19話 東
「猿ども、ちっとも減ってないじゃないか、本当に戦ったのかお前ら」
笑い声が耳の奥まで響く。
彼らは戦場に出ず、現地兵を捨て駒に、同胞同士で殺し合いをさせる。合理的だ。
戦いの終わりには、いつもの言葉を送られる。ブンカルトやタッハは、日常のように、それらを消化していった。
「…うっ、皆サン凄いデスね、僕耐えられるカナ…」
「ははは、ナーガはまだこちらに来て間もないか、早く慣れた方がいい」
笑ってはいるが、タッハの眼には光は宿ってい無かった。
そして柵を超えた先からも、殺意に満ちた視線が突き刺さる。同じ肌色、聞き慣れた言葉、しかし、壁一枚は同胞を裂き、分かつ。
「…裏切り者」
確かに、その言葉が耳に届いた。
「…慣れるのデショウか、自信ないデス」
「慣れろ、としか言えないね」
落ち込む東方混じりの青年、その小さい肩に手を添えるブンカルト。
「噛み締めよう…これが、俺達が選んだ道だ」
「…」
彼らはワジャ現地人でありながら、マンティアン王国軍に志願し、王国のために戦い、王国名誉国民としての地位を得た。現地人と異なる待遇を受ける事が出来る為、高待遇を目指し名誉国民の道を目指すものは少なくはない。
しかし、王国からは猿以下の扱いを受け、同胞からは裏切りの烙印を押される。それでも彼らは、祖国が少しでも繁栄出来るよう、内部から変える道を選ぶ者も居る。
◆
ラヤ島からワジャ大陸まではそう遠くない。約4時間の船旅で到着だ。
黒煙舞う船から大軍が降ろされていった。
「ナーガはこの後どうする」
「宿舎に戻るダケで、特には何モ」
「ならば家くるかい、お礼もしたいし、妻と娘を紹介するよ」
ブンカルトの誘いを受け、港から馬車で1時間程揺られ、高層建て建築が建ち並ぶ市街地へ向かった。
他の地区では見られない、重厚な石造りの建物、煉瓦造りの建物が並んでいた。石畳の道路脇には、現地人による露店が連なり、街の活気さが伝わっていた。
現地の人々が憩いの場所として活用されている広場、そこから少し歩いた3階建ての白塗りの建物に入った。3階まで駆け上がった先の角部屋、ブンカルトは解錠し部屋に入った。
そしてブンカルトはオラニエ後では無く、ワジャで広く使われている現地の言語を発した。
「ファティ、ギガ、帰ってきたよ」
部屋の奥から床を小刻みに蹴り上げる音。どんどんと近づいていく。
「ちちー!」
「大きくなったかギガ?」
久方ぶりの再開で、子は父に向かって突撃。ブンカルトも避けることも無く、抱き締めて受け止めた。
「おかえりなさいカルトさん…あら今日はタッハさんではないのですね」
奥から妙齢の女性が顔を出した。
「命の恩人のナーガだよ、ギガも挨拶しなさい」
「ナーガさんこんにちわ!ギガワティ・プトゥリカルトです!」
「よろしくね、ギガワティさん」
ナーガは小さき命、その頭を撫でた。
◆
食卓に並べられているワジャ料理にラヤ料理。どちらも香辛料をふんだんに使用した煮込み料理、焼き魚など、どれも美味なものだった。
特にファティ夫人の出身地であるラヤ島の伝統料理、牛のスパイス煮込みは別格だった。ココナッツミルクとたっぷりの香辛料で煮込む事により濃厚で独特の香りを生み出す。そして、長時間じっくり煮込まれた牛肉が柔らかく、旨味が凝縮されている。
食後、ギガは客間の机で勉強を再開。食事のお礼がてら、ナーガは勉強の手助けをした。
「ええとここがラヤ島で、僕たちが居るのがワジャ大陸首都のジャヤコタだよ、ギガさん」
「おお!ナーガは何でも知っているね!ダンクメルシー・メーステール!」
