第18話 切れ味の行方
夕食を作っている間に、先生は抽出を終えていた。
あとは、それぞれの魔石のエッセンスの比率を考えて、魔石に戻して動作確認をするだけだ。
オーブンのときは、トルマリンの配合が元から少なく、動作も熱を加えるという単純なものだったため、一緒に混ぜ合わせても問題はなかった。けれど、今回は剣を高温にする、風を刃にまとわせる、という個々の属性の動きが必要だ。
魔石を炎と風それぞれ付け加えるという手もあるけれど、その場合、刀身に施された術式と反発しかねない。一つの魔石の効果を百パーセント引き出すための術式が施されていてもおかしくないからだ。
「比率……先生、どうしましょうか」
「そうですねぇ。いきなり混ぜ合わせて戻すわけにもいきませんからね。短剣を何本か買ってきて、別の魔石で炎と風の割合を実験してみましょうか。今日は、空の魔石で混ぜても問題はないかを見てみましょう」
それから、二日間ほど短剣に魔石をつけて反応をみる実験が続いた。
私が円計算尺で全体量に目盛りを合わせて、比率から分量を導き出す。
実験の途中で、何度か失敗はあった。炎の熱が勝ちすぎて、剣の刃がドロドロに溶けたり、逆に風の回転が強すぎて熱が冷めてしまったり。繰り返す過程の中で、自分の感覚が研ぎ澄まされていくような気配があった。
術式の構築、エッセンスの配合、対象となる道具への最適化。
その一つ、一つが、自分の中に積み重なっていく。錬金術師としての技術が磨かれ、研ぎ澄まされていくようだった。
そうしてようやく、黄金比を割り出すことができた。
「では、フィーナ。改めて比率を」
「はい。全体量に対して、炎のエッセンスは八・三、風を十二・五です」
黄緑と赤の液体を量り、それぞれの試験管にとろりと注がれる。
実験を繰り返したとはいえ、本番は一発勝負だ。
今回の術式は、魔剣に合わせて薄い鋼の板に描いた。紙でも問題はないとは思うけれど、より親和性を高めるために選んだものだ。彫金細工職人が、流麗な流れで二重、三重と円を描き、それを縁取るように文字を配置、さらに大小の記号が散らばり花を添える――。そんな風にも見える、美しい模様の術式は、リヒャルト・ブルームにしか描けない極地だろう。
その上に無色透明になってしまった炎の魔石であるレッドベリルを置く。
そして、二つの試験管を傾ければ、銀板の文字が浮かび上がる。
スッ、と一呼吸して先生が手をかざす。
その瞬間、時間も、空気すらも止まった。
ただ、液体だけが魔力によって意思を持ち始める。
「――双極の理よ、同一の座にて交わりを見出さん」
重力に逆らい、赤と黄緑の無数の糸が立ち上り、吸い寄せられるように先生の手に向かっていく。
魔力が加わることで、それは絹のように艶めき、ふわりふわりと揺蕩いながら、ゆっくりと弧を描く。
「深紅の種火 烈風を生みし緑光」
糸が絡み合い、相対色のレースが紡がれる。
術式のように繊細で、夏の草原を駆け抜けるようなまばゆい光が広がっていく。
「解かれし絆を紡ぎ直し、器たる剣へと回帰せよ―― 双星の還元」
無色透明な魔石に編まれた光の布が被さった。
そして、しゅるしゅると引き込まれるように魔石に取り込まれていくと――黄色味がかったひまわりのような魔石に生まれ変わる。
割れたり、ヒビが入ったりしないだろうか、と締め付けられていた心臓がゆっくりと解きほぐれる。
「成功、ですね」
大きく深呼吸して、私と先生は肩の力を抜いた。
そして、魔石を剣に当てはめる。ブン、と電池が戻ったみたいに魔剣は再起動。使うときは、ほんの少しだけ魔力を加えれば魔石が反応して、風と熱が生まれる。
「さて、あとはちゃんと剣として使えるか、ですね」
「あっ、先生。それなんですけど、試し切りしたいものがあるんです」
本来の用途じゃないとはわかっていても、切れ味を確認するうえで最適なものがあった。
*
