18話 戦略兵器はまだか
青年は空を見上げていた。
左右には、高く聳え立つ断崖、まるで戦場から逃がすまいと言わんばかりの絶壁。
そして空には、光の弾丸が飛び交う、それは殺意に塗れた光。
そんな空を、自由気ままに羽ばたく存在が居た。
「鳥、かな…いや、これは運が良いや、翼竜だ」
天空の覇者は、下界の些事には干渉しない。
◆
「偉大なる魔を操る者達よ、あの忌々しい白豚ども殲滅せよ!」
「「「ストラ…アピ…ナラカ……《マハ・ジュヴァラー》」」」
天空の覇者をも覆う巨大な魔法陣が展開された。彗炎魔法が戦場に落とされた。
その炎は翼竜さえ屠った。
「アハハハハ!死ね死ね!白豚どもがぁ地獄に落ちろ!」
渓谷の頂きより、呪詛が振り撒かれた。
◆
燃え尽き、地に落ちた竜。
「お前も落ちたか…」
竜を屠る炎は、戦場を火の海へと変えるだろう。
青年の許に全速力で駆けていく者。そして地面に横たわり、空を見上げる青年を担ぐ。
「頭打ったか?!ほら逃げるぞ、ブンカルト!」
意識の無い人間ほど、重い物は無い。
「…僕は良いよタッハ、妻とギガによろしく」
「うるさい!コブありの女なんて嫌だね!ていうか、意識あるなら自分で歩けよ、重いんだよ!」
炎塊が無数に降り注いだ。
周囲を焼き尽くし、敵、味方、関係なく全てを焼き払った。
そして、無慈悲にも、死の炎は平等に、戦場の全てへ降り注ぐ。
「くそ!こんな所で死ねるか!司令部は何やっている!早く竜を出せよ!」
しかし、爆炎を浴びる事は無かった。
魔力の壁が炎から守ってくれていた。
「お二人サン、大丈夫でスカ?!」
どこか田舎くさいイントネーションの、黒髪で焼けた肌の青年。
恐らく同年代のワジャ民というより、華渡人の血が混ざった現地人だろう。
「…あ、ありがとう」
「いいエいいエ!」
(あの防御…魔法?)
◆
渓谷の奥、死の炎さえ届かない安全地帯。
戦場に似合わない、豪華絢爛な建物。
「原人どもが、何故あんな大規模な攻撃を…」
「
「それは良い、それより、どうしますファン・ダイク少将」
「…」
金髪の後年将校は、通信機器から報告される雑音と、周囲の将校からの提案を耳で受けつつ、地図を見渡していた。
文句だけは垂れ流し、具体的な案を出さない、お飾りの、貴族の嫡子に呆れる。
長幼の序列もあり、本国では大した道を切り開けない者達は、自ら未開の地に行くのか、またまた、半ば口減らしの為に飛ばされるのか、その意識の違いが組織を腐敗に導く。
「…癪だが、アレを出す」
「アレでございますか」
「まぁ仕方ないですな」
「少将のご意向ならば…」
当然、責任の所在をはっきりさせ、自分たちへの飛び火を予防。
同胞内でも争う、一体戦場はどちらなのか。
「聞いたな、キャプテン・デ・ヨング…落ちた名誉を挽回する機会を与えよう」
後方にて、直立不動の、白い鎧を纏い騎士へ指示が飛ぶ。
「ベフレペン・ジェネラル…殲滅いたします、我らマンティアン王国に勝利を捧げましょう」
◆
「…やったか?」
十数名の術師を率いた男は、崖の下を見下ろした。
戦場は焼き野原と化した。
「あはっ…あははっ、ハハハハハ!やったぞ、やったぞ!白豚どもを駆逐したぞ!」
歓声に包まれる。
「あははぁ…東の商人様々だ全く」
男は手に持っている杖と、片方に握っている黄金の塊を愛でていた。
「後は本丸を叩いて…魔力鉱山は我らの手の中に返る…先祖代々の地を返して貰うぞ、西の白豚ども」
後方から慌てて、術師ではない男が、今にも落としそうな筐体を運び入れた。
「たたた大変です長!」
「勝利の余韻に浸っているというのになんだ?」
男は、長と呼ばれるものに、筐体を見せた。
筐体には水晶らしき物から、映像が映し出された。
焼け焦げた戦場に、その焦土、その黒煙に似合わない、純白の騎士がゆっくりと歩んでいた。
そこには、禍々しい、巨大な黒竜が映し出された。
「馬鹿な?!ここでアレが投入されるのか?!」
◆
「…《召喚》《竜の憤怒》」
黒竜が魔法陣から顕現。
「Graaaaaaaa!」
竜は叫ぶ。
「《発動》《終焉》」
白い騎士は手を挙げ、竜に指示を送った。
それに応えるように竜は雄叫びを挙げた。
