第11話 女主人の後日談
「そこで、私は言ったの『ハフェンブルク家は、ザント家との取引を一切やめますわ。どうぞ、ご自由に商いをなさってくださいませね』って。フィーナにも見せたかったわ、あの真っ青な顔!」
シャルロッテ様は嬉々として報告してくれた。
そして、市場からの完全な締め出しを食らったザント家の人たちに、ちょっとだけ同情しつつ、浮気男の末路としては相応しい内容だった。
指輪に魔術を付与してから、数週間後。
私と先生は、シャルロッテ様からお茶会という名の報告会に招待された。
やはり、ユリアン様は惚れ薬を飲まされていたようで、薬を飲み切ったあとにすぐにハフェンブルク家に泣きついてきたらしい。
ところが、シャルロッテ様は面会謝絶の一点張り。ユリアン様には酷く傷つけられたため床に臥せっていると噂を流した。ユリアン様は大慌てで花や贈り物を届けるが、全部突き返したそうだ。
その間にユリアン様ならびに、惚れ薬を飲ませたエルザのことを調べ尽くしたところ、驚くべき事実がわかった。
「まさか我が家の情報を盗み出そうなんて……私もまだまだですわ」
シャルロッテ様に近づいたのは、全部、ユリアン様とエルザの計画だったのだ。
エルザは商人の娘で、ザント家とも深い繋がりがあった。そこで、ユリアン様はシャルロッテ様と婚姻を結ばせて、そこから、ハフェンブルク家の貿易内容を引き出そうと考えていたらしい。まさか、こんな裏側があるとは思ってもみなかった。
「ですが、シャルロッテ様。ここまで調べたのであれば、その手腕は問題ないかと思います」
エルザは、なぜ惚れ薬を使ったのか。それは、伯爵になれると確信したユリアン様が、エルザと別れを迫ったからだ。元から、ザント家とエルザの家が富を得ようと動き出したのがきっかけだ。ところが、肥大化したプライドがユリアン様の虚栄心を増長。手を切られる前に、薬に手を出して半ば洗脳しようと試みたのだ。
結果的に、惚れ薬を飲ませすぎてしまい、計画は破綻。エルザも最初は女性としての優位に立てて喜んだものの、のちに頭を抱えてしまったそうだ。
「そうかしら。商談会では裏の読み合いよ?」
そして、目が覚めたユリアン様とエルザをハフェンブルク家の商談会に招待。
多くの貴族が集まる中、泣きついてきたユリアン様に啖呵を切った、というわけだ。
「確かにそうですが……。シャルロッテ様がここまでするとは思ってもみなかったので」
「あら、商談の場で取引についてご説明するのは、当然の責務ですわ」
女主人の微笑みは、薔薇のように気高くて、そのトゲすらも美しさのためにあると言わんばかりだった。
先生はノーコメントでお茶を飲み続ける。私も伯爵家のお嬢様をなめていたのかもしれないと、苦笑いを浮かべてしまった。
「ところで、今回の依頼料はこちらでよろしくて?」
スッと出された小切手に、思わず息が止まる。
今回使ったキレート草が一箱分くらい買えるぐらいの額だったけれど、ここは黙って受け取るのが定石だ。
念のため「先生、こちらで問題ないですか?」と尋ねれば「いいんじゃないですか?」と、すんなりと頷く。
(絶対、わかってない、この人)
金銭感覚がバグってるとは思っていたけれど、今回の解決料金がオーブン修理と同額でも納得するに違いない。
工房の料金プランまで考える弟子が、どこにいるというのだろう。円計算尺が泣いているようで、私も切なくなってしまった。
「……それと、これはハフェンブルク家御用達の証明書よ」
上質なカードを手渡される。
御用達という言葉に、戸惑うように伺えば、シャルロッテ様は真っすぐな目で見つめ返す。
「これからも、我が家に仇なす『不純物』が現れたら、また頼むわね、錬金術師さん」
「っ、はい! お困りごとがございましたら、いつでもまた、ご依頼くださいませ。お嬢様」
*
私は鼻歌交じりに、作業場を片付ける。
まさか、伯爵家御用達の錬金術工房で働けるなんて夢みたいだからだ。ただでさえ、虹位というだけでも箔がついているのに、更に上級貴族のお墨付きとあれば、依頼も増えるに違いない。そうすれば、アルバイト代も少しくらいは増額も見込める。
(実家の工房の修繕もできそう!)
たまに出来る借金の返済にも充てられるし、万々歳だ。
本を片付けていると、床に小瓶がいくつも転がっていることに気が付く。そして、作業台の上には真鍮でできた金属製の筒状器具があり、小指くらいのガラス管のようなものがあった。
「先生、これ何に使うんですか?」
特注のものにも見えて、さっそく無駄遣いをしているのではないかと疑いをかける。
すると先生は「試作品ですよ」と、面白いでしょうと言わんばかりにニマニマと手に取って見せてくる。
「この前、呼ばれた際に、国の禁書庫へ足を運びましてね。そのとき見つけた本で面白そうなのがあったので作ってみたいなぁ、と」
ちなみに学校の創設者の手書き本だそうで、国の最重要機密書でもある。虹位だからこそ、閲覧が許可されており、たまに古文書の解読を依頼されることもあるそうだ。
だからといって、好奇心だけで機密書に書かれた物を作ろうと試みるのもどうかと思うけれど、先生の場合は純度百パーセントの興味だ。制止は効かないだろう。でも念のため「ダメなんじゃないですか」と聞いてみる。
「いや~それに出来るかわからないんで」
なんで嬉しそうに答えるんだろう。
「先生、出来たら見せてくださいね」
「もちろんです」
上機嫌に頷く先生を見ながら、せめてマメに整理整頓だけはしてほしいと言っておく。
けれど、二、三日もすれば荒れ果ててしまうに違いない。
学校と寮と工房。依頼を受けている間は、その間を往復するだけでも、かなりの時間と体力を削られた。
たまに授業中もウトウトしてしまうこともあったし、寮の門限ギリギリに帰ることも幾度となくあった。
今後のことを考えると、自転車を買ってもいいかもしれない。けれど、元の世界に比べたらまだちょっと高級品で、あまり出回ってはいないことが難点だ。でも、今回の依頼は頑張ったし、少しくらいはボーナスを申し出てもいいのかもしれない。
「……ということで、先生。お給金とか、少しくらいどうでしょうか?」
ちょっとだけゴマすりをかけつつ、先生を伺えば眉間にシワを寄せて渋ってきた。
すんなり通ると思っていた分、理由がわからずにいると、先生は何か閃きが落ちたのか、パッと顔を明るくした。
「それでしたら、部屋も余ってますし、いっそ、住み込みなんてどうですか?」
名案、とばかりに人差し指を立てる。
男女ひとつ屋根の下というのは、さすがに抵抗があった。
「はぁぁっ!? なっ、何言って!」
「鍵もつけますし……何より、賃金、上げますよ」
賃金、という言葉に声が詰まる。
お年頃の女の子としての自覚と、寮の下宿代と一人部屋の快適さ。
揺れる天秤が導き出した答えは、たった一つ。
「――っ、先生! どの部屋ですか!?」
頭のなかのそろばんが、パチィン!と小気味いい音を立てた。
こうして、二階の倉庫を大改造して私の部屋にするまでに、かなりの時間がかかった。
けれど、家具一式も先生が負担してくれるということで、お気に入りの机やベッドに大満足の私がいたのだった。
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