第20話 試験当日の思わぬ罠
筆記試験の設問は、とりあえず全部埋めることができた。
歴史と魔術具については自信があるんだけど、薬草の効果や攻撃魔術式は不安が残る。興味のないジャンルだと、あまりやる気が起きないから、後回しにしがちだ。
術式は基礎言語みたいなものだ。同じ魔術でも系統によって文法が違っていて、組み立て方もまるで異なる。だから、二つの言語を操っているような感覚になるのだ。
(先生、両方とも完璧にできるんだもんなぁ……)
解毒薬は回復魔術、魔剣は攻撃魔術に分類できる。
元の世界風にいうなら、製薬会社の研究員が全く新しい軍事用兵器を作っちゃったのと一緒だ。
化学や物理というベースは同じでも、応用分野が違いすぎる。それをやってのけるから、リヒャルト・ブルームは頭がおかしい。
(……自分も片棒担いでるけど、担ぐというよりやっと持ってるって感じだし)
術式の構築も全部、先生がやっている。私がやってるのは、それに従って分量の計算や準備だけだ。
あの大きな手から紡がれる魔術の軌跡に対して、私の手はあまりにも小さい。
それでも、と私は手に持ったレポートに目を落とす。
実務試験の課題は自由だ。薬学なら回復薬の性能を披露。攻撃魔術なら、威力や精度を審査してもらう。自分の得意分野で勝負して、筆記試験を補うこともできるのだ。
そして、私が披露するのは『万物の洗礼』。惚れ薬のときにやった多段抽出だ。
あのときは、抽出したい成分が何かわからなかったから魔力を大量に消費して、先生に迷惑をかけてしまった。けれど、今回は成分がわかる省エネ版だ。先生にヒントをもらいながら術式の効率をあげて、さらに使いやすくした。なので、ちょっとチート感はあるけれど、それでも大部分は自分で構築した。
「フィーナ・シルヴェリです。失礼します」
教室に入ると、三人の審査官が座っていた。
まず学年主任の先生、担任のエミール・ハルトマン先生、そして魔術士ギルドから派遣された副長だ。
魔術士のランク付けをしている組織だからこそ、当然、学校の魔術士の力量を確かめにくる。けれど、今の私にとっては魔術士ギルドは信用ならない組織として目に映った。チラリと目が合う「セヴェリン・ザイスだ」と低く唸るような声で答えた。
少し長めの黒い髪と凍えるような冷たい青い目。厳めしい顔つきだけど、二十代後半くらいでエミール先生と同じくらい若そうだ。その年齢で魔術士ギルドの副長の座に籍を置いているのだから、かなりの実力者なんだろう。
鉛を飲み込んだように身体が重くなる。もしかしたら、人工石に関わっているのかもしれない――と思ったら、ザラリと嫌な感覚が肌をざわめかせる。
「フィーナ。多段抽出をやるんだって?」
明るい声と共にエミール先生が微笑んだ。
真鍮のように輝く金の髪が揺れて、事前に提出していたレポートを手に持つ。
そうだった。今は試験に集中しないと、せっかく先生から教わったことまで無下にしてしまう。
「はい。今回、多段抽出するものがこちらになります」
廊下に戻って、抽出道具をのせたカートを押して長机に横づけると、道具を並べながら説明する。
事前に内包物が多い魔石を砕いて粉末状にしておいた。それを溶液に入れて混ぜて、魔石本来の主成分と内包物の成分と分ける。
抽出という点においては、先生の虚空の聖別の方が断然効率はいい。でも、あれをやるには相当の技術と術式構築力が必要だ。私が今回考案したのは、その抽出を比較的誰でも出来るようにした廉価版といえる。ただ、溶液の比率を計算しなくてはならないため、そのハードルは依然として高いままだ。それでも、純粋な魔石の成分を取り出しやすくなったと思える。
「なるほど。リヒャルト・ブルームの弟子としての経験か」
「はい」
「よろしい。では、始めたまえ」
学年主任の先生の声に、私は粉末と溶液を混ぜ合わせた。
使うのは、ルチルクオーツ。透明な水属性の魔石だけど、金色の筋が多く入った内包物を含んでいる。同じクオーツ系の魔石は、浄化能力が強く、濁った水にポンっと入れるだけで清らかになる。ルチルクオーツの場合は、内包物の特性を生かして回路の橋渡しになることが多い。それぞれの能力を分けてしまえば、別々の用途に使えて、より便利な道具が生み出せるに違いない。
紙に書いた術式の上に、くるくると金粉が舞うビーカーを置いて、息を整える。
「淀みに沈みし太古の残滓 清廉なる雫にその身を委ねよ」
広げた手の平から魔力を吸収するように、術式が淡い光を放って反応する。
あのときとは違い、今は一人だ。効率を上げたとはいえ、吸い取られる魔力の多さに震えてしまう。
指先が強張って、視界がほんの少し霞む。
――大丈夫ですよ。
ふいに、あの柔らかな声が聞こえてきた。
心臓が早鐘を打つ。けれど、背筋を伸ばしてビーカーを見据えると、どこか頭が冴えわたってきた。
すぐ横にいて、ちゃんと見ていてくれる絶対的な安心感が、私を強くする。
「解かれし絆 分かたれし光 秘めたる真実を今こそ語れ」
ギュンっと金色の光が流星雨のようにビーカーの中で駆け巡る。
胸から飛び出そうなくらい鼓動が激しくなり、手から放つ魔力に願いを込めながら、分離するように祈る。
(何度もやった、大丈夫、先生も太鼓判を押してくれた)
奥歯を噛みしめ、背中に汗が伝う。
ここで出来なきゃ、リヒャルト・ブルームの弟子じゃない!