「先生か、ははは、君は良い生徒だね」
東方混じりの少年と娘のやり取りを、食卓で食後の珈琲を嗜みながら見守るブンカルト。そして、食器を洗い終えて、隣に座るファティ夫人。
「…今回は随分と遅かったですねあなた」
「そうだね、現地の人たちも随分と力をつけて来たんだ、今迄みたいに簡単には行かないね」
「東の商人ですか…」
ナーガは二人の会話を注意深く聞いた。二人に悟られないよう、小娘への教鞭を執りながら。
「…」
ファティ夫人は押入れから揚げ海老煎餅を取り出し、ブンカルトに差し出した。ブンカルトは一つつまみ、そして珈琲を一啜り。
「…近々、東に行く」
「東に、ですか」
「君たちはここに残るん「いいえ付いて行きます」」
ブンカルトの言葉にファティ夫人は遮る。
「それが家族というものです」
「…」
◆
「メーステールナーガ!すっくすまー!」
「ははは、またねギガさん」
日が暮れる前にブンカルト宅を後にした。
後ろから、どういう意味だ、と問う父親。先生の地元の言葉。と答えた小娘。
言語の先生か学者になれるね、と褒める母親。 母の言葉を素直に受け取り喜ぶ小娘。
束の間の平穏が流れていた。
そして背後からコウモリらしき生き物が羽搏き、接近。
「…見つけたよ、情報通り直に東へ進軍するらしい、先方にお礼言っといて」
『かしこまりました、どうかご無事で、兵長』
刹那の魔力の揺らぎ。生物は微塵に切り刻まれた。
そして日は沈む。しかし街は暗闇に包まれる事はなかった。
道路脇に街燈が等間隔に無数に設置されていた。街燈はそれぞれ線で繋がれ、そこから魔力を送られ、明かりを灯した。
一体どれほどの魔力が使われているか。その魔力の元、それを巡る戦いでどれほどの命が費やされてきたか。
この明かりは闇を照らす光では無い。これは犠牲の上で成り立った、魂の光だ。
◆
ブンカルト邸でご馳走になって数日、その日は1000年記念祭が開催されていた。
宮殿広場が解放され、数多くの現地人に押し寄せていた。宮殿の外では、無数の露天が開かれ、人々は祭りに浮かれていた。
「ちっ…なんの記念か分かっているのか民は」
「タッハ」
苛立ちを隠せない友人を、ブンカルトは諌めた。
二人は護衛の任に当たっており、広場を少し離れた所から監視していた。二人の様に、その他兵士たちも広場を囲い、監視に当たっていた。
例年ではこの後、広場にて総督がお言葉を賜る時間だ。
「俺達はいつ自由になるんだろうなブンカルト」
「その為に戦っているのだろうムハマド、」
数年ならば支配された憎悪は消えない。しかし、数十年、数百年、千年となればどうだろう。
眼の前で踊り狂う同胞を観察。時間というのは無情にも、憎しみ、悲しみ、望郷すら無くす魔法の力だ。
そして式典が始まった。
「ブンカルトさんとタッハさんは、自由になりたいデスか?」
背後から、独特の訛りのオラニエ語を発する、東方混じりの青年。
その青年は何処か不穏な笑みでこちらに語りかけた。
「…ナーガ、君の当番はまだでは」
「それにどいう意味だ」
ナーガは口元に人差し指を。そして、もう片方は、眼の前の広場を指差す。ブンカルトとタッハは広場に眼を向けた。ナーガは二人の肩に手を掛けた。
「見て下さい、同胞たちを…幸せそうです」
ナーガは何故か、現地の言葉へ切り替えた。
「支配されようとも、それを受け入れれば、幸せは続きます…それでもお二人は自由を選びますか?」
刹那の魔力の揺らぎ。
気の所為だろうか、いや、確かにこの青年から殺意に似た魔力の揺らぎを感じた。
