20話 エクソシズム、開始
宮殿、総督執務室。
ワジャ産葉巻を嗜み男、フルーティな香りが部屋に充満していた。
「失態だな、デ・ヨング大尉」
「…返す言葉もございません」
ファン・ダイクは厳重に封されていた、手紙をデスク上に広げて見せた。
「本日より、私がマンティアン東バーラタを統括する総帥だ」
「総帥着任、おめでとうございます!」
白い騎士は教科書通りのマンティアン式敬礼を捧げた。
「そして、君は今日より少佐だ」
「はっ、謹んで拝命致します!必ずやこの手で、東の悪魔どもを根絶やしにしてみせましょう!」
そして、ファン・ダイク総帥は、緑色の液体で充満されているガラスの容器をデ・ヨング少佐に差し出した。
「本国から、君へのプレゼントだ。解析は終えたそうだ。
その意味は分かるな?王国への忠誠を今一度、示せ」
「…はっ」
液体の中で小さき竜が、眠りに着いていた。
◆
宮殿作戦室。
「奴らへの報復を当然として、やはり本国の増援を待ち、それと周辺国を巻き込んであの島に襲撃をかけるべきだ」
「確かにブリタニアとヴェルサイユと組めば、失った戦艦の補う事は可能だろう…癪だが、ダボスに駐在しているユニオンにも要請しよう、そうすれば東からの挟み撃ちも可能だ」
「いや、かの大陸は深きものが潜み囲う、天然の要塞を保有している、やはり、氷から一点突破が最善だ」
「本国内でも、鉄の国からの侵攻が絶えぬ。何としても東ワジャを征服し、エネルギー供給の安定化を図りたい。東の魔鉱田があれば、我らこの先10年は戦い続けられる」
総督は大変満足していた。総督という面倒な肩書をこれまで、如何にか躱してきたが、いよいよ避けられない事態になった。しかし、トップになった特権として、無能な将官を飛ばす事が出来たのは、それだけでこの地位になって良かったと、心底思った。
今頃あのボンボンどもは片田舎で楽しく家庭菜園に勤しんでいると思うと、葉巻がいつもの十倍美味く感じた。
「発言よろしいでしょうか」
この場で最も低い位の白き鎧を纏いし騎士。
「おめおめと痴態を晒した半端者が何を提言するというのだ?我が王国の評判を落とす、新しいサーカスでも提案するか、白い英雄よ」
「その節は大変申し訳ございません」
「お前は自分の同胞を殺す為だけにおれば良い」
白い騎士が下がろうとした時。
「デ・ヨング少佐、かまわんよ、発言を許可しよう」
「ファン・ダイク総督」
「なにか?少将」
「いえ」
白い騎士は総督に敬礼し、発現を続けた。
「本国及び周辺国を待たずして、あの島へ奇襲をかけるべきです」
「おいおい、いよいよ頭が可笑しくなったのか?
我々の自慢の海の足が、嬉しい事に木っ端微塵にされたのだ?
それともあれか、楽しく君の故郷を、観光ついでに、陸で大軍を連れてお散歩かい?
