第15話 原石の人と王宮
そこにいたのは、美貌の青年。
深夜の空を思わせるミッドナイトブルーのテールコートに、同じ髪色の束が流れ落ちる。上着とは相反して、ベストとネクタイは白で統一。さりげなくあしらった、魔石付きのピンが瞳と同じように輝き、上品さとミステリアスな雰囲気を醸し出す。
(…………先生、だよね)
思わず息を呑んで、まじまじと見てしまう。
全体的に細身のラインであるからこそ、肩幅の広さや引き締まった体格が見えて、その男らしさが色気へと変わる。
昼間と違って最高礼装だからこそ、最上級のスターサファイアが姿を現したようだった。
「………………」
「フィーナ?」
「せ……んせいって、本当に原石だったんですね」
かろうじて出てきた言葉に、先生は首を傾げる。
まるで、人と石は一緒ではないと言わんばかりだったけれど、私にしてみたら同じだった。薬品と紙に埋もれて、汚れたパレットみたいなローブを着ている人が、ちゃんとした服を着て、髪を整えるだけで別人のようになる。
(ずるい……こんなの反則じゃない)
緩んでしまいそうな唇をきつく結んで、先生をちゃんと見る。
私を見る緑色の瞳は何一つとして変わらない。そう思ったら、ストンと腑に落ちた。
(……この姿で営業してもらおう)
セールストークは私が担当するから、先生はただ隣でニコリと微笑んでくれればいい。
これでどんな淑女もノックアウトだ。
「先生、行きましょう。食事は絶対に美味しいんで、しっかり食べて、サロンで顔を売りましょう」
「あの、フィーナ。僕としては、別に依頼は受けなくても……」
「いいえ、先生。私の将来の金づ……顧客のためにも、ガンガン、行きましょう」
「は、はぁ」
私は意気揚々と歩きだす。心臓の鼓動が少し早いのは、力強く足を踏みしめているからだ。
決して、先生の姿にときめいたからではない。ほんの少し、いつもと違う様子にびっくりしただけ、ただそれだけなんだ。
胸に手を当て、早まる鼓動を落ち着かせる。
この日のために急いで名刺も作ったし、念のためマナーもシャルロッテ様に聞いておいた。抜かりはないはず。
ディナー会場にたどり着く。
それでもまずは、ゆっくり食事を楽しもうと、私はドアマンが開けてくれた眩い世界で息を吸う。
先生はスッと腰に手を当てて、エスコートしてくれる。その場慣れした腕に手をかけて、一歩進んだ。
食事はやはり一流だった。鮮やかな前菜に濃厚なスープと、極上の一皿が次々に運ばれてくる。メインの魚介は、アルフヘイムの漁港で買い付けてきたばかりなんだろう。新鮮な海の幸を川の上で食べる。これほど贅沢なことはない。
それが終われば、いよいよサロンへ移動して交流が始まる。
ディナー会場やサロンに移動する際は、兵士たちが基本的に護衛してくれていた。けれど、部屋の中は身分が必要になってくるため、フェリクス様が先行して入室している。その彼には、事前にサロンでは口添えてもらえるよう手配済みだ。そして、予想通り、彼の周りは女性だらけだった。
「やぁ、フィーナ嬢。食事のときに言いそびれてしまったけれど、杏のような可愛らしいドレスがよく似合う。サロンは、私がエスコートしても?」
「ありがとうございます、フェリクス様。恐れ入りますが、先に私の師をご紹介させていただいてもよろしいでしょうか。皆様も魔術士にランクがあることは、ご存じかと思いますが——」
そうして、先生の紹介を始めれば、周りの女性陣は食いつき始めた。
見目麗しい最高位の魔術士、となれば興味津々だ。フェリクス様には客寄せパンダになってもらって、名刺を配り歩こう。
錬金術の説明をしつつ、先生の手にかかればドレスに魔術的な効果がつけられるといった、具体例を挙げる。例えば、氷系魔石のエッセンスを抜いて、ドレスに付与すれば、ひんやり冷たいクール系ドレスの出来上がりだ。夏場の夜会でも重宝されるだろう。逆に炎系なら冬場は温かい。
