第13話 騎士団長と泡まみれの言葉
魔術士ギルドで鑑定したものは、やはり人工石だった。
入手経路の詳細までは話してくれなかったけれど『別ルートで手に入れた』とだけ教えてくれた。
そして、今度は逆に部門長から『惚れ薬』について尋ねられた。シャルロッテ様の件は、広まっていたようだ。
私の入手経路については、正直なところ退学処分レベルだと思う。あの時は、向こう見ずだったけれど、よくよく考えれば非合法の薬を手に入れようとしていたんだ。あまつさえ、それを情報交換で入手した。ほぼ、犯罪の片棒を担いでいたと問われてもおかしくない。あの時、先生が怒ったのは、こういうところも指摘していたんだろう。
私がどう経緯を説明しようかと考えあぐねていると、先生は「僕が入手しました」とサラリと告げた。
「リヒャルト、君が?」
「えぇ。ハフェンブルク家のご令嬢からのご依頼ですから。ただ、僕は少し顔が割れているので、代わりに少し危ない橋をフィーナに渡ってもらいました。フィーナ、売人はどんな風貌でした?」
「えっ、えぇと。フードを深くかぶっていてわからなかったんですけど……たぶん、男性です。あとは……」
ここで私は言葉を切った。
というのも、魔術インクで書かれた手紙のことを伝えていいのか判断がつかなかったからだ。
魔術士ギルドの部門長に告げることは、身内が犯罪を犯していることを教えることと同じ。先生の顔を伺えば、促すように頷いた。
「魔術インクで書かれた指示書をもらいました。だから、その……」
部門長の顔色が変わる。少しの沈黙のあと「その手紙は?」と絞り出すように声を出せば、先生はため息と共に返答する。
「工房にあります。あとで、分析結果と一緒に提出しますよ。部門長、上は何と言っていますか?」
すでに先生は国に根回し済みなんだろう。
魔術士ギルドからも人工石の話が来たということは、国も動き出しているに違いない。
こんな風になっていくとは思ってもみなくて、段々と事の大きさに怖くなってくる。
「今はまだ何とも言えない。けれど、リヒャルト、君は解毒に成功したんだろう? なら、悪いようにはならないはずだ」
「だといいんですけどね」
先生は苦笑して、そのまま席を立った。鑑定もしたし、話すべきことは話した——居心地のいい場所ではないと言わんばかりに、私にまで退席を勧める。急ぐことでもあるのだろうか、と思ったけれど、この部屋の空気が嫌いなのかもしれない。誰かに見られているような、そんな気配。部門長も察したのか「何かあったら、連絡はする」とだけ言って、部屋に残る。
そうしてドアを開けて廊下に出た瞬間、せき止めていた息が一気に吐き出せたように、身体が軽くなった。
「はぁ……あの部屋は、肩が凝りますねぇ」
先生は首を回しながら、心底嫌そうにため息をついた。
「やっぱり、特別な部屋だったんですか? なんだか空気が重くて、誰かに見られているような変な気配がしたんですけど……」
「あぁ、フィーナも気づきましたか」
そうして帰る道すがら、説明をしてくれた。
どうやら壁に、魔力を強制的に制御する特殊な術式が編み込まれていたようだ。だから、内側からも外側も魔術干渉が出来ない。つまり盗み聞きもできない。それだけ、あの人工石を危険視している証拠でもあった。
ギルドの上層部が、そこまでして警戒する人工石。私たちは、とんでもない陰謀の引き金を引いてしまったのかもしれない。
*
そうして、数日が経ったある日。
工房に帰れば、青いマントに長い金髪をひとまとめにした男性が中にいた。
「おや、お弟子さんかな?」
甲冑の音とともに、くるりと振り返って、貴公子然とした淡い微笑みを向けられる。
まさに美しく磨き上げられ、ブリリアントカットを施されたダイアモンド。
白銀の甲冑と青いマントが見事なコントラストを生み、端正な顔立ちが映える。鍛え上げられた体つきと優美な姿は、一見、相反するものなのに、全体から醸し出されるしなやかさが絶妙な均整を生んでいた。
胸の紋章と帯刀から騎士であることは見て取れたけれど、こんな美丈夫がいるとは思ってもみなかった。
