第14話 動く白亜の城
解毒薬が出来上がり、騎士団の詰所へ訪ねると、フェリクス様は船のチケットを差し出してくれた。
そして、工房でチケットの内容を確認すると、恐ろしいことが記されていた。
「っ、これって!」
「どうしたんです、フィーナ?」
「先生、大変です! 急いで服を買いに行きましょう!」
「えっ、この前、買ったばかりじゃないですか」
「普段着じゃなくって、正装です! マルタエル号に乗るための! ちゃんとした服です!」
マルタエル号——王族や伯爵クラスが乗る超豪華客船だ。
他国から観光や外交でやってくる殿上人たち用で、アルフヘイムに寄港してからクラルテ川を上って王都に向かう。月に一回程度の運行で、学校の窓からも見えるくらい存在感も半端ない。思わず、船のチケットの氏名欄をまじまじと見つめる。
先生の虹という位を考えれば、用意されてもおかしくはない船だ。この前、城に呼ばれたときもマルタエル号に乗船していたのだろうか。その場合、ちゃんとした服だったのか心配になってきた。
「いいえ。この前は、普通の船便で行きましたよ? あれじゃないですか。解毒薬を持っていくんで、ちゃんとした船を用意してくれたんじゃないですかねぇ」
「ちゃんとした、っていう規模じゃないんですけど。とにかく、明日か明後日には仕立て屋に行きますよ」
「えぇ~……別の研究途中なんですけど」
「つべこべ言わない! あぁもう、私もドレス仕立てたほうがいいのかなぁ、間に合うかなぁ」
既存品を改造してもらえばいいのだろうか。
そのあたりは、仕立て屋に聞いてみるとして、解毒薬も立派な箱に詰めたほうがいいだろう。
出航まで、そこまで日数も多くない。私は慌てて準備のため走ることにした。
*
ボォォ――。
アルフヘイム港中に響き渡る汽笛。
その巨大な船を見上げて、私は引け目と緊張に苛まれていた。
マルタエル号は、三階建ての集合住宅を二棟くっつけたような縦にも横にも長い船で、動く白亜の城と称されている。
白く塗装された壁や欄干は高級感が漂い、船尾にある真っ赤な外輪が滝のような水しぶきを上げるのを待っていた。
その青い空に映えるようなコントラストに、初夏の海風が通り抜ける。生粋のお嬢様だったら、この景色を堪能していただろう。
甲板で談笑する、華やかな装いの貴婦人たちが目に入る。自分の服装を見直して、あの中に入っていいのだろうかと、ため息をついた。仕立て屋に事情を説明して、あれこれと見繕ってもらったけれど、少し落ち着かない。もっというと「すごいですねぇ」なんて、しげしげと観察する先生を見ると、さらに気分が複雑になる。
ライトグレーのジャケット姿に紺色のベストが、先生の印象を変えてキリッと引き締める。いつも七色に汚れたローブを着ている分、見違えるような好青年ぶりに夏の幻を見ているようだ。髪型も普段の適当に結わえた三つ編みから、シンプルに一つに結んで横に流す。貴公子のようで、どこか神秘的な錬金術師といった風貌に、少女漫画のときめきがよみがえった。
「……フィーナ」
「えっ、あ、はい。なんですか?」
「マルタエル号の機関室、見てみたいんですけど」
真剣な顔で言うセリフが、あまりにも先生らしくて、ときめきが魔石に変わる。
交渉できるかわからないけれど、先生の名前を出せば見せてくれるかもしれない。そんなことを返せば、先生はご満悦でタラップを目指した。
「あ、フィーナ」
「はいはい、今、行きま――」
「似合ってますよ、服。空の色みたいで綺麗です」
「――はっ?」
スカイブルーのワンピースが揺れる。
先生は意気揚々と前を歩いて行ってしまったため、私はワンテンポずれて、そのあとをついて行くしかなかった。
甲板に着いて、その広さに面食らっていれば「失礼」と人混みをかき分けるように、凛とした響きが耳に届く。