刹那の魔力の揺らぎ。
竜の頭上に、光が集約した。
竜は光を飲み込んだ。
そして、この世の全てを破壊する光が、黒竜から放たれた。
◆
二度目だ。
君の叫びを載せた、その悲しき光。
死してなお君は、誰かを蹂躙する道を歩まされる。
約束は必ず果たす。
君の墓標に花束をそえたが、君は居なかった。
必ず君を故郷へ連れ戻すよ。
◆
「黒竜がお出ましとあらば、もうこの戦場は勝ちだ…おい行くぞ、そこの…華渡人」
華渡人と呼ばれる、黒髪の青年は黒竜をじっと見つめていた。
「なんだ、黒竜は初めてか?新兵か」
タッハは黒竜について解説を始めた。
黒竜とは、ワジャ東部攻略前線から帰還した、フレディ・デ・ヨング大尉の戦果だ。
東の楽園、リバ大陸で命を賭して勝ち取った、古代の竜の亡骸。
竜の亡骸は膨大な魔力と、殺意に塗れた古代兵器となっている。
我が軍では黒竜を操れるのはデ・ヨング大尉のみ。
理由は不明だが、デ・ヨング大尉の魔力にのみ反応する。
黒竜を駆使して、デ・ヨング大尉は各地の戦場に出向き、戦場を平定してきた。
デ・ヨング大尉は現地人とマンティアン人の混血。
現地人混ざりがここまでのし上がった事例は無く、現地人の希望の星。
「ハジメて、聞きまシタ…」
「そういえば、ええと」
「あっナーガっていいマス」
改めて、ナーガという青年の全身を観察した。
元は白い肌であろう焼けた肌、それはワジャ民の肌色とは異なる。そして目、細い目に赤色の瞳は、ワジャ民には絶対見られない特徴だ。北東の大陸から渡ってきた華渡人の血が混ざっているのだろう。
「竜か良い名前だ、俺はタッハ、先は守ってくれてありがとう」
顔を濡らした布で覆い、片手で礼を述べる青年。
「…ナーガ、俺はブンカルト、こんな体勢でごめんね、ありがとう」
「イイエイイエ!」
どこか人懐っこいナーガ、二人も思わず警戒心を解いてしまう。
「ナーガは、どこの出身だ?ここらへんの人じゃねーだろ、訛りが強いオラニエ語だ」
「僕は、東の生まれデスね、物心ついた時にはもう中部のヨグヤ・カルタにイマシたけど」
「東の生き残り…か」
「まぁあそこなら東の生き残りは多いか、随分と苦労したんだな」
「弟と妹タチを食べさせる為に、軍に志願しマシた!だから頑張りマス!」
「ナーガ…故郷から離れてこんな遠い所まで…現地出身同士、一緒に頑張ろうな!」
タッハはナーガの頭を撫でてたくる。
タッハは、いつまでも横たわっている友人にひと蹴りを入れ、喝を注入した。
◆
司令部最上階のバルコニー。
ファン・ダイクはワジャ産の高級葉巻を嗜んでいた。
「相変わらず旨いな、どうだキャプテン」
「いいえ、自分は…」
「相変わらずの堅物よ」
現地ワジャ民に強制栽培をさせた物だ。
これを本国に持ち帰り売り捌いた商人達はどれだけの富を築いたか。
「ご苦労デ・ヨング大尉、貴君の力により、スリウィジャヤ魔鉱田を守る事が出来た、大きな戦果だ」
「はっ、自分には勿体無きお言葉」
魔鉱田。
ワジャの西部に位置する、ルジャ島南部にある最大規模の魔資源採掘所だ。
ワジャの都市スンダクパラからの距離は遠くない事から、資源供給の地政学上、重要な拠点となっている。
デ・ヨング大尉が東部から帰還し3年と少しの月日が経ち、ワジャ現地人が急速に力を付けてきた。
東の商人、と呼ばれている謎の集団からの支援を受けて、マンティアン王国から独立を目指す運動が活発化。
マンティアン本国においても、他国との争いを繰り広げており、重要な魔資源拠点であるワジャを手放す理由はない。
「東の商人…何か知らないかキャプテン?」
「いいえ」
少将はじっと、白い騎士を見つめた。
「”混ざり”の君でも知らないとは、それはそれは謎めいた集団だ」
「…ええ」
少将は立ち上がった。
「さてと、会議に出るとしよう、後処理ほど面倒なものはない」
少将は、ふと先ほど座っていた場所まで戻った。
テーブルに置き忘れた葉巻を詰めた箱を懐にしまった。
「…敵国を丸ごと破壊する戦略兵器は生まれないかね」
「また新しい戦争が生まれますね」
「君の竜がそうなれば良いが」
将兵達は部屋を後にした。




