11話 氷上の初陣
北部防衛統括拠点、作戦室。
北部第3部隊の戦略会議が開かれている。
「本日より明後日、我が第3部隊は、第2部隊と交代し、前線基地へ駐在。第2部隊は黒氷壁まで後退し、第1部隊黒氷壁から英気を養うべく、本基地まで期間」
第3班部の動き解説する、部隊長を務めるは黒い肌を持つ巨躯の男、アダマス・トラオレ部隊長。ハイジ小隊は第3班の配下であり、同部隊の方針に従事する。
会議中でありながら、周りを気にすることもなく、また周りも止めることもなく、ワインをボトル毎嗜む老齢の男性が口を開く。
「第3には…新人がおるな」
東部の髪は綺麗に剃り上げ、自慢の髭を梳かす老齢の男は、この北部の総責任者、アレックス・ファーガソン司令。
「ハイジ小隊隊長のハイジ・トヨウチであります、期待に応えてみせます」
立ち上がり、自己紹介とともに抱負を語っていく。
「初陣じゃ、生きて帰ればそれで満点」
「はっ!」
こうして、ハイジ小隊の初陣が決まった。
◆
馬車は海沿いに沿って西方向に走っていく。
西に近づくに連れて、塩作りや漁業に取り組む人たちはもう見当たらない。
代わりに浜辺には瓦礫の山や墓標などが確認できる。西果てとの距離に反比例して瓦礫の量や墓標の数は増加したように見えた。
西果てに近づくに連れて、空は灰から黒に染められ、肌寒さがより強く、鋭くなっていく。
これからどのような場所に向かうのか、嫌でも景色はそれを知らせる。兵士たちの顔つきが変わっていき、険しさが増していく。
交錯する感情を無視するかのように、沈んでゆく炎をこれから冷やすかのように、西果てに近づくに連れて雪が降り始めた。
◆
「さぁ着いたぞ!最北西の村、トーヤ・プラだよ!」
トラオレ部隊長の号令で一同安堵した。
村と呼ばれだけあって、ここには最小限の施設のみが配置されていた。宿泊所に、炊事場、簡易的な鍛冶場なども確認できた。また、この村に似つかわしくない、少しだけ豪華で大きな建物もあった。中からは妖艶な誘いが待っていた。
この村で一晩過ごし、明日戦場へ向かう。各種作業を終えた後に、少し暇になった。
トーヤ・プラはキルシュ・プラ程大きくなく、半時程度散策すれば一通り周れる程度の広さだ。
トーヤ・プラを一周して元の場所に戻ると、部隊の兵士達は様々過ごし方を見つけている。
魅惑の誘いへ飛び込んでいくもの。
簡易祠で祈るもの。
宿泊所にさっさと休むもの。
焚き火の前で宴を開いてるもの。
宴の中にもそれぞれ過ごし方が見られる。
「お、おれ、おれ!帰ったらキヤちゃんに結婚を申し込む!」
「おい待てこらキヤはおめーに渡すか!キヤは俺が貰う!」
「いやおれだ」
「なんだと?!」
北部基地の美女をめぐり、戦いを繰り広げるもの。
「次の休暇はナビロまで行こうかと思うんだが、どうだろうか」
「確かに田舎の爺さんたちもそろそろ年たし、ぽっくり逝く前に会っときたいよね」
郷愁に駆られるもの。
「娘がよぉ、えれぇナヨい野郎を連れてくるもんでぇおりゃどうしたらいいべさ。母ちゃんは
好きにせぇってしか言わねぇべ」
「おやっさんの基準が厳しいんださ。全員の野郎がナヨナヨにみえちゃうよい。あの子もええ年じゃし、認めなさんな」
自身の宝について語るもの。
戦前の最後の一夜。
それは諦めに似た、最後の時に見る走馬灯に似た意図を込めた会話、では無い事だけ分かった。
それは絶対に生還すると決意した、希望に満ちたものだった。兵士達の目が、必ず生きて帰ると、強く訴えた。
そんな部下達を指揮官用待機所から見守る。ウェスト・ドラガンに入国してからずっと大人しくしていた小竜が横まで接近していく。