「分析の結果が出たと聞いたけれど――まさか修理までするとは、さすが虹の魔術士。恐れ入る」
フェリクス様が魔剣を受け取り、スラリと刀身を抜き出す。
けれど、刃こぼれしたままの様子に首を傾げた。
「これは……?」
「魔剣の名は『双色の熱風』と改めてました。フェリクス、試しに外で打ち込み用の木人形を切ってもらっていいですか?」
フェリクス様は先生に言われるがまま頷いて、外に出ると、練習場にあった木人形の前に立った。
そして半信半疑のまま、剣を抜いて、柄に力を込める。
振り上げて一閃。
スパッと、木人形の半身が切れて地面に落ちた。切り口は、焼き焦げたことで黒く変色して、煙がうっすらと立ち上る。刃こぼれした剣ではあり得ない現象に、彼は視線を何度も木人形と剣の間を往復させる。
「リヒャルト殿、これは一体……」
「魔石に炎だけではなく、風の属性も付け加えました」
「風の属性?」
「風をまとわせることで、刃こぼれ部分が波刃となって、魔獣を削り取るんです」
簡単に双色の熱風の説明をすると、フェリクス様の顔がちょっと引き攣った。
イケメンでも、さすがにチェンソー魔剣の切れ味には、ドン引きするしかないだろう。
実際に私も試し切りをした際は、あまりにも切れ味が良すぎて使うのを躊躇ったくらいだ。
改めて部屋に戻って、魔剣につけられていた人工石の詳細な内容と魔剣の取り扱いについて説明をする。
焼き切ることで魔獣の血を浴びないで済む、という発想にはいたく感動していたようだった。大型である分、出血量も尋常じゃなかったに違いない。
「それで……ですね。フェリクス様のお口に合うかわからないんですけど、軽食を持ってきたんです」
「フィーナ嬢の手作りですか!?」
「は、はい。その……魔剣の切れ味を確かめたくて、ローストビーフを作ったんです。そしたら、断面がボロボロになることなく、見事にスパスパ切れまして。だから、そのぉ……つい、調子にのって切ったら、二人で食べ切れないくらい出来ちゃったんです」
バスケットを開けて、フェリクス様に見せる。さすがにローストビーフだけでは悪いので、パンにはさんで、ローストビーフサンドイッチにした。
若干、顔が硬いのは私のやったことが斜め上すぎる出来事だったからに違いない。自分でも自覚はある。けれど、二人では食べ切れない量になってしまった以上、手伝ってほしい。
「味は保証します。僕もいただきましたが、柔らかくて、でも噛めば肉汁がぎゅっと染み出てくるんです。パンもオソーノさんのふわふわバゲットで、親和性も抜群! いやぁ……フィーナは料理もできるので、師として鼻が高い」
「いや、あの、先生。そこまでヨイショしなくても」
工房で朝ごはんとして出したら、三つも四つも平らげて、フェリクス様用に作ったものにまで手を出してきた始末だ。なので、慌ててバスケットに詰めて避難させて、事なきを得た。
フェリクス様も先生の言葉に、ごくりと生唾を飲み込んで「一つだけいただいていいだろうか?」と手を伸ばした。
騎士団長なので、肉は多めにいれて野菜は少な目だ。豪快に口を開けると、そのままかじりつく。
「っ!」
目の輝きが変わった。
そのまま勢いよく、二口、三口と口の中に入れていくと、あっという間に完食してしまった。
「フィーナ嬢。喜んでいただくとするよ。魔剣を修理するだけではなく、こんなに美味しいサンドイッチをいただけるとは……礼は弾ませていただくよ。なに、ツテならある」
「それは良かったです。なら、一つお願いを聞いてもらえますか?」
「何なりと」
「魔術士ギルドを調べてほしいんです」
「それは……」
フェリクス様の顔が曇る。
そんな顔をすることくらいわかっていた。
けれど、私と先生は顔を合わせてから、その理由を話し始めた——。
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