第19話 夜更けのスープ
フェリクス様に説明したのは、人工石が市場へ紛れ込む可能性についてだ。
魔石は、鉱山で働く人たちや冒険者から買い取り、一定の査定を経て、市場に卸される。査定は、レア度によって大雑把に分けられて、希少性が高いものほど査定は厳しくなる。なぜなら、それらは強い魔力を秘めている場合が多く、取り扱いも注意しなくてはならないからだ。
今回の魔剣に取り付けられていた獄炎石は、まさにそれだ。
剣を振るだけで炎がほとばしり、詠唱せずに火球を放つことができる。
だからこそ、その厳しい査定を潜り抜けて取り付けられたのならば、査定が甘いことになる。その査定をする組織こそ、魔術士ギルド。つまり、私たち魔術士を束ねる誰かだ。
「一枚岩じゃないというのはわかっているんですけどね」
フェリクス様に依頼をした帰り道。先生はポツリと呟いた。
魔術士ギルドへ行ったときに、人工石の鑑定を依頼されたところから、研究部門が関わっているというのは言い難い。
けれど、穿った見方をすれば“最高位の魔術士には見破られた”とも言える。入手ルートが誤魔化された以上、嘘をついて鑑定依頼して、見破られないよう更なる開発を続けてもおかしくない。
「フェリクス様もさすがに困ってましたし……」
「ですが、王子の件も例の薬が関わったと聞けば、本格的に騎士団も動かざるを得ないでしょう」
フェリクス様がアルフヘイムの娼館を検挙した際、惚れ薬が使われていたと報告を受けた。ほかにも数人、同様に上級貴族に使用されていたようで、現在は国の施設で解毒薬を投与されている。
「それでも、やっぱり魔術士ギルドは“特別”なんですよね」
「そうですね……。冒険者ギルドもそうですが、どの国でも特に独立した組織ですし、影響も大きい。法が国であるなら、武がギルドといったところでしょうか。法で縛り付けることも出来ますが、力で訴えられたら国も手を出しにくい」
トップ冒険者は竜を殺す。金の魔術士は星を落とす。
その圧倒的な力は、一国の騎士団と遜色ない。それゆえに、それらを束ねるギルドに探りを入れるということは、逆鱗を触れに行くようなものだ。
それでも、私と先生はこの事件を解決したい。違う。しなければ、ならないんだ。
(魔石の恩恵を受けるものとして、錬金術師の誇りにかけて守りたい)
私たちが踏みしめている大地は、途方もない時間をかけて出来ている。
その世界が生んだ結晶を糧に私たちは生きているのだ。
だから、愛おしい。
「でも、先生。私、この事件、絶対に解決したいです」
ぎゅっと拳を握りしめて、先生を見上げる。
今までも先生と解決してきたんだ。何とかやっていけるはずだ。
「そうですね……ただし」
先生が目を細めて頷いてくれたのはいいけれど、人差し指を立てる。
キリッとしたときは、先生からの忠告の合図だ。
「ただし?」
「ちゃんと僕に相談してから、ですよ。この前みたいに一人で取引に行く、なんてこと御免ですからね」
「うっ、はい」
未だに惚れ薬の取引について根に持たれていたようだ。
でも、もしかしたら、学校の中でも同じように誰かが惚れ薬を使っているのかもしれない。早くこの事件を解決しないと、被害は増える一方だ。それに、そろそろ期末試験も近い。ますます、色恋に浮ついてる場合じゃないという話だ。
「あ」
「どうしましたか?」
「先生、期末試験が近いんでした」
「それは……えーっと、頑張ってください?」
「頑張りますけど……その、掃除とかご飯とか作るのがおろそかになる、かもです」
極力、頑張るけれど、先生はすぐに工房をゴミ屋敷化するので、こまめな掃除がカギだ。
「さすがの僕も、試験前の弟子に迷惑はかけませんよ。大丈夫です。フィーナがいなくても、ちゃんと一人で生活してたんですよ」
「……それもそうですね」
じゃあ、大丈夫か。たぶん。
それに少しずつだけど、先生も“生活”というものに意識を向け始めてきた。ご飯を作れば、実験中でも切り上げるし、お風呂も洗濯もマメに入る大切さを学んだようだ。ずっと作業に没頭するよりも、一度離れて、整えてから作業をする。そうすることで、頭が冴えて効率が上がるとわかってからは、自発的に動くようになっていた。
この急成長っぷりには、お母さんは涙が出そうだ。……いや、相手は最高位の“先生”なんだけど。
あまりにも出会った当初が酷すぎて、当たり前の生活のハードルが高く感じたけれど、本来は低いものだ。
それに何といっても“天才錬金術師”なのだ。その頭脳を生活に向ければ、私なんていらなくても問題はないはず、だった。
「うぁあぁっ!」
ガシャ、ガシャーン!