振り向けば、太陽の日差しにも負けないくらいの輝かしい人がそこにいた。
「フェリクス様!?」
「やぁ、フィーナ嬢。それにリヒャルト殿。護衛の任を預かってきたよ」
パチン、とウインクされるけれど、理由になっていなかった。
フェリクス様は甲冑姿ではなく、先生と同じジャケット姿ではあるけれど、腰に剣が下がっている。
そして、案内されるがまま歩けば、革の胸当てに帯剣、というこの場に不似合いな兵士が二人、個室で待っていた。
「フェリクス、どういうことです?」
先生の鋭い視線が飛ぶ。
「どうもこうも、病を治してくださる錬金術師様だからね。陛下直々のご命令だよ」
「はぁ……僕は一応、虹なんですけどね」
「今回はフィーナ嬢も一緒だろう? 護衛がいることに越したことはない。まぁ、大船に乗った……というより、まさに貴族の船だ。何もないとは思うけれどね」
そうして、フェリクス様は「どちらかといえば、フィーナ嬢の苦労を労るとおっしゃってたよ」と、私に視線を向けた。すると、先生は、珍しく苦い顔を浮かべて肩を落とした。
たまに国に呼ばれる、ということは、少なからず国王陛下と面識があってもおかしくはない。そして、私の苦労が伝わってる、ということは生活破綻っぷりも知っているということだ。
(陛下の前で何をやらかしたんだろう……)
怖くて聞けない。
けれど、何となく察せるものがあった。この船を手配したのもその一環に違いないだろう。
出航を告げる鐘の音が鳴り響く。
大きく揺らぐと地響きと共に動き出した振動が伝わってきた。
私と先生の部屋は二階にあり、荷物は部下の兵士の人たちが持つのを手伝ってくれた。機関室見学については、フェリクス様が許可を取ってくれたので、さっそく先生と向かう。
マルタエル号は、蒸気機関で動いている。
その心臓部に行く手前から、むわっとした空気が漂ってきた。
手で顔を仰ぎながら中を覗けば、機関助手の人たちが汗だくになりながら薪を巨大な炉に放り込んでいた。その懸命な姿に、思わずじっと視線を送ってしまう。
彼らが起こした火で水を沸騰させ、蒸気を生み出す。その蒸気を術式が刻まれた魔石で超圧縮し、ピストンを動かすことで、船尾にある鮮やかな赤い外輪が回り始める。ガシャコン、ガシャコン、と真鍮のレバーが規則正しく動く。その音に合わせて、巨大な外輪が水を掻き出し、機関室からも激しい飛沫がよく見えた。
「わーっ、迫力満点」
「圧巻ですねぇ、これは」
大型客船を動かすに相応しい、見上げるほどの豪快な水車の動きに思わず声をあげてしまう。
説明をしてくれているマルタエル号の船員もドヤ顔で、頷いていた。蒸気と魔石による技術の結晶の塊に、私も先生もテンションは上がりっぱなしだ。特に超圧縮のための術式やどの魔石を選んだのか、と根掘り葉掘り聞きたくなる。けれど、さすがにその辺りは設計技師の領域になるので、先生と後で資料を買いあさることを決意した。
その後も操舵室に入れてもらい、三階の特等席から見えるクラルテ川の雄大な景色を堪能させてもらった。
少し部屋で休憩させてもらったあとは、いよいよディナーが始まる。
このために、仕立て屋であれこれと注文させて作ってもらったんだ。バッチリ決めて、ディナー後のサロンで貴族たちに名前を売る。
依頼が増えれば、弟子から独り立ちしたときも顧客はつきやすい。我ながら完璧なロードマップだ。
アプリコット色のドレスはデコルテが広いけれど、胸元にフリルをあしらってもらい品を良くした。これに、小ぶりな濃紺の魔石のネックレスを合わせて、柔らかく上品にまとめあげる。
「先生、準備はできましたか?」
隣の部屋のドアをノックすれば、先生が出てきた。
その正装姿に思わず息を呑んだ——。
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