第22話 ホワイダニット
珍しく先生が買い物に誘って来たのは、試験が終わり数日経ってからだ。
どこに行くのか訊ねると、馴染みの魔石店に行くのだという。そこは、大通りにあるお店で、私もよく行く場所だった。
店内は大小様々な魔石や加工した装飾品が並び、半分はジュエリーショップ、もう半分は原石を販売するという、独特のスタイルだ。
「おっ、なんだブルーム工房の二人が揃ってお越しとは、特注品の依頼でもあったのか?」
「いえいえ、そうじゃありませんよ。ちょっと、聞きたいことがあって」
先生はそう言って、最近の魔石の品質について店員のおじさんに聞く。
すると、おじさんは「さすが、ブルーム先生だな……」と頭を掻いて考えあぐねていたが、先生の目を騙すことは出来ないと観念したのか「あんまり良くないな」と呟いた。
「良くない、ですか」
「あぁ。最近は特にレアな魔石がひどくなってきたな。魔術士ギルドで鑑定したヤツを卸してもらうんだが、妙に濁っていたり、混じりもんが多いんだよ。先生の魔術はアレだろ、純度は高い方がいいんだったよな」
「えぇ、そうですが……。なるほど、品質が落ちてきてる、と」
「すまないね、先生。これでも、ギルド以外からのルートを確保して、卸すようにはしてるんだ。ただ、貴重なやつはどうしてもギルド経由じゃないと厳しいんだ」
「大丈夫ですよ。今はそこまで必要としていませんから。フィーナ、とりあえずこちらのリストの魔石を見繕ってもらえませんか?」
「はい」
リストを渡されて、私はすぐに魔石の場所へ向かう。先生は、その希少性の高い魔石をみせてもらっていた。
遠目からではわからないけれど、先生が手に持つ石は、少し色が濁っているように思える。
どうして私を連れてきたのか理由は掴めないままだ。けれど、何か意図があるはずだ、と紙に書いてある魔石を探しながら考えてみる。
「フィーナ、ありがとうございました」
「これくらいお安い御用です」
魔石が入った袋は先生が持ってくれた。
探している間も先生の考えを想像していたけれど、これといって具体的な理由は浮かばなかった。
ここは素直に聞くのが一番かもしれない。
「先生、どうして私を連れてきたんですか?」
「フィーナにおつかいを頼むときもあれば、届けてもらうときもあるんですけどね。やっぱり、フィーナが選んでくれた方が高品質なんです。あ、おじさんの目利きも確かなんですけど、僅差でフィーナの方が純度が高くて」
「ふふっ、それは嬉しいです。良かった」
思わぬところで褒められると、くすぐったい気持ちになる。伊達に宝石商をやっていたのだ。もちろん、魔石屋のおじさんの目も確かだけど、それよりもいいと言われると誇らしい。
でも、先生の表情は優れないままだ。他にも理由があるように思えたけれど、今はもう少しだけ“弟子”としての余韻に浸っていたい。
工房に戻るとフェリクス様がちょうど待っていた。
事前に通達もなく来たということは、おそらく、魔術士ギルドのことなんだろう。
私と先生は頷き合って、工房の周りをチェックする。念のため盗聴されないように、誰かが魔術を使ったときに反応する術式を展開して、接客室へ案内する。
フェリクス様の深刻そうな顔を見るだけで、部屋の空気が変わる。
彼は一呼吸おいて、机の上で手を組む。どう告げるべきか考えること数秒、ややあって顔をあげた。
「率直に伝えると、魔術士ギルドが関与している可能性が高い」
私は思わず息を呑む。どこか心の片隅で、全く別の組織が作っているんじゃないか、と思っていたからだ。けれど、その願いは虚しく消え去ってしまった。重くのしかかる沈黙に、先生も言葉を選んでいるようだった。
フェリクス様は「信じたくない気持ちもわかるが――」と、その理由を語りだした。
一番の証拠は、やはり魔剣だ。
獄炎石を鑑定した際に提出された書類から妙な点があった。通常の鑑定は、鑑定資格をもつ魔術士が判断して市場に出す。けれど、獄炎石クラスになると希少性ゆえに二人の鑑定士が、それぞれに検査と鑑定をする。そして、二人の鑑定を元に最終判断を下すのが、魔術士ギルドの鑑定部門長だ。
その三人の鑑定書の筆跡が、全員似通っている。
「一人で書いたってことでしょうか」
「だとすると、騎士団側にも問題があると思うんですけど……フェリクス、その点についての回答は?」
ジロリ、と珍しく先生が視線を突き付ける。