「おい小僧」
「どうしたのナーガ」
小竜も宴を眺める。
「…いや、なんでもない」
「そう?」
その日の夜風は大変染みており、忘れる事は無かった。
◆
目の前には天空まで聳え立つ、漆黒の巨壁、黒氷壁だ。
豪雪吹き荒れる天気では、見上げても、その頂きを確認出来ない。
黒氷壁の下には人間の数倍は超える門が設けられている。
第3部隊一同、門前で整列。
トーヤ・プラと比べ物にならないほどの氷のつぶてが襲う。
「第2班帰還!開門!開門!」
と黒氷壁の頂から号令が伝わる。
「第3部隊!最前線基地まで一気に駆け抜けていくぞ!」
「「「おおお!」」」
「死んでも生きて帰るぞ!」
部隊長の号令とともに、百数名の軍隊が全速前進で駆けていく。西へ真っすぐと駆け抜ける。
壁の外に移るのは、一面銀世界。
◆
敵に遭遇する事無く、前線基地まで到達。前線の維持を務めた第2部隊の殿部隊と交代し、前線基地の物資補充や従軍鍛冶師による武器の消耗の簡易処置を施してもらっている。
「悪いねゴードン」
「へへっこれぐらいオイラぁ達には余裕だろぉ?」
頼もしい友人には、特別に従軍を依頼した。
戦闘能力が皆無な技術屋の友人には、申し訳ないがキリシュ・プラで待機して貰った。その代わりに、沢山の技術支援と技術指導を部隊に落とし込んで貰った。
そしてハイジ小隊は各々戦闘準備を整えていく。大型盾を構える分隊に、簡易型飛炎砲を構える分隊、そして近接戦闘兵士。
そして、使い魔操作を担当する後方支援部隊。
「トラオレ部隊長、ハイジ小隊これより使い魔による前線斥侯を開始します」
「良いだろう、やりたまえ」
部隊長の許可が下り、使い魔たちを使役し、前線に向かわせる。使い魔から得られる映像は指揮テントにて映し出す。
「それと部隊長、これを」
クリスタルを部隊長へ差し出す。それは長期戦闘訓練で活用されていた転送帰還クリスタル。
「試作品でまだ数少ないので、一部にしかお渡し出来ないですが、これがあるだけで、生存率は変わります」
「ほう、有用だな」
数分後、一匹の使い魔から送られる映像が途絶えた。
通信途絶した地点にその他使い魔で、撃退されない角度から裏取りに観測しに行った。
「敵影捉えました…白い、悪魔、5体!」
「援護はする、無理する必要はない、ハイジ小隊初陣だ」
「はっ」
ハイジ小隊まで駆け足で戻る。
◆
「…初陣だ」
「「「「「…」」」」」
部下達からは不穏な空気が漂う。
「おいおい、いつもの威勢はどうした?キヤちゃんにチクるぞ?」
「タイチョーは…実戦経験あるでしょうが……」
「オラだちは…」
剣を抜く。
そして剣操魔法を発動、6つの剣を宙に浮かばせる。
「大丈夫だ、俺が保証する、お前ら強くなった」
「「「…」」」
「思い出せ、俺がしごいた日々を」
「「「……スゥ」」」
「良い思い出だろ?」
「「「どこが?!」」」
「ハハハ、もう大丈夫だね」
手持ちの剣を突き刺す。
部下たちはお互いの顔を確認。
不安が少しどこかに消えたように感じる。
「生きて帰るぞ」
「「「オッス!」」」
盾陣を先頭に小隊一同駆け抜ける。
「死なせはせんさ」
あの日の瓦礫、あの日の炎、あの日の灰。
一面の銀世界とは真反対の光景だが、どこか同じ匂いを感じる。
その匂いを知っている。
◆
吹雪が荒れ狂う氷の戦場で、視界が良好とはお世辞にも言えない。
目前から、恐ろしく禍々しい白塗りの悪魔が、翼を羽ばたかせ、高速で飛翔していく。
「盾陣!備えろ!」
「「「《防御展開》!」」」
(あれが白い悪魔…死の軍勢)
「ヴァアアアアアアアアア」
先行する悪魔は防御を構える盾陣へ突っ込んでいく。