まさか、東の空の、空のトカゲどもを上手く躱しながら飛んで行こうって事か?」
「そうです、空で向かいましょう」
白い騎士は緑色の液体に封じられた小竜を閉じ込めたガラスの容器を、将官たちに見せた。
「なに」
「それは…完成したのか」
「ええ、この兵器があれば、空からの電撃作戦が可能です。
奴らに待ち構える時間を与えないべきです。
奴らに、勝利の余韻に浸る時間を与えてはいけません。
マンティアンの新たな竜で、奴らにもう一度、思い知らせましょう、我らに支配される恐怖を」
「「…」」
将官たちは手元の資料を今一度読み込んだ。
現存戦力、備蓄、東までの侵攻ルート、王国及び、周辺国が合流するまでに要する時間。
総督は大変満足した。組織の序列もあり、下の者の提案にはある程度牽制を挟みつつ、憎み口は相変わらず減らないのはもう仕方ない事だが、優秀な者や優秀な提案には素直に耳を傾ける、新たな将官たちに大変満足した。
これが軍のあるべき姿、と総督が長年掲げてきた理想だ。
「…我らの先制攻撃で反撃も出来、かつ我らも時間を稼ぐ事が可能」
「バスルバヤとヨグヤカルタに駐在している我が王国軍と、現地民を導入すれば…」
「総督」
最後の一吸いを決め込み、葉巻を灰皿へ押し付けた。
「…決まりだな、王国悲願だった東ワジャ制覇を成し遂げようじゃないか」
◆
ジャヤカルタ北西郊外、航空基地。
大型航空人員輸送機10機に、兵士約700名が整列。
「これよりエクソシズム作戦を実行する、中部軍と合流後、東の悪魔どもへ奇襲を掛ける。記念すべき1000年の祭典を穢した報いを下せ」
兵士は次々と輸送機へと入った。
そして、魔鉱石を燃料とする最新大型エンジンの爆音が轟いた。
「なぁ…ブンカルト…東の空ってさ…」
「うん、そうだよタッハ、翼竜の狩場だ…どうやってくぐり抜けるつもりだ」
航空機は一斉に飛び上がった。
「おいブンカルト、あれ」
「あれは…デ・ヨング少佐か」
航空基地で一人佇む白い騎士。
その足元に、これまで見たことのない巨大な魔法陣が生成させた。
白い騎士は空へ飛び上がり、そして魔法陣からは巨大な、それも今までのとは比べものにならない、あの華渡人混じりの青年が顕現した黒竜よりも巨躯を誇る黒竜が顕現した。
白い騎士は竜を率いて、東へと飛翔した。
翼竜たちを一匹残らず薙ぎ払い、誰が真の天空の覇者か、その存在を知らしめた。
◆
バスルバヤ軍事基地、200名ほどの兵士が航空機に搭乗。
各種整備、補給を終えて、奇襲部隊は再度東へ向かおうとした。
司令作戦室にて、
「リバ大陸の西端には、奴らの竜が住まう天然要塞の竜山があります。そしてその正面には高く聳え立つ黒き壁。
空から内陸まで突入は恐らく撃ち落されるでしょう。3年前と、先日軍港を破壊した奴らの竜をもってすれば、全軍空からの侵攻はもはや格好の的です。
ですので、最速の航空機で精鋭の兵士を空から落とし、壁の外と中から挟み撃ちで、最大の壁を抑えます」
「ふむ、東の経験者はやはり違うな。
よかろうデ・ヨング少佐、お主の案で行こう。最新航空機をもってすれば200程度は空から落とせるだろう。
その後は亜人化し、物量で一気に叩こう」
そして作戦を更に詰めていった。
バスルバヤやヨグヤカルタからの情報によると、東の商人が拠点として構えている、ワジャ最東端の港、敵勢力はその地を占拠していると仮定。
1機の航空機と100名の空を飛ぶ亜人化で制空権を握り、残りの200名で南北から挟み撃ちをし、最東端を制圧。
そして残りの700名の戦力で、氷と空で壁を破壊。
「…次こそはアイツを殺す」
白い騎士は腕を擦り、そう強く誓った。
◆
「900、1000か…奇襲作戦にしては、随分と大規模な人員を投入するんだな」
「それだけ本気って事だろタッハ」
エンジンが作動し、大型航空機は離陸の準備を終えようとした。
「ナーガは…あの大陸で俺たちを待ち受けているのだろうか」
「あの餓鬼は本当…俺も何がなんだか分かんないぜ、ブンカルト」
そして、速度を徐々に加速、やがて引き起こし速度に達した機体は、地から離れた。
◆
鉄の竜が空から接近した。
その日は雲一つない空で、西果てでは珍しく、快晴だった。
こんな日でなければ、本日の空がどれだけ嬉しい事か。
もうこの地で、戦いが起きないと思っていた。
でもそれは、避けられない事だ。
◆
「突撃!」
整備された道路、3年前とは比べものにならない立派な建物が立ち並ぶ東の果て。かつて拠点にした港とは思えない、再建ぶりだった。
「どういうことだ」
「なぜ」
「無人だと」
しかし、人一人確認できず、その港は放棄されていた。
「…放棄したのかどういう事だ」
港を抑える速度が何よりも本作戦の要であり、制圧隊を任された白い騎士。更に、長年、東先遣隊として東部に駐在していた白い騎士ならばその地理を良く理解しており、港制圧に適任とされていた。
リバ勢力からしても、港を守る事がどれほど需要な事か理解していない訳がない。この港を巡って激しい戦闘を予想されていた。拠点攻略程難しい戦場は無く、守る数に対して、何倍もの戦力が必要になる事が定石だ。
よって、竜を保有する白い騎士に制圧部隊として派遣し、港での戦闘を開始したが、敵勢力は無であった。
「デ・ヨング少佐…如何なさいますか」
「…」
白い騎士も困惑していた、何が起きているのか。
(情報が漏れたか…?)