お見積もりは工房まで、と言えば、ジッと名刺を見つめる婦人が続出した。
それなりに刷っておいた名刺が全部はけたところで、私と先生はサロンを離れる。
明日は王都だ。
夜風が頬を通り抜けて、外輪の水音だけが聞こえる。
ゆっくりと闇夜の川を遡上していくなか、水面ではゆらりゆらりと月の帯がたなびいていた。
*
レヴァント王国の王都リュミエラまでは、クラルテ川から更に馬車に揺られて一時間ほどで着く。
そこから更に城までは、華やかな大通りを抜けて三十分ほどだ。馬車の小窓から見上げた城は、圧倒されるほど巨大だった。
王宮前の石畳広場だけでも、サッカーコートほどの広さがある。金色の派手な正門抜けて、馬車で東側の棟へ向かう。建物の壁が、どこまでも続いているようだった。
(噂には聞いていたけれど、本当に広い……というか、広すぎる)
レヴァント王国は肥沃な大地と魔術文化で成り立っている。その栄光を誇示するために、豪奢な城を建造したと授業で習った。
その城に来るとは思ってもみなかったけれど、城内はさらに想像の上を超えて、ド派手だった。
廊下は木目、大理石、タイルと扉を開けるたびに変わり、柱や壁には凝ったレリーフが刻まれ、彫刻や絵画が飾られている。その豪華絢爛な世界に、はしたないとはわかっていてもキョロキョロと見渡してしまう。歩くだけでも、美術館に来たみたいだ。
「こちらのお部屋でお待ちください」
丁寧に執事が頭を下げて、ついでにメイドがお茶を運んでくる。部屋の中は廊下と比べて落ち着いているものの、ふかふかの臙脂のソファに巨大な暖炉。そして、艶やかな黒檀のようなテーブルに映えるティーセットが並べられたら、緊張感が増してきた。
「先生、いつもこんなところに来てるんですか?」
「いえいえ。いつもは反対側の魔術棟の方なんですけどねぇ。あー……嫌な予感がします」
「どういうことですか?」
先生が苦い顔を浮かべて口を開きかけたところで、ドアの開く音が聞こえた。
「やぁ、リヒャルト。息災かね?」
手をあげてニコニコと微笑みを浮かべながら入ってきたのは、白髪の男性。その穏やかさとは裏腹に、体格は驚くほどがっしりとしていた。手の込んだ刺繍が施された紺地のロングジャケット、そして襟元の優雅な白いアスコットタイ。その佇まいは一目で、高貴な人だと思わせる。
スッと先生が立って深く頭を下げたところから、私も慌ててお辞儀する。かなり身分の高い人だということは明白だった。
「頭をあげたまえ。そんなんじゃないだろう?」
「まさか陛下直々にお越しくださるとは思ってもみなかったもので……」
「愚息の不始末は親がするべきだろう? 薬を持ってきたときいてね。私とて魔術士の端くれだ。興味がある」
「陛下の場合、端くれとは言い難いのですが」
「そうか? ところで、隣のお嬢さんが弟子のフィーナか?」
突然、名前を呼ばれて身体が震える。
(……今、先生は何て言ってた? 陛下って言ってた。陛下って何者だっけ?)
テンパりすぎて、脳内会議のIQが低下していた。
先生はそんな私を見かねて苦笑する。
「はい。僕の優秀な弟子のフィーナ・シルヴェリです。この度の解毒薬も彼女のおかげで出来上がったようなものです」
「ほぉ。リヒャルトが言うのは珍しいな。どれ、顔をあげてごらん」
「は、はい。お初目にかかります。フィーナ・シルヴェリと申します。この度は、お招きいただき大変恐悦至極でございます」
「利発そうなお嬢さんだ。堅苦しい挨拶は抜きでかまわないよ。あぁ、そうだ。私はオーギュスト・ヴァロア・レヴァント。一応、国王をやっている」
滝汗が止まらなかった。