「っ、先生!?」
夜も更けてきた頃。
私は二階で試験勉強に勤しんでいたのだけど、先生の叫び声に慌てて、部屋を飛び出して階段を下りる。
作業部屋かと思ったら、キッチンの明かりがついていた。そして、近づくと鼻に異臭が混じる。
そして覗いてみれば、お気に入りの赤いホーロー鍋からは煙が立ち上っていた。
「焦げくさっ!」
「っ、フィーナ!? あっ、あの、これは、えーっと」
「先生、なにやってるんですか。水、入れてください」
慌てて先生は手をかざすと、呪文を唱えて水を出す。ジュッという音と共に焦げ付いた匂いがキッチンに広がった。けれど、これでもう惨事は収まった。
調理台を見れば、ボロボロにされた野菜のような残骸と包丁が見えた。料理をしていたのだろうか。そんな今まで見たこともない姿に、思わず眉間にシワが寄ってしまう。
「お腹がすいたんですか?」
夕飯はそれなりに作って出したのだけれど、足りなかったのだろうか。
買い置きのパンでも焼けばいいのに、と思ったところで、先生が何とも言い難い顔で首を左右に振って言葉を詰まらせている。
私は軽くため息をつきながら鍋をみれば、案の定、底が真っ黒焦げになっていた。
「フィーナ、これを買うとき、すごく気に入ってましたよね。すみません、買い替えましょう」
「何言ってるんですか。これくらいすぐに落とせますよ。確かナロト鉱石ありましたよね。あれを削って入れて沸騰させれば大丈夫です」
この世界にも重曹と同じ成分の石があることにはびっくりしたけれど、それでも一般的な主婦の知恵だ。
「そう、なんですか」
しょんぼりしていた先生の顔が急速に明るくなる。新しい知見を得た喜びでいっぱいのようだったけれど、そもそも何でこんなことをしたのだろう。
飛び散った野菜の破片に目を向ければ、先生も言い逃れはできないかと思い、小声で「スープを作ろうと思ったんです」と白状した。
「スープ、ですか?」
「はい……その、フィーナに夜食を、と思って」
「えっ……? えぇっ!?」
先生と調理台を二度、三度と往復する。
なんで、どうして、と頭が混乱するけれど、先生は肩を縮こませながら「だって、頑張ってるじゃないですか」ときまり悪そうに指先を動かした。
だから、夜食を作って応援しようと思った——。
胸が熱くなって言葉がこみ上げてくるのに、声にならない。
むしろ、溢れてしまいそうだったから口をふさいで、その熱を噛みしめる。
耳まで真っ赤になって、顔から火が出そうだ。
(——嬉しい)
初めて先生から気持ちをもらったことが、こんなにも嬉しいだなんて思ってもみなかった。
「でも……焦がしちゃいました」
チラリと見れば、机の上に本が乗っていた。きっと、沸騰するまでの間は読書でもして時間を潰そうと思ったに違いない。
あまりにも先生らしい行動に笑ってしまう。
「先生、ありがとうございます。すごく、嬉しいです」
「フィーナ」
「スープ作りはまた、今度にしましょう。夜も遅いですし、鍋の焦げは明日、落としておきますから」
「はい」
それでも大型犬が耳を垂らしているので、そっと手を添えて「大丈夫です」と笑顔を向ければ、先生もほんの少しだけ顔を緩めてくれた。
翌日。
学校から帰ってきたら、大量のお菓子が出迎えてくれた。
鍋を焦がした詫びと応援代わりの品だそうだ。先生は「どれが好みかわからないので、全部、買っておきました」と言って来たので、先生と友達と分け合いながら食べることにした。
試験は筆記と実務の二つの総合で判定が下される。
今回の実務には、先生にも協力してもらいながら迎えることとなった。