ナーガの手が首元へ近づいていく。ワジャは温暖な地域のはずだ、しかし寒気が止まらない。
そして汗が滴る。
「俺は、俺はこんな世界は嫌だ!こんな幸せは欺瞞だ!」
「…タッハ」
ナーガの手が今度こそブンカルトの首まで添えられた。そして、それは勘違いではない、魔力の揺らぎを感じた。
青年は酷く静かだ、しかしその眼は、真っ直ぐにこちらに向けられる眼差しは雄弁に語っていた。
お前は?と。
「…俺は、妻、娘が、いや、同胞たちが幸せになる未来を選ぶ……その為なら、俺は何でもするさ」
青年は不敵に笑った。
「俺は、俺たちは中から帰る道を選んだんだ…何が正解か分からない、それでも」
そしてナーガの手は、二人の首元から離された。何事も無かったかの様に、その手を振ってみせた。
ナーガは、初めて出会った時の様な、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「では、皆サン、またネ!」
青年は去った。
ブンカルトは思わず腰を抜かし、その場で尻餅をついてしまった。
「ナーガ…」
「下手くそなオラニエ語だな…何なんだあのガキ本当」
そして式典は始まった。舞台の両翼に待機していた音楽隊は、遂に自分たちの力を発揮する時が来たと言わんばかりに、盛大に音が鳴り響かせた。
幕が上がった。
◆
「総督も大変だ…愚民の前で演説、私なら仮病使うね」
式場全体を見渡せる宮殿のバルコニー。現地産葉巻を嗜む、将校。
「閣下…誰かの耳に入っては」
「構わんよ」
白き鎧を纏う騎士が、ファン・ダイク少将を諌めた。
「それに、今日くらいは脱ぎ給え、暑苦しいだろう」
「いいえ自分は」
「相変わらずの堅物よ」
◆
舞台には、マンティアン王国軍礼服を纏う老齢の男性が登壇。二つ星が胸元に飾られ、老齢の威光を示すのだった。
音が止まり、会場は静寂に包まれた。
「1000年の時が過ぎた、束の間の平和を築けた事を誇りに思う」
「何が平和だ」
「…タッハ」
「我々は硬い絆で結ばれ、この雄大な、この豊穣な大地を1000年も発展させたのだ!」
歓声が湧き上がった。
「明日の新聞では、現地とマンティアンが手を取り合い、揺るがない結束で団結し、更なる1000年に向けて歩んでいくだろう!とか書かれるだろうな」
「…」
「しかし!」
総督の言葉は、例年なら短く、すぐ終わるような略式に過ぎなかった。
会場はどよめく。
この場は半ばプロパガンダ会場、滞りのない、選民された人間だけが集まれる場。その様な場で、総督は異議を唱えた。
「我々の1000年を壊そうとする者が現れた!
ラヤの反乱軍?違う!東極の火の国?いや違う!奴らは東からやって来た!
東の商人と名乗り、我らの同胞に間違った知識や武器を与え、我らの結束を引き裂こうとしている!
奴らはまさしく、死の商人だ!」
会場は不穏な空気に包まれた。誰もが疑心暗鬼になった。
「しかし我々王国軍は、長きに渡る戦いのもとで、ついに奴らの正体を掴んだ!
奴らは、東の、悪魔の大陸、リバ大陸の末裔だ!」
「リバ…ってあの東の大陸の、あれだよなブンカルト!」
「…」
「おい、ブンカルト!」
点と点が繋がっていく。
自分たちを悪魔の炎から救った魔法、ワジャやマンティアンから観測したことない魔法。
異国染みた特徴のある訛りのオラニエ語。
現地語でさえ、よくよく聞けばどこか、馴染みがない訛りだった。
そしてあの言葉、魔力。
「我々が1000年も抑えつけてきた東の悪魔、奴らはついにその大陸から飛び出し、我々が住むワジャ大陸へ侵略し始めた!