きちんと鑑定書に目を通していれば、未然に防げたことだ。魔石の信頼性を損なうことは、先生の信用にまで関わってくる。他人と仕事をする上で、そこは一番大切なことだ。先生の場合は、信頼のほうに比重を置いているけれど、死活問題には変わりない。
「こればかりは、こちらの失態だ。面目ない。事務的な手続きは、疎かになりがちでね。陛下からも減給処分に始末書、果ては文官業務の一時的な兼務まで言われたよ」
がっくりと肩を落として、深くため息をつく。
それだけで済んだのは、挽回の余地を与えたということなんだろう。
あの国王陛下のことだ。国家の根幹にまで関わってきた以上、魔術士ギルドでも処断するに違いない。そのために、騎士団には『黒幕を捕縛せよ』という厳命まで下している気がしてきた。
「なるほど。とすれば、問題は“なぜこんなことをしたのか”ですね」
「えっ? 誰が、じゃないんですか?」
「それは、ほぼ決まってるので問題じゃありません。どうやったか、も流通経路や魔術に精通しているからで済みます。ただ、理由だけが僕でもわからない」
天才錬金術師でもわからないことがある。
その新鮮な驚きに思わず先生を見てしまったけれど『誰か』はわかっているようだ。
「先生、犯人の目星はついてるんですか?」
「状況証拠だけですけど……副長のセヴェリン氏ですね」
「えっ!?」
フェリクス様と私の声が重なって、驚きのあまり席を立つ。
あっさりと黒幕の正体がわかってしまい、思考が追い付かなかった。
けれど、彼は魔術士ギルドの“副長”だ。獄炎石に関わったのは“鑑定部門長”ならば、関係はないはず。戸惑う私を見て、先生は苦笑する。
「鑑定部門長が審査したならば、それを国に報告するのは誰でしょう?」
「えっ、ギルド長じゃないんですか?」
「残念ながら、ギルド長はあちこちに飛び回っていましてね。実質、セヴェリン氏が統括しているようなものです。現に魔術学校の審査官として顔を出したでしょう? あれは将来有望な魔術士を確認するためでもあるんです」
「あっ……」
試験のときのことを思い出した。
冷たく見下すような青い瞳。実際は、国を嘲笑っていたのだと思うと机を叩き割りたくなった。
「先生、それなら早く捕まえましょう! あの人、先生をバカにしてきたんですよ!」
錬金術は分家、と言い放った副長が黒幕ならば容赦しない。
即刻、牢に入れるべきだ。立場を利用して、人工石を流通させたなんて魔術士の風上にもおけない。
けれど、先生もフェリクス様までも険しい顔を浮かべた。
「フィーナ嬢。より一層、捕まえるのが難しくなってきてしまったよ」
「えっ?」
「そうですね。簡単にしっぽを掴ませてくれないでしょうし、二重三重の予防線を張っているでしょうね」
「あっ……」
魔術士だからこそ、用意周到に準備して臨む。
どんなことでもそうだけれど、魔術士の場合は特に念入りに行っている。それは、魔術というのもが解明されつくしていないからだ。術式のミスで暴発する可能性もあるし、調合した薬で副作用が出てしまうことだってある。
ましてや、あの若さで、魔術士ギルドの副長の座に登りつめた。相当な魔術の使い手なのことぐらい明白だ。
「確たる証拠を突きつけない限りは難しいだろうね。いっそ、人工石を作っている場所や取引現場でも取り押さえられれば変わるが……」
「取引現場……」
元の世界の推理小説や警察ドラマを思い出す。
証拠がない以上は犯人だなんて決めつけられないし、現行犯逮捕されるほどザイス副長のガードは緩くないだろう。
せめて、人工石に関わっていそうな人物から攻めていけば、話は変わってくるような気もする。
「あ……そうか。フェリクス様! 私、惚れ薬の売人を知ってます!」
「えっ!?」
勢いよく口にしてから、横目でチラリと先生を見る。
相談してから、と言われたけれど、ここで踏みとどまっていたら先に進めない。
「そこから、黒幕を追い詰めましょう!」
惚れ薬の性能を上げる、と嘘をついたときの期限はとっくに切れてしまっているけれど、まだ可能性が消えたわけじゃない。
さっそく、あの学生にコンタクトを取って、上に繋いでもらおう。
——絶対に捕まえて見せる。
私は固く心に誓って、闘志を燃やした。
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