そしての後方から追撃。
悪魔が鋭い爪で盾陣へ襲い掛かる。
「近接陣!右をやれ!飛炎隊、火力上げろ!」
「「「オッス!」」」
刹那の魔力の揺らぎ。
「《羅刹の剣舞》」
盾陣にその爪を防がれ、後退していく左の一体。
2つの剣を先行させ、切り裂いていく。器用にその巨躯捻り、空中で剣を躱していく。
さらに2つの剣で追撃。一つは再び躱され、もう一つは片手で掴まれる。
そしてもう2つの追撃。残らず悪魔の翼を貫き、悪魔は地面に伏してしまう。
態勢を整える時間を与えず、交わされた2つ剣で悪魔を貫き、地面に釘刺す。
まだ距離はあるが、このレンジなら距離内。
左手で掌印を結ぶ。
「《羅刹》」
地に伏した悪魔の首を切断。
(一つ)
部下達に目を配る。
盾陣が抑えている隙を見逃さず、後方飛炎部隊が狙撃。
一撃装填式の量産飛炎砲を部下達に与えた。
一撃と装填の空白を埋めるために、あえて飛炎部隊を複数に分け、発砲、装填、待機の三段工程を構築する事により、絶え間なく銃撃を浴びせられる。
態勢を崩した悪魔に近接部隊が追い込みを掛けた。
そして、一体討伐。
「よっしゃ!」
「やったぜ」
「オラたちもやれる」
第二波は3体同時に襲撃。
部下たちの初戦果に対して、悦に浸る時間を与えてはくれない。
「次くるぞ、右1体を抑えろ!飛炎隊、けん制!」
7つの剣を地面に突き刺す。
懐から2丁の飛炎砲を取り出し、魔力を込める。
「《神の投擲槍》」
一閃が左側の悪魔、その翼に直撃し、悪魔は地面に倒れる。
もう一閃は中央の悪魔に、華麗に躱され、無傷。そして光の弾丸の許へ飛翔。
地面に複数の匣を、悪魔の進路に目掛けて投擲。
「《茨の抱擁》《起動》」
箱から茨が飛び出し、悪魔を拘束。
「ヴァッシャアアアアアアア」
「飛炎隊!茨のヤツに、トドメを刺せ!」
刹那の魔力の揺らぎ。
7つの剣をもって、光の弾丸により地面に伏した悪魔に追撃を繰り出す。
翼を抉られた悪魔は上手く飛べないようだ。
剣を順に悪魔に目掛けて突き刺し、固定させる。
《強化活性》を発動。
上空に飛び上がる。
地面に伏した悪魔の頭部に目掛けて、飛び降り突き刺す。
背後に視線を配る、茨で拘束された悪魔も打ち取った。
盾陣と近接で抑えた悪魔も部下達だけで討伐したようだ。
小隊初陣、勝利で終える事が出来た。
部隊たちの雄叫びが氷の大地に轟く。
氷の大地から、古代リバの風景に反転。
「あれナーガ、どうしたの急に」
目の前に少年が立っている。
しかし視線と意識は西側に向いていた
「小僧、逃げろ」
「えっ、何事」
◆
第3部隊首脳たちは司令官テントにて、ハイジ小隊の戦果を見届けている。
「ディ・ナターレ司令肝いりの部隊、中々やりますねトラオレ部隊長」
「他の部隊にも応用したいくらいだ」
ハイジ小隊の援護の為に待機させていた小隊の即応態勢が解かれた。
中央では聞く事はないであろう、蹄が氷の大地を叩く音。
氷の大地での移動や極寒の環境に耐えうる訓練された軍馬から、周章狼狽の伝令兵が司令官テントへ駆けていった。
「で、伝令!中央前線基地、壊滅間近!前線は中継基地まで後退せよ!」
「なにっ?!」
使い魔から送られる映像、それを映しだす筐体から一斉に光が消え去った。
一つ、上空から前線を映し出した筐体に、各位が注目を集める。
「ぶ、部隊長…前方に、敵影、50…いや100」
そして、最後の燈火もまた、潰えた。
「…何が起きている」
◆
束の間の魂の世界。
世界は氷上に戻った。
背後から早馬が駆けてきた。
「ハイジ小隊、早急に中継基地まで後退、前線基地を全て焼き払う!」
「はい?」




