第23話 密売人との対峙
すぐさま、学生とコンタクトをとる。
指定された改良期限は過ぎてしまったけれど、より一層、強いものになったと嘘まみれの資料を渡す。
先生も目を通しているし、深く読み込まない限りはバレないはずだ。さらに一部分だけ渡して、残りのページは直接、渡すことにした。そうすれば、密売人は残りのページのために取引の場に出てくるはずだからだ。学生はちゃんと上に渡してくれて、後日、前回と同様に漁港を取引場所として指定された。
「フィーナ嬢に手伝わせて申し訳ないが、騎士団の方で周りは囲んでおく。安心していい」
アルフヘイム地区の騎士団は精鋭ばかりだ。対魔術士用の策も練ってあるし、万全の態勢で臨み、密売人を確保することにした。
先生もフェリクス様と同じ場所でスタンバイして、やってくるのを待つ。先生は「あまりフィーナを表に出したくないんですけどね」と、初回のことを根に持っていたけれど、騎士団がいる上に自分もいるのなら、と納得してくれた。
ドキドキと心臓が脈を打つ。
前よりも緊張しているのは、捕まえなきゃいけない、ということを念頭に置いているからだ。
あのときはすれ違いざまに受け取る形だったけど、騎士団が現れた途端に抵抗してくる可能性だってある。そうなると、私は足手まといだ。一応、すぐに取り囲むとは言われたけれど、騎士団がプロすぎて近くにいる気配を感じない。
落ち着かなくて辺りを見渡したくなる衝動に駆られつつも、ただじっと、相手がやってくるのを待つ。
(っ、来た!)
真っ黒なフードを被って、反対側からやってきた。
ゆっくり歩いてくる姿に緊張が走る。
やがて、目の前で立ち止まると、手を差し出してきた。
「…………」
表情は見えない。けれど、やつれた男性で指先は細く、覇気がない。
夏の影のように色だけが濃い亡霊のようだ。
一切、声を出すことはしないのだろう。戸惑う私をせかすように、再度、手を振って資料を促す。
「……報酬は?」
「確認してからだ」
渡した資料を乱暴に奪うと、反転して今度は足早に去ろうとした。
その時だ。
「確保!」
鋭い声が響き、わっと騎士団が男に押し寄せ、私の前にも数人の騎士団が壁のように立ちふさがった。
「チッ!」
舌打ちの音と共に走り出す。
が、すぐに前後を騎士団に塞がれて退路が失われてしまった。
すぐに、諸手を挙げて大人しく捕縛されることを選んだ。騎士団も反抗しないとわかったからか、警戒を解いて魔術士用の縄を準備して近づいていく。
が、相手も魔術士だ。小声で詠唱すれば、両手から炎が吹き上がった。
「っ、騎士団展開。対魔術壁を張れ!」
ガシャガシャ!
重装備の騎士団が動き、盾を掲げて防御を固める。
膨れ上がった炎が一気に振り下ろされて、騎士団を焼き尽くす————かと思った。
「大術を紡ぐ命脈よ、冷え咎められて眠れ——封魔」
炎が途中で凍り付いたように動きを止めた。
冴えわたるような声と共に、黒い鎖が密売人を絡め取り、呻き声と共に倒れ込んだ。
鎖が身体に巻き付き、もがくたびにバチバチと電気のようなものが走る。
「困りますねぇ。漁港の皆さんにご迷惑じゃないですか」
涼しい顔で上級魔術を放った先生は、密売人に近寄るとしゃがみこんで、ニコリと微笑んだ。
「ボヤ騒ぎを起こされる前に止めさせていただきました。さて、洗いざらい吐いてもらいますよ」
容赦のない先生からの言葉に項垂れたあと、騎士団からも魔術封じの縄で縛られる。
あっという間に密売人の捕縛完了だ。
「フィーナ、大丈夫ですか?」
「あ、はい。騎士団の人たちが壁になってくれましたし、先生もすごかった、です、し」
魔術戦が始まるかと身構えたのに、あっさりと先生が戦況を覆してしまった。
さっき放った魔術は、相手の体内にある魔力回路を凍りつかせ、魔術の発動を強制ストップさせる。いわば、ガス管を踏みつけるのと一緒だ。だから、相手の魔力よりも上回る力を持っていることが前提で、自分が上の立場にいると自覚していないと放つことができない。それを平然とやってのけて、追い詰めるのだから、規格外すぎる。