「フィーナ?」
ひょいっと先生がカウンターの向こうから顔を出す。
うっかり見惚れていたことを知られたくなくて慌てて「弟子のフィーナ・シルヴェリです」と頭を下げる。
「これは丁寧にありがとう。私は、レヴァント王国騎士団所属、フェリクス・クーネンルツ。以後、よろしく頼むよ、フィーナ嬢」
「……あ、はい」
依頼に来たのだろうか。
あまりにも眩しくて目を覆いたくなるけれど、仕事ならば粗相はできない。
どうせ、先生のことだ。カウンターの立ち話で済ませようとしていたに違いない。
私は慌てて、改造したばかりのカウンター裏の倉庫兼接客室に案内して、お茶の準備に取り掛かる。
「どうぞ」
テーブルに置いた時には、依頼内容の話は進んでいた。
私も聞いていいのか確認を取ってから席に座る。
フェリクス様は、ここアルフヘイム地区を担当する騎士団長だった。
そして、そんな彼がやってきた理由は、惚れ薬無効化指輪と解毒薬の製作依頼だ。
なんでも、第三王子の娼館通いが酷いらしい。特にアルフヘイム地区の外れにある娼館へ入り浸っているとか。管轄責任者としては、王子に噂の惚れ薬が盛られていたら一大事だ。娼館は騎士団が取り調べを担当するけれど、惚れ薬は範囲外。そこでシャルロッテ様の事件を解決した、私たちに白羽の矢が立った。
国の恥を告げるようで申し訳ないとか、女性の前で言うことは憚られるが、とフェリクス様も言葉を選んで言っているところから、何だか色々と苦労していそうだ。準備ができたら登城してほしいとのことで、紹介状も渡してくれる。
王都までは、それなりに距離はあるけれど、船を用意してくれたみたいだ。
「ご依頼、承りました」
依頼書にサインしてもらい、フェリクス様は去っていく。
軽く頭を下げて手を振っていく姿すら、気品に溢れていた。
先生は、その背中を黙って見送っていた。
「はーっ、緊張した」
思わず背伸びをして、振り返る。
すると、先生が気難しい顔をしていた。解毒薬の材料はまだ残っているから、難しくはないのにどうしたんだろう。
「……フィーナは、あぁいう男性のほうがいいんですか?」
「えっ? まっ、まぁ……そうですね。騎士ってやっぱりカッコいいですし」
それでもフェリクス様は別格だと思う。
あんなイケメン、貴族の御令嬢たちは放っておけないだろう。それこそ、シャルロッテ様クラスから引く手あまたに違いない。自分には縁のない男性だ、と近場の人を見れば、白いローブの裾が全体的に真緑色だったことに気づく。
「って、先生! なんですか、そのローブ! やだ、そんな姿で接客してたんですか!?」
「えっ、あぁ……これは……」
「もうっ! すぐに洗濯するんで貸してください!」
下手をすれば、また服を捨てて新しいものを買ってしまうに違いない。
ちゃんと洗濯すれば、着続けられるというのに。手を差し出せば、先生は何を思ったのか慌てて服を握りしめる。
「いっ、いえ! 自分でやります!」
「えっ?」
そのままドタバタと走って、庭に作った簡易洗濯場へ駆け込んでいった。
先生には一応、洗濯のやり方を説明したけれど、果たして覚えているのだろうか。
「うわぁあぁっ!」
「あー……」
嫌な予感が的中して、私は足取り重く庭に行く。
案の定、大釜から泡があふれ出して、ちょっとしたアトラクションになっていた。
「フィッ……フィーナ」
大の大人が何で半べそになっているんだろう。
まるで、大失敗をやらかした子供が母親に見つかって助けを求めているようだ。
まだ私は十七歳だというのに。
「ほんっと、先生は私がいなきゃダメなんですから……」
本当に最高位錬金術師なのかと疑ってしまう。
ササっと泡を消して、もう一度、最初から洗濯のやり方を叩き込むしかない。
私は苦笑しながら、大釜に手をかざす。
「……そうですね。僕は、フィーナがいなきゃダメなんです」
ポツリとつぶやいた声を遮るように、私は呪文を唱えた。
——私はリヒャルト・ブルームの“弟子”なんだ。
心を静めさせながら、ゆっくりと声に出す。
熱湯を入れないように、冷たい水を注ぎこんだ。




