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ep Radja Naga 3


 暗闇の中を、全速で走り続けた。

 方角は間違っていない。日が沈む方角と逆へ進めばいい。

 このまま進めば、故郷に辿り着くはずだ。


 側面の奥から、白い何かが飛翔した。

 その速度は計り知れない。


 ――なぜ勘違いした。

 勝てるわけがなかった。

 奴らは、数百年もの間、我らをあの狭い世界へ追いやってきた悪魔ではないか。

 なぜ負けないと驕った。


「ぎゃああ!」


 真後ろから、仲間の悲痛な叫びが轟く。

 しかし、振り返らない。


 命を――こんな魔の大陸で落としたくはない。

 落とすのならば、故郷がいい。



 鈍い金属音が鳴り響いた。

 その音は徐々に数を増し、やがて一際大きな音を最後に、花に囲まれた庭園は静寂に包まれた。


「剣じゃ、もうナーガに敵わないか」

「いやなに、他ではまだ君には勝てないさ、ドラガン」



 リバ古代より続く宮殿。王座には、リバ西部を治める男が鎮座していた。

 その御前に立つのは、日に焼けた少年。


「ナーガ、十の歳になったな」

「はい、父上」

「お前もそろそろ戦に出る歳だ……良い機会だ、自分の武器を持つといい」


 ヴァスキ王は従者に合図を送る。

 宮殿の奥から、盆に載せられた鉱石が運び込まれた。


「魔力が込められた鉱石だ。火継から腕の良い鍛冶師を呼び寄せた。

 自分が納得する得物を作れ」


「頂戴いたします、ヴァスキ王。必ずや最高の得物を作ってみせましょう」



「殿下、はじめまして。火継の島から参りました、刀鍛冶テシマのハイシュウと申します。

 殿下の得物を、精一杯打たせていただければと存じます」


「うむ、よろしく頼むよ、ハイシュウ殿」

「では、鉱石をお預かりいたします」


 刀鍛冶は鉱石を受け取ると、手で印を結んだ。

 魔力の揺らぎが生じ、その力が彼の眼へと集約される。

 青い光沢を宿したその眼で、ナーガの全身を観察した。


 やがて観察を終えると、羊皮紙に刀の設計図を描き始める。


「……すごい魔力操作だな、無駄がない」

「殿下、お気づきですか」

「失礼だが、ハイシュウ殿。貴方からは魔力を感じられない。

 なのにその操作技術……どういうことだ?」


 筆を置き、刀鍛冶は静かに答えた。


「我ら火継の民は、生まれつき魔力が微弱であります」

「……そうか」


「ですが悲観はしておりません。その代わり、武人の眼や強靭な身体能力を授かっております」

「武人の眼に、身体能力……」

「ええ。それらの天啓を活かし、我ら火継は鍛冶や武の道を歩む者が多いのです」

「地域や人によって違いが生まれるものだな……感謝する、ハイシュウ殿」


 会話を終え、刀鍛冶は再び作業へ戻る。

 弟子たちが火起こしを終えると、本格的な鍛冶が始まった。


 弟子は時折風の魔力を発動させ、工房の換気を促した。

「彼らは何をしているのだ」

「魔力粉塵が部屋中に舞うと危ないので、

 わたくしの工房で一度炎が粉塵に連鎖して爆発を起こした事がありました。

 それの予防ですね」

「魔力の欠片に、炎が反応か…我が国でも注意を促そう」


 ナーガは赤く熱せられた鉱石を見つめる。

 やがてそれが剣の形へと変わっていく、その瞬間を見逃さぬように。

 刀鍛冶は魔力を練る際に時折、同じ手印を結んだ。


「その手印…それはどういう意味だ」

「あぁこれはですね、遠い昔の神、剣の神が結んだ印でございます。

 遠い歴史を辿れば、我らは同じもの侵攻をしていますよ。

 剣に関わる魔の術を扱う際には我々はこの手印をよくお借りします」


「剣の神…手印か」



 もはや小竜とは呼べぬほどに成長した竜。

 その体躯は大人に匹敵していた。翼を羽ばたかせ、空を滑空する。


 一行は馬に跨り、悪路を進む。西へ、西へと。

 やがて気温が下がり、従者が厚手の衣を差し出した。


「父上……我々は西へ向かっているのですね」

「そうだ。お前には西を見届ける義務がある」


 半日かけて、西部へ辿り着いた。

 そこには、海に囲まれたはずの大地――だが、目の前に広がるのは白く凍りついた氷の海だった。


 さらに視線を巡らせると、黒石を積み上げ、氷の大地とリバの大地を隔てる壁を築くマンダラ王国の民の姿。


「これが……西の果て」

「しっかり見渡せ」


 薄暗い霧の向こうから、一団が現れた。

 手を縛られ、馬に引きずられる二人の男。


「王……恥ずかしながら、逃亡を企てた者たちです」

「……そうか。連れてこい、私が直々に執行する」

「はっ」


「父上……彼らはどうなるのです」

「これも我ら王族の業だ、ナーガ。目を離すな、お前が引き継いでいくものだ」

「……はい」


 罪人は黒石へ押し付けられた。

 王は大剣を受け取り、地へ突き立てる。


「逃亡は斬首。お前たちも承知のはずだ。

 ……最後に言い残すことはあるか」


「王よ……奴らには、白い悪魔には勝てません」

「ははは!どうせ皆、奴らに滅ぼされるんだ!今死ぬか後で死ぬかの違いだ!」


「……我が民よ、マンダラ王ヴァスキが処刑いたす」


 王は大剣を振り上げ――振り下ろした。


「ナーガ、しっかり見とけ、それがお前の義務だ」

「分かっている、ドラガン」


 火継の民が鍛造した業物を鞘から引き抜いた。

 そしてまだ切られていない罪人まで向かう。

「お、おい、どこにいくナーガ」


「父上、どうか俺にもやらしてください」

「……良いだろう」


 罪人を見下ろした。

「マンダラ王国第一王子のナーガだ…王(父上)じゃなくて申し訳ないな。

 ……最後に言い残すことはあるか」


 罪人は真っすぐと目を向けた。

 そして罪人は笑った。


「ははっ…いえ何もありませんよ殿下」

「そうか」


 王子は剣を振り上げ、そして――振り下ろした。


 氷の大地が赤く染まる。


「バハムト、焼け(バカール)!」


 空に君臨する黒き竜は、王子の号令に応え急降下し、罪人を焼き尽くした。


 燃えカスが氷の大地から舞い上がり、やがてリバの西端の空を舞う。

 分かっていた事だ。


 自分の宿命、リバの守りてとして責務、それを率いる王としての矜持。


 黒い石を一つ一つ積み上げ、リバを守る壁を築こうとするマンドラの民。

 いずれ、自分の言葉一つで彼らをこの氷の戦場へと送り出し、リバの繁栄の礎へとなると賛美を並べ、彼らを灰へと導く。


「……何故笑った」


 思い浮かぶのは、白く細い指先、真っ直ぐに伸びた艶のある黒髪、そして笑うと細まる優しい目。幼少から見続けたあの純白の巫女。


 巫女が笑って過ごせる、そんな優しい世界に、築かねばならない。


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