が火花を散らす、ワンテンポ遅れて凄まじい爆風が一気に押し寄せてきた。
私は非常階段の手すりを掴み、倉庫の壁に身を寄せて縮こまる。
膨張した空気は逃げ場を求めて天井を突き破り、空高く屋根を吹き飛ばした。
その激しい衝撃と崩壊した天井の破片が一気に落ちてくる。
頭を抱えて息を止め――目の前が真っ暗になった。




