第16話 国王からの依頼
生きる伝説が、目の前で当たり前のようにお茶を飲みながら資料をめくっている。
オーギュスト・ヴァロア・レヴァント。
歴代の王の中でも、随一の名君として名高い賢王だ。
若き頃は腐敗した隣国を制圧し、その迷える民を救った英雄。魔術においても、考案した術式は基礎術式にまでなっている。
また、過去の王が築き上げてきた城の広大な庭園をバッサリ捨てて、公共施設に変えた剛腕っぷりには貴族たちの間で激震が走ったという。
(胃痛がしてきた……)
詩織のころは、VIPと対面することはあったけれど、国家権力者とは終ぞ話すことはなかった。
だから今日は、王子様と会うんじゃないか、なんてほんの少しだけ期待はしていた。けれど、一足飛びでオーギュスト王がやってくるなんて、想像すらしていなかった。目の周りに刻まれた年輪が、その叡智を研ぎ澄ませる。術式を読み解く姿勢は、老賢者の趣だ。
解毒薬の説明と指輪については、先生が隣で丁寧に説明する。余計なことを言うんじゃないかとハラハラしていたけれど、さすがに先生も気を使いながら話しているようだった。
「なるほど、キレート草か。よく考えたな」
「もったいなきお言葉です」
「が、どうせ、お前のことだ。適当に買ってきて、ピンときたってところだろ」
「……ご推察通りでございます」
まるで不出来な弟子を見るような師匠の姿に、吹き出しそうになるのを堪える。
けれど、ここまで先生のことを見抜いているのは不思議だった。いくら城に呼ばれることがあるとはいえ、そこまで頻度は高くないはずだ。私が疑問に思っていると、オーギュスト王はふっと目を細めた。
「なに、一時、リヒャルトには城に滞在してもらっていてな。魔術士団の研鑽に役立てようと思ったのだが……指導するどころか、三日三晩研究に没頭しおってな。だから、城から放り出したんだ」
「…………」
先生のことだ。絶対『最新施設で無限に研究できる!』って思ったに違いない。
だから、私という弟子ができたと聞いて、まともな指導が受けられず、苦労しているに違いないと気遣ってくれたのだろう。そのご恩情に涙が出そうだ。
先生もバツが悪そうに顔を背けているところを見ると、迷惑をかけたと反省はしているようだ。それでも工房の帳簿付けはしないのだから、改善する気配はない。本当に昔から研究一直線の先生“らしい”エピソードだ。
「陛下。恐れながら、弟子として支えられるよう誠心誠意、努めて参ります」
「よろしく頼むな。これでも我が国の宝なんだ」
解毒薬を優しく撫でる。その姿は、一国の王ではなく父親に似た眼差しだった。
そうして、指輪にも付与を終えて仕事が完了したと思った矢先、さらに王は席にとどまるように言う。
呼び鈴を鳴らせば、今度はフェリクス様が現れた。
船上とは違い、かっちりと騎士団の鎧を着こみ、重々しい顔で一振りの剣を持ってくる。机の上の置かれたのは刃と柄の間、剣の中心部分に大きな魔石がはめられた――魔剣だ。
オーギュスト王はそれを持つと、ほんの少しだけ鞘から剣を抜く。現れた白銀の刃は、ボロボロに欠けていた。
「陛下、これは……」
オーギュスト王は頷き、フェリクス様に顔を向ける。
魔剣は大型魔獣に対抗するための特殊な剣だ。魔石の効果を剣に宿すため、刃を鍛えるところから術式の付与が始まる、完全オーダーメイド。刃に使われる素材も、魔石の強度に合わせて熟練の職人が打つ。
それがここまで欠けるなんて、よっぽど酷使されたか、別の要因だ。普通じゃない。
私と先生は、魔石に視線を注ぐ。ざわざわと胸が騒ぎだした。
そしてフェリクス様が語り出す。数年前に購入された魔剣は、最初は通常通り使えた。が、それも数回しか持たずに刃が欠けだしたのだという。国の御用達の刀鍛冶が怠ったとも思えず、魔術士団に鑑定を依頼したところ魔石が悪かったとしか判断できなかった。