最悪のケース、短い時間で考え抜いた。
しかし、1000名ほどのリソースを投入した、肝いりの本作戦を、目標を目前にして、撤退するなんて選択、それは絶対ありえない。
たとえ誘われたとしても、港を抑えたマンティアン王国軍が有利。
抵抗したとしても、時間を稼げば本国からの援軍や、他国から支援がある。
ならば、行くしかない。
「司令部に伝令だ、東へ突撃する」
「はっ」
白い騎士は、再び竜に跨り、東へ駆けていく。
◆
大型航空輸送機内。
「貴様ら!死ぬ準備は出来たか?!予定より早く戦場に向かうが、やる事は変わらん!
悪魔染みた貴様ら悪魔になり、東の悪魔を殺すんだ!良いな!悪魔化をしなかった者は即時処刑する!」
「「「はっ!」」」
マンティアン王国出身の上官、彼なりの檄で、ワジャ現地兵を鼓舞。
「ハッチあけるぞ!ほら、全員飛べ!」
ワジャ現地兵は空へ放り投げられ、そして中にて白き悪魔へと姿を変えた。
「悪魔同士…共倒れするがいい」
一閃、船体を貫いた。
「なに事だ!ぐわっ!」
現地兵を一人残らず全て放出した機体が制御を失い、徐々に地へと落下していく。
落ちていくまでの数分、マンティアン王国軍上官は機体の外に眼を向けた。
先ほど射出した白い悪魔が、次々と空中で東からの光線により撃ち落とされていった。
◆
光の狙撃は、竜山七合目から発射された。
白い悪魔を全て射出した大型航空機体、見事に撃ち抜かれた様、バランスを崩し地へ墜落していく様を、魔力硝子式望遠鏡で確認するウォタファー。
「おほ〜!良い射撃でござるよ~ハイジ隊諸君」
「ありがとう御座います!これも全てはウォタファー技術隊長のご指導のお陰です」
長距離大型狙撃飛炎砲、ボルトを後方に引き使用済み大型魔力薬莢を排出するハイジ隊兵士。そして、後方に待機している若手兵士から、充填済大型魔力弾丸を、弾倉に装填し、次の狙撃に備えた。
「ハイジ隊諸君!まだまだ行くでござるよ~!一つでも多く撃ち落とせでござる!」
「「「ハイ!」」」
十数発の光の弾丸が再び、空を舞う白い悪魔を撃ち落としていった。
◆
氷の大地に高くそびえ立つ黒き壁、見上げてもその頂きを確認するのは難しい。その黒き壁は西からの侵攻を数百年間守り続けた、まさにリバ大陸の防波堤。
しかし、その壁を持ってしても、空からの急襲を防ぐのは困難だった。
「ヴァアアアアアアアアア」
空から数十体の白い悪魔が高速で急降下。そして、その禍々しい翼を器用に羽ばたかせ、地面をすれすれで旋回。
空の狩人が獲物を狩るが如く、緩急自在にリバの民を襲っていった。
「撃ち漏らしやがって、あの技術畑ども…《サラマンダー》《マキシマ》」
首に掛けられたペンダントが赤く煌めくと共に、上空には無数の赤き魔法陣が展開された。
魔法陣から、無数の炎の玉が顕現し、命を吹き込まれ、まるで炎の竜の如く、空を飛翔し、白い悪魔へ接近。
十数体の悪魔が焼き払われ、この世ならざる断末魔をあげた。
「まぁ、技術だけは評価しよう…エヴァン隊、ジョイ隊、ウォルテマーデ隊、抑えろ」
「「「イェス・サー」」」
王者の右腕が、リバの防波堤の指揮を託された。
この壁が落ちる事はつまり、それはリバの人類が再び白い死の軍勢に敗北することと同義だ。
「久々の戦場だ…焼き尽くす」
その男の眼には無数の白い薪が、自ら焔に向かう滑稽な物体にしか、映らなかった。