東部ではどれだけの我らの同胞が逆されたか!奴ら500年前の侵略を再び起こそうとしている!」
「ナーガ…500年前……覇王、ラージャ・ナーガ…まさか」
「ブンカルト…何を、言っているんだ」
「我々の敵は東に居る!我々は今、ここで奴らともう一度戦い、再び平和な世界を築くと宣誓する!
マンティアン王国軍、戦え!戦え!敵は東だ!」
群衆も賛同していった。戦え!戦え!、と号令が響く。
「東の悪魔へ、宣戦布告を!エクソシズム作戦を開始する!東へ進軍せよ!」
刹那の魔力の揺るぎ。
舞台上空に、巨大な、魔法の剣。
それは全ての視線を奪った。
「《羅刹》《マキシマ》」
剣は落とされた。
切り刻む、というより、押し潰したと表現した方が適切だった。
会場は静寂に包まれた。
目の間で何が起きたのか、理解するのにどれだけの時間が必要か。
どこからか現れた、総督の屍を踏みにじる青年。
「嘘だろ…」
「ナーガ!」
眼が合った。
青年は微笑む。
「リバ大陸を代表して応えよう、
マンティアン王国よ、我らは宣戦布告をする。
そして宣言しよう、リバ大陸の独立を」
青年は手を掲げた。魔力が手に集まり、そして手に黄金の鍵が顕現。
「西の悪魔ども、来るが良い、東にて受けて立つ」
黄金は光輝く。
「思い知れ、我らの悲痛を、《発動》《終焉》」
遥か上空に、黒竜が顕現。
マンティアン軍が誇る黒竜とは比べ物にならない程、巨大な竜。
竜の頭上に、光が集約した。
竜は光を飲み込んだ。
そして、この世の全てを破壊する光が、黒竜から放たれた。
天地を揺るがす轟鳴が響き渡っていた。
港の方面から火の柱が、遠く離れた宮殿からでも確認可能だ。
竜の咆哮に合わせて、各地で爆音が鳴り響いた。
◆
「何事だ!」
「…あれは」
忘れもしない、あの光の剣、あの忌々しい魔力。
「…あの豚!」
白い騎士はバルコニーを飛び越えた。
「《召喚》《竜の憤怒》!来い!《The King Naga》!」
魔法陣から顕現した黒竜に跨り、広場まで飛翔した。
(くそっ!民が居る場で、竜は…)
忌々しきあの青年。
魔力を手に募らせ、光の剣を生成。
そして黒竜から飛び出す。
(《天帝の恩赦》)
対象者を見えざる手で捕縛する魔法を発動し、動きを止めた。
「お前はあああ!」
剣を振り抜いた。
剣は青年に直撃する事は無く、その身体をすり抜けた。
いや、天帝の見えざる手で確実に掴んだ。
その場で釘付けにし、外すことは絶対に無い状況で、確実に胴体に当てたはずだ。
目の前の青年は無傷だった。
青年は不敵な笑みを浮かべた。
「あはっ…《羅刹の雛鳥》」
無数の魔力の剣が白い騎士と黒竜を、絶え間なく切り刻んだ。
白い騎士と黒竜は地に伏せた。
青年は白い騎士に触れる事無く、黒竜に近づき、そして触れた。
「…違う」
そう言葉を残し、黒竜は再び切り刻まれ、魔力の粒子へと還っていった。
青年は白い騎士を見下ろした。
「またネ」
独特の訛り混じりのオラニエ語でそう言い残し、青年は魔力を発動。
青年の手元から禍々しい空間の入り口が形成され、青年は虚無の空間へ入り、去って行った。
(…く、くそ)
群衆はしかと、見届けた。
ワジャ総督が宣戦布告した事を、そして眼の前で殺害される様を。
マンティアン王国軍最強の騎士が、眼の前で敗北した事実を。




