第24話 マーケット・デート
「わぁ!」
久しぶりにきたマーケットは相変わらず盛況だった。
港の赤いレンガ造りの倉庫を二棟ほど貸切って開催されていて、ジャンルごとに区分けされている。メインは魔術関連なんだけど、生活用品や冒険者向けの雑貨店も中にはある。扱っている品物や問屋の規模によって、ブースの広さも大小様々だ。また、商談ブースも設けてあり、ここで取引する貴族や商人もいる。
大勢の人が行き交い、ブースごとにメインの品物が違うため、マーケットは多種多様な色の洪水だ。加えて、それらを囲うようにぐるりと屋台が軒を連ねて、入り口に立っていても、香ばしい匂いが漂ってくる。正直、どこから行くか迷ってしまうくらいだった。
アルフヘイム地区の人の大半は遊びに来ているし、この日のために地方から訪れる人も多い。私も友達と何度か訪れたことがあったけれど、先生と来るのは初めてだ。
「久しぶりに来ましたけれど、人が多いですねぇ」
「先生、さっそく魔石の買い付けに行きますか? ちょっと私、生活用品も見てみたいです」
いざ来てみれば、沸き立つ衝動が納まりきれず、つい声が弾んでしまう。
正直、事件のことはまだ引っかかってはいる。けれど、こういうお祭り騒ぎの場所に来たら、薄らいでしまう。誰もが笑っていると、自然とこちらも口が緩んでくる。
そんな私に先生もつられて「じゃあ、そこから見に行きましょうか」と微笑んでくれた。
*
しゃがみこんで、じっと見比べることしばし。
私は二つのアメジストを交互に手で持って、角度を変えながらルーペを覗き込む。
「お嬢ちゃん、どっちも変わらんよ?」
「いえ、違います! ここ、ここの部分。こっちは内包物が多めですけど、傷が少ない。かといって、こっちは逆なんですよ!」
店員のおじさんにため息をつかれて「早く決めてくれ」とぼやかれる。
けれど、高価なアメジストが二割引きと書いてある以上は、厳選に厳選を重ねたい。せっかくの大チャンスを棒に振ってなるものか。太陽に透かしながら見つめて、ようやく決心がついた。
一方で、先生も別の魔石と睨めっこ中だ。手に持っているのは、銀蘭鉱という、珍しい魔石だ。魔力を注げば激しい光を放つ魔石で、大広間の照明などに使われる。目くらましにも最適だし、光属性なので他の魔石とも相性がいい。
「初めて現物を見たんですけど、綺麗ですね」
「えぇ。僕もあまり見る機会がなかったので、つい」
銀蘭鉱は、白銀色が特徴的な魔石で、早朝の雪原を閉じ込めたような淡い光を放つ。図鑑でもとても美しいと書かれていたけれど、実際は想像以上に神秘的なものだった。結晶のなかで太陽の光を拡散させて、先生の手が薄っすらと虹色に輝く。
「でも、扱いが難しくってどうしたものかな、と」
「先生でも難しいですか?」
「濃度が高すぎるんです。各属性を中和する、という利点はあるんですけど、用途が限られてしまって」
「あ、光が強すぎるから」
「そういうことです。ただ、小瓶などにいれて少量ずつ使うという手も出来るのでは、と思いまして」
だから、眉間にシワを寄せていたのか。
一つの魔石を多角的な視点で判断する先生らしさに、思わず顔が緩んでしまう。どんな魔石でも先生の手にかかれば、無限の可能性の源になる。単なる鑑賞物じゃない、その秘めた力が何かに生まれ変わっていく。だから、ずっと飽きないんだ。
この先も、こうしていたいと思うくらいには、見続けたい。
「フィーナは決まったんですか?」
「はい。これにします」
手に持ったアメジストを見せると、先生はひょいっとそれを持って店主のおじさんのところに行き会計する。
——あれ、お金。
あまりにもスマートに持っていくから、虚を突かれてしまったけれど、自分で払う予定だった。
「先生、あの」
「必要経費ってことで、帳簿に書いておいてくださいね」
私の手にアメジストを戻すと「次の店に行きましょうか」と、何事もなかったかのように歩き出す。
帳簿につけていいなら、仕事のためのものだ。そう思っているのに、なぜかアメジストをじっと見てしまう私がいた。雑踏に紛れてしまう前に先生の背中を追いかけなきゃいけないとわかっていても、妙に手にあるものが輝いて見える。
その数秒。もうどこかに行ってしまったのだろうか、と不安がよぎったけれど、先生は振り返って待っていてくれた。
「フィーナ」
名前を呼ばれる。
たったそれだけで、小さく胸が跳ねて、手に持った魔石を握りしめてしまう。
何も変わらないはずだった。でも、隣を歩くだけでふわふわと湧きたつものがあった。先生と魔石を探しているからだろうか。
少年のようにキラキラとした顔で「見てください!」と手招きされると、駆け寄って同じものを見つめる。
どう使うのか、こんな風にしてみたらいい、あれにも応用できる。そんな会話なのに——そんな会話だから、時が経つのを忘れてしまうんだ。だから、先生の笑顔が伝播して私も笑っているし、色々な魔石を見ることは新鮮なひと時だ。
(……来てよかった)
さすがにお腹がすいてきたので、屋台の軽食で一休みをすることにした。
ベンチに座れば、潮風が通り抜けて、雲一つない青い空を教えてくれた。
平べったいパンにトマトソースとチーズをかけて挟んだ、ディチカと呼ばれるものを食べる。
コーンや玉ねぎといった野菜や肉も入っていて、簡単にいえばワンハンドピザみたいなもの。チーズとトマトの酸味が絡み合い、パンチの効いた香辛料の肉とも相性がばっちりだ。学校の創設者が好んで食べたものらしく、アルフヘイムの名物にもなっている。
「いやぁ……いいですね。一人で歩くよりも充実している気がします」
大きな口を開けてパクリと一口。
先生は頷きながら、もぐもぐと食べていくけれど、その意見には私も同じだった。
「私もです。友達と来た時があるんですけど、魔石に興味が無いと気を使ってじっくり見れなくて」
だから、今日はかなり堪能できている。
この後も二、三軒回れると思うと、ディチカを食べるスピードも早くなってしまいそうだ。
食べながら、ふと周囲に視線を巡らせる。
改めて外から倉庫を見れば、その巨大な空間に気づく。
港をぐるりと見渡せば、この他にもいくつか貿易商や貴族のための倉庫が等間隔で並んでいることに気づいた。
(懐かしいなぁ……)
日本の刑事ドラマでは、銃とか薬とかの取引場所になっていたのを思い出した。
港は、人も荷物も多い。誰が何を運んでも、不思議じゃない。
派手なアクションシーンにも使われていて、たまに悪の組織の変な機械があったりもした。
(…………ん?)
何かが引っかかる。
思い返せば、自分がそのドラマみたいに違法薬物の取引をすることになるなんて思ってもみなかった。それに、取引に指定された場所は漁港。
「あれ……」
「どうかしたんですか?」
「いえ、ちょっと思い出したことがあって……大したことじゃないんですけど」
もしかして、と思ったら辻褄が合うような気がしてきた。
広さがあって、堂々と出入りできる倉庫を持っていてもおかしくないという条件を難なくクリアできる。
口の中で、どろりと貼りつくような感覚がして、上手く飲み込めない。
けれど、濃厚な味が否応なしに存在感を主張した。