魔石の“品質”がたまたま悪かった。話はそれで終わると思っていたが、ここにきて“人工石”という新たな問題が浮上してきた。
本物の魔石と変わらない、けれど、人間の手によって生み出された魔石。
もしも、その人工石が使われていたとしたら――。数年前から少しずつ、狂った石が国を侵食してきたことになる。
「リヒャルト。鑑定を頼む」
「――かしこまりました。謹んでお承りいたします」
先生と視線を合わせれば、私たちの心に炎が生まれた。
錬金術師として、これ以上にないくらい怒り狂いたい事態だ。魔石への信頼まで失墜させることになり、ひいては生活を揺るがすことにまでなりかねない。そんなこと許すことなんてできるわけがなかった。
こうして、私と先生は剣を持ち帰って工房で鑑定することにした。
帰りは、通常の船便だったので、行きに比べたらだいぶ気が楽だった。それでも一等船室を用意してもらえたので、快適な船旅であることには変わりない。
夕暮れ時のクラルテ川は、オレンジ色の太陽によって黄金に輝き、川べりの青々とした木々とのコントラストが視界いっぱいに広がる。生命力に満ち溢れた初夏の香りとほんの少しだけ混じる海風が、髪を揺らす。
濃紺のカーテンが空に広がり、日差しによってヒリついていた肌を冷ましていくようだった。それでも、川面はぬるい熱が残る。
「フィーナ、ここにいたんですか」
「先生」
帰りは先生と二人きりだった。
フェリクス様は本当に『解毒薬』の護衛だったらしい。それでも名残惜しそうに「フィーナ嬢の護衛なら喜んで勤めたかったけれどね」と、令嬢たちが卒倒しそうな憂いを帯びた顔で言ってくれた。
イケメン騎士団長、恐るべしだ。
頭ではお世辞だとわかっていても、顔が赤面するのは止められなかった。
「大丈夫ですか?」
珍しく先生が心配してきたので、目がまばたきする。
すると「陛下の前ではずっと緊張していたでしょう?」と労うように微笑んだ。
「それはまぁ……緊張しましたし、びっくりしましたけど。でも、お会いできて良かったです。オーギュスト王から『頼む』って言われちゃったんで、頑張らなきゃいけませんけど」
「それは……すみません、としか」
「いいんですよ、先生。私も好きでやってるんで。それに、学校にいたらできないことが、たくさんできてるんで、おあいこです」
最高位の錬金術師の手伝いができると思ってやってきたら、生活力が壊滅的だったなんて想像すらしていなかった。
オーブン修理のあとは、一足飛びで伯爵令嬢から依頼を受けたと思ったら、今度は国からの依頼だ。
それに陛下直々のご命令を受けた学生なんて、レヴァント王国で私くらいしかいないはず。
「先生。実は、これからの分析は楽しみなんです。先生とあーだこーだ言い合って、謎を解く時間が面白くて」
先生は目を見開いてから、数秒、噛み締めるように頷く。
「えぇ。僕も、ですよ。本当に優秀な弟子に巡り会えました」
太陽が沈む直前の煌めきが、先生を眩しくさせる。
それが何よりも綺麗で、さらに磨かれていく天才の秘密にも見えた。
虹位の弟子になれたことが、少しだけ誇らしい。
「……じゃあ。帰ったら、まずは洗濯しましょっか」
「えっ」
「当たり前ですよ。旅行から帰ったら、まずは荷物を解いて、服を片付けないと。それと、さり気なく本まで買っていたの知ってるんですからね」
「うっ」
カバンが更に膨れていたことに、気づかないとでも思っていたのか。目を泳がせる先生にため息をつく。明日からの生活と分析とで、慌ただしい日々が始まるに違いない。
見上げれば、宵の明星が輝く。この先にどんなことがあっても、先生と突き詰めていきたいと思った。