本人はきょとんとしたまま「そうでしょうか?」と言ってくるから、もう少し自覚してほしい。
(でも「ふはは、どうだ。俺にひれ伏せ!」なんて似合わないしなぁ……)
隣でゆるふわな笑みを浮かべている先生を見ると、逆に何を考えているかわからないといった怖さがあるように感じる。でも、先生のことだから、思考は明後日の方角を向いて、放った術式の改善案とか考えているんだろう。傍にいて、何となくわかるような気がしてきた。
あとの処理は騎士団にお任せして、黒幕——セヴェリン・ザイスまでたどり着くことを願うばかりだ。
*
二重三重どころか、五重巻きぐらいの勢いで、ザイス副長は警戒網を張り巡らしていた。
捕まえた密売人もまた末端の魔術士にしかすぎず、冒険者ギルドを経由して依頼を受けていたそうだ。だから、冒険者ギルドから依頼主を割り出せばいい話なんだけど、それも一筋縄ではいかないようだ。
「冒険者ギルドの性質上、依頼主から守秘義務を課されていたら、テコでも話さないでしょう」
その場合は、倍の金額を払っての依頼をしていることになる。つまり、金さえ払えば悪の組織でも冒険者ギルドに依頼できるというわけだ。もしくは、全く別の内容で依頼して、そこから使えそうな魔術士をスカウトして、駒の一つとして動かしている可能性もある。
結局、黒幕のしっぽすら掴めず、振り出しに戻ってしまった。
(そもそも、惚れ薬が目的だったのか、人工石が目的なのか、どっちなんだろう)
工房の作業台にある小さな魔石を転がしながら、ぼんやりと考えてみる。
魔剣についていた獄炎石のことを考えると、人工石が主目的のように感じる。惚れ薬は、その副産物だったということなんだろうか。
くるくると作業台に散らばっている魔石の粉を集めて、ひとまとめにする。それを指先でつまんでも、サラサラと零れ落ちていくばかりだ。それはまるで、掴みどころのない現実のように見えた。
それでも、今どこかで人工石は作られている。
「先生、魔石を作るのにどれくらいの時間がかかるんでしょうか」
「そうですね。魔石の大小もありますが、少なくとも人の一生をかけてできるか……できないかくらいでしょうか」
「……ですよね」
元の世界では人工石を作る場合、それなりに最新の実験器具や研究室が必要だった。科学的に作った物質を圧縮して、さらに加工するため、必然的に大きな設備施設になる。
魔術で作れると仮定しても、術式を書いてポンッとできる気がしない。少なくとも錬金術と同じように、器具を使って作るしかないと思える。
(工房……だと、もし爆発なんてしたら洒落にならないし)
それにザイス副長のことだから、安易に街中で人工石を作ろうなんて考えないだろう。
郊外も同様で、頻繁に魔術士ギルドの副長が出入りしているなんて、目立つことはしなさそうだ。
(研究施設くらいの広さがあって、でも出入りしても目立ちにくいって、どこよ……)
机に突っ伏して、いっそもう魔術士ギルドに突撃したくなってきた。
「フィーナ。今度の休みは、港倉庫で開催されるマーケットに行きませんか?」
「マーケットですか?」
突然のお誘いに首を傾げると、先生は「直接、買い付けに行こうと思いまして」と楽し気に笑った。
港の倉庫では月に一度、魔術士のためのマーケットが開催される。
各地から集まった薬草や魔石、魔術具といったものが、問屋から直接販売されるのだ。そのため、卸値価格で購入できる分、安く手に入るけれど、鑑定していないため雑多なものも多く品質もピンキリだ。
「お店だと品質が落ちてるって言ってましたもんね」
「そういうことです。それに、掘り出し物もあるかもしれません!」
うっきうきで語る先生に苦笑してしまう。
確かにレアなものがあったら見てみたいし、もしかしたら面白い魔術具に出会えるかもしれない。
「じゃあ、行きましょうか。先生」
「えぇ。楽しみですね」
少しの間だけでも、事件のことを忘れられそうな気がして、のしかかっていた重しが少しだけ軽くなる。
先生の言葉が、柔らかな光をもたらしてくれた。




