第17話 チェンソー魔剣
工房へ戻ってからひと段落ついて、さっそく先生は分析に取り掛かった。
私は学校があるので、分析の手伝いが出来ないのは残念だ。きっと帰る頃には、終わっているに違いない。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、フィーナ」
先生は顔をあげて、顕微鏡から目を離す。作業台には剣と削られた魔石が置かれていた。他にもビーカーや薬瓶が散乱していて、一通りの分析が終わっていたことがわかる。
人工石と天然石の見分け方については、先生に説明済みだった。人の手で作られるからこそ、綺麗な結晶なのだと、伝えればすんなりと納得してくれた。もしも、話の出どころまで追及されたら「たまに夢を見る」と詩織の記憶を“夢”として語る気持ちでいた。信じてもらえるかはわからないけれど、先生に嘘をつきたくなかった。
結果的に、言及されなかったのでひと安心だ。出典元より現状の問題の方が気になるのが先生らしい。
「……やっぱり、人工石でしたか?」
「えぇ、残念ながら。けれど、惚れ薬とは別の成分でしたね。ちゃんと魔剣に合わせた獄炎石と似た効果を持つ石です」
「獄炎石ですか……」
炎属性の魔石でも特に強い威力を持つ魔石で、剣を振るうだけで炎がほとばしる。
対大型魔獣用らしいチョイスだし、魔術士がいなくても火球くらいなら剣から撃てる。
もちろん、それだけの強さがあるため価値も高い。だからこそ、同等の力を放つことができる人工石は脅威だ。
先生も肩を落としながら、分析結果を紙にまとめていく。
沈痛な面持ちで、カリカリと引っ掻くようにペンを走らせ、時折ため息をつく。その姿を見るだけで胸が痛かった。
私は丸椅子に腰かけると、ボロボロの刃こぼれした剣に触れる。本来なら、もっと長く使われているはずだった。
鍛冶職人が魔剣を打てる機会はそうそうない。大型魔獣は頻繁に出現しないし、術式の付与をする際は魔術士とも話し合う。鋼に術式を刻み、叩いて、伸ばして、さらに術を付与して、鍛え上げる。通常の剣よりも倍時間がかかるからこそ、職人にとっても一世一代の大仕事といっても過言じゃない。
だからこそ、魔石だって相応しいものが選ばれるのだ。魂を込めた一振りをさらに輝かせる至上の煌めき。
(誰なのよ……こんなことができるヤツ)
ぎゅっと拳を強く握りしめて、机を叩きたくなる衝動に駆られる。
惚れ薬もそうだし、今回の剣といい、目的が全然わからない。単なる愉快犯なのか、それとも別の意味があるのか。ただ一つ言えるのは、魔石への冒涜行為は即刻やめるべきだ。こんなことをして一体何の得があるというのか。
「さて、フィーナ。手伝いをお願いしてもいいですか?」
「えっ?」
先生は顔を上げて朗らかに微笑む。
分析は終わっているようだし、依頼は鑑定だけだったはず。この人工石をさらに細かく調べるつもりなんだろうか。
「直してしまおうかな、と思いまして」
「直す? 先生が? だってこれ、刃こぼれしてるんですよ?」
欠けてしまっている以上は研ぎなおすしかない。それをやるなら刀鍛冶だ。魔石を研磨するのとわけが違う。
頭の中が疑問符でいっぱいな私に、先生はニヤァっと意地悪そうに笑った。とっておきのアイディアがある、と言わんばかりの子どもの顔。
「オーブン修理したとき、オソーノさんに包丁を見せてもらったんですけど……フィーナ、知ってますか? パン切り包丁って波打ってるんですよ!」
「はぁ」
ドヤ顔で言われても、わりと一般常識な気がする。
普通の包丁で切るよりも、波刃の方がパンを押しつぶすことなく綺麗に切れるはずだ。
それが一体、魔剣の修理とどう繋がるというのだろう。
「つまり、このボロボロの刃は波刃と同じです。ただし、これでは切れません。そこで、風属性をつける、というのはいかがでしょう?」
「風属性?」
「波打つ刃で魔獣の体に引っ掛けます、そして刃に風をまとわれば――高速で切断できる、と思いませんか?」
浮かんだのはチェンソーだ。高速で刃が回転して、木を切り倒す。
理屈としてはあっているけれど、それを素で思いついたんだろうか。
先生はさらに口角をあげていく。
「ついでに、獄炎石と同じ炎も宿しましょう。これもオソーノさんが言っていたんですけど、焼き印を入れれば肉汁が飛び散りにくいそうです。だから、超高温で焼き切ってしまえば、血も飛び散りにくい……」
フフフ、と段々マッドサイエンティストめいてきて、思わず後ずさってしまう。
私以上に先生は怒っていた。
その証拠に見たこともないくらい、目がギラギラと輝いている。
温厚な性格すぎるからこそ、最高位の頭脳が隠れてしまいがちだ。でも、改めて思う。敵に回したら不味いということを肌で感じる。
けれど、先生の魔剣を直すということには大賛成だ。鑑定だけじゃなくて、直したと聞けば評価は上がる。ましてや、オーギュスト王直々のご命令だ。その更に上を目指してこそ、一流の錬金術師と言える。
すでに術式が魔剣に刻まれている以上、魔石はそれぞれの属性を混ぜ合わせたものになる。互いに大雑把に決めた後、組み合わせを考えることにした。さっそく先生は炎属性、私は風属性と分担して、図鑑へしおりをはさんで選定していく。
(うー……ん、強すぎると刃が折れるし、弱すぎると回転が鈍くなるか)
パラパラとめくりながら、色鮮やかな魔石たちを眺めて腕を組む。風属性といっても、単純な強弱だけではなく鋭さや速さ、と一口に“風”といっても効果は千差万別だ。加えて、先生が選ぶのは高温の熱を発する炎属性。その熱を維持しつつ刃の周りを風が巡る。
(回転……どこかで……)
ふと、ギギギ、と大きな水車が回りだす。
水蒸気によって生まれた熱が圧縮されて、ピストン運動で巨大な赤い歯車が動き出した。
「あっ」
ガシャコン、ガシャコン。
水しぶきが上がったら、私の図鑑を開く速度も速くなる。先生があのとき買っていた蒸気船に関する本。それも一緒に引っ張り出して、術式も重ねていく。炎属性で刀身を熱して、その生まれた熱源を元に周りの空気を移動させる。原理的には、蒸気機関と同じだ。魔石という名のモーターで、魔剣をチェンソーにすればいい。
――該当する魔石が工房にあっただろうか。
立ち上がりかけたところで「おっと」と、魔石が足元に転がってくる。
先生はすでに選び終えていたのか、赤い魔石を一つ。緑の濃淡がそれぞれに違う石をいくつか手に持っていた。
「フィーナ、決まりましたか?」
先生は、風属性の魔石を机に並べていく。どれも、さっき図鑑で選んでいたものばかりだ。
けれど私は、転がってきたペリドットを拾って握りしめた。
「先生、これにします」
オリーブグリーンの輝かしい魔石。
太陽を閉じ込めたような眩しさは、高熱を帯びても揺るがぬ風の刃になる。
「一緒にマルタエル号に乗れて良かったですね」
先生が穏やかに目を細めて微笑む。
あとはこれを抽出して、魔剣に宿すだけだ。