「――万物の洗礼!」
瞬間、カッとビーカーから光があふれ出す。
その眩しさに目を細めたのも束の間、きっちりと黄金の帯と透明のクオーツと二層に分かれていた。
「はぁっ……」
思わず、息がこぼれる。
審査をする先生たちは、じっとビーカーを見つめ続けた。
分離したものが戻らないか確認したのち——やがて、ニコリと笑った。
「うん、いいね」
「うむ。合格だな」
緊張の糸がプツンと切れて思わずへたり込む。
良かった、と思いかけた、その時だった。
「…………どこが、でしょうか」
それは巨大な岩が落ちる前の地響きに似ていた。
顔をあげると、魔術ギルドの副長——セヴェリン・ザイスのこめかみ部分に青筋が走っている。
「ザイス殿、いかがされましたか? フィーナの……いえ、シルヴェリの魔術に何か不服でも?」
エミール先生が困惑した顔で、ザイス副長の顔を見る。
彼は厳めしい顔つきのまま重々しく口を開けた。
「シルヴェリは、錬金術師志望と書類に記載してありましたが、なんです、この魔術は。錬金術師ならば、魔石そのものを使い魔道具を提出するべきでしょう? なのに、分離とは……情けない」
「情けない、ですか?」
「リヒャルト・ブルームの弟子と聞いて期待しておりましたが、これでは師の真似事ではないですか。これで、錬金術師希望とは聞いてあきれますな」
学年主任の先生も彼の言葉に驚きを隠せなかった。
なぜ、そのようなことを言いだすのかと首を傾げたが、ザイス副長は滔々と語りだす。
「そもそも、錬金術とは既存の魔石や薬草などを掛け合わせ魔術と融合する、いわば、派生……いや、分家のようなものでしょう。魔術よりも劣るものが、なぜ純度の高い物を求めるか。すでに魔術という究めていくべきものがあるというのに。嘆かわしい」
肘を立てて頭を支える。その姿はまるで「そんなことも分からないのか」と言わんばかりで、私は納得できなかった。
つまり、錬金術師は魔術士じゃないから引っ込んでろ、ということじゃないか。
私のことも含めて、リヒャルト先生のことまで馬鹿にするような態度に腕が震える。
ブチンと理性の紐が切れた。
「——錬金術師をっ」
「ザイス殿。生徒の研鑽を愚弄するような言葉はおやめください」
馬鹿にするな! と叫ぶよりも先に、エミール先生が啖呵を切った。
いつもは温厚で実直な先生が、ペンをへし折りそうな勢いでザイス副長のことを睨みつける。
「シルヴェリの魔術をご覧になったでしょう? あの魔術の術式構築は難しい上にさらに溶液の比率を考えれば、青ではなく更に上の……一人前の魔術士である赤に匹敵します。ギルドの副長として、認識を改めていただきたい」
「……ご自身の生徒だから甘くみているのでは?」
「ザイス殿」
「まぁまぁ。その辺にしておこうじゃないか。シルヴェリ、君は私とエミール先生で合格を出した。問題ない。下がっていいよ」
「っ、はい」
学年主任の先生から急いで片づけるよう目で訴えられる。
エミール先生は依然とザイス副長に対して苛立ちを隠しきれていなかったようだけど、その彼はどこ吹く風だった。
まるで、子犬が必死の抵抗を見せているなという、自分は格上の存在として揺らがないとでも言いたげだ。
それに、あの態度。錬金術をそこまで見下すなんて、何か思うところでもあるんだろうか。魔術士ギルドの副長くせに「嘆かわしい!」って返したくなる。
エミール先生が庇ってくれたとはいえ、私の中では未だに怒りの炎は納まりきらなかった。
私たち錬金術師も同じ探求者だ。真理を求め、愛で、そして世界に還元する。それこそが、魔術の神髄であり誇りだ。




