1話 吹き飛び名人
剣を捌き切れなかった。
「立て、それでもお前は戦士か」
息が乱れる、魔力の流れも乱れている、視界が安定しない。
「はぁはぁ…強化魔法《強化活性》ねぇ…魔力操作が雑だよ殿下、魔力効率が悪いんじゃない…」
「魔力持たぬお前に、魔力について説教されるとは、俺様もまだまだな」
「魔力はあるよ…ちょっと少ないけどね」
どうせ負けるなら…最後に一つ、試してやるか?理論上、今の魔力量でも術は発動する。
(英雄(あの人)には程遠いな…まぁでも、やってやるよ)
「...見せてやるよ!この一か月で習得した究極魔法を!」
心臓の下、みぞおちのやや上から魔力が湧き上がる感覚、それを腕、手、指の先を流すイメージ。夜空の星粒を指先に集約させるイメージ。
(魔法は想像の世界だ…出来るとイメージしろ)
「《再現しよう、かつて見た流星の輝きを》」
「…その詠唱は?!第1級魔法だと?!」
詠唱破棄による発動スピード向上は無理なのは重々承知している為、正規手順に沿う。
「くらえ!《星竜弾》!」
「《防御展開》!!」
指先から、刹那的な輝き。しかし、それ以上でもそれ以下でもない。
魔力は平等に微笑むが、俺には応えてくれないらしい。
きっと心の底で、自分にはこの魔法を発動するなんて出来ないと決めつけ、発動する未来をイメージ出来なかったのだろう。
「…」
「…」
観客席にいる友人たちは、落胆しただろうか。
一人は顔を覆い、ずんぐりむっくりの一人は万策尽きたぁ!と叫んでいる。
「はぁ…興覚めだ、もういい…《エアバレット》」
空気の砲弾を受け、俺は大きく後方に吹き飛び、壁に衝突した瞬間に意識が飛んだ。
「身の程しれ、玉無しが」
(…玉はある)
◆
後頭部の鈍い痛みで目を覚ます。模擬戦闘訓練を開始してから、よく見る天井だ。
「あっ起きたのね、倒れ慣れているだけあって日に日に再起動は早くなっているね!成長!」
倒れ慣れているという不名誉な言葉を投げた神官擬きのこの女は同期のラトナだ。
噂ではどこかの国の王族らしいが、身分を隠して開拓者訓練ギルドに通っているなら、詮索する必要はない。
ふと煙くささと重量級の足音が聞こえる。それは近づくにつれて、治療室のドアが開いた。
「ほれぃ剣直したぞ、先週壊したばかりなのに、ちった直すオイラぁの気持ちにもなってくれよ」
ドワーフ族、ものづくりに定評のある種族。剣を乱暴に投げつけて、目覚めたばかりで横たわっている自分の腹部に着地。
職人部隊に所属しているこのドワーフ族は同期のゴードンだ。
「二人とも、もっと優しくしてくれよ…」
「ハイジぃ、じじぃがまた探したぞ。学会の手伝いやら術式の調整がどうやらぁ難しいことペラペラと言われてぇわっかんねぇよオイラぁ」
「ハイジ君は技術部隊”には”、モテモテだねぇ~」
「装備とか支援とか色々してもらったし、断れないなぁ、これ…」
◆
「マガリャインス教授、煉獄鋼製鉄術式・プラント案の論文添削終わりました、最後の確認お願いします」
「おやもう終わったのかい、いつも仕事が早くて助かるよ、助手たちも教育してくれよ」
「助手たちと比べて暇なだけですよ」
今時珍しいウィザードの服装をまとうこのご老人は、大陸に数名といない《賢人》が一人、歴史に何かを残した人物にのみ与えられる称号の持ち主。
教授は何やら機工をいじっている最中。使われている材料・部材からして、今研究中の煉獄鋼鉄のプラントデモ機械だろう。
教授は手を止め、論文を受けとり、紙や本、良くわからない器具が散らばっている自身のデスクに保管した。
「ハイジ君やぁ、もうすぐ訓練機関を終わりじゃろ?どうじゃ、技術士への転向、ワシの研究室への配属は」
「…まぁその」
「後方から英雄たちを支えることも、技術の発展させることも、ひとつの英雄のカタチじゃとワシゃは思うがね」
「…はい、検討します」
後頭部が鈍く、熱さを取り戻したようだ。
◆
「術式や理論はわかりますが、機械に関しては友人のゴードンの方が詳しいので、後日彼と一緒にもう一度この機工を精査します」
「あぁ助かるよぉ…あぁそれと、近いうちに遠征訓練に行くのじゃろ」
「はい、えっと、リバ・アガの西部、もしかしたらウェスト・ドラガンまで遠征するかと思います」
「そうかいそうかい。ちょうどね、もうすぐリバ・アガの村で鎮魂祭の時期だから、ちっと観測を頼んでもええかい」
「鎮魂祭ですか」
教授は重い腰を上げ、曲がった背中を支える賢人の杖とともに部屋の奥の棚まで歩いた。
「それは…天体観測用の道具でしたっけ」
「星読みを改造した、魂を観測するものじゃよ、これを持ってちっと観測してくれんか」
「ええ、かまいませんよ」
◆
コケコッコー
未明の刻の合図が街中に響き渡る。
鍛冶屋の若集が蒔や炭を運ぶ、火起こしなど、若手の仕事がいつだって下働きから。一部のみが活動を始め、大半はまだ眠りにつく街を一個小体程度の人たちが、大荷物をもって通り過ぎる。
「遠征先って、デンバザールとアバド皇国を通過して行くんだよなぁ…何日かかるやら」
「長旅を経験するための遠征訓練だしね。ちょうど目的地では祭りが始まるらしいし良いんじゃないか。ラトナは帰省…になるんだっけ」
「…そうですね、はい」
「…」
「ドワーフにゃ長旅は向いてないぜぇ!!」
「大規模遠征の時は、整備支援部隊も行くことだし、慣れだよゴードン」
「真っ暗な時間から行くことねぇべや…」
不満たらたらな友人に、帰省に対して思うことがある友人。三者それぞれ思いを抱えながら、街から去っていく。
「ほんでよぉハイジぃ説明聞いてもよちっとも分かんねぇんだけど、結局教授から預かった道具で何すんだよぉ」
「魂を観測するらしいよ。先週一緒に調整したあの機械の完成のためだって」
「んなぁ鋼鉄を作るために魂なんてもんが必要なのかい」
「精錬の時に特殊な魔法で死者の魂を混ぜることでなんかすごい材料になるらしいよ、生前の魔力量とか術式とか刻まれるかもしれない実験だって」
「なんて、おぞましいモン作ってんだあのジジィ」
「こわい事考えるよね《賢人》は」
ふと思い出す、故郷では今の時間は、暁とも呼ばれる。
◆
「ほーいお前ら、今日はここを拠点とする。もたもたすんなよ準備しろ。暗い時間帯のモンスターは強えぇぞ」
「「「ウェーイ」」」
目的地まで2カ国通過しなかればならず、手続きなどの問題で、一個小隊規模だと時間を要した。国間の折衝も訓練のうちであり、修了前に経験してよかったと思っている。
道中、モンスターとの遭遇で時間が割かれたものの、明日には目的地に到着する予定となっている。
ハイジ隊は準備を終え、現在焚き火の前で急速を取っている。
「あと少しで見回り交代だな」
「ねみぃぜ…」
「…」
ラトナは焚火をじっと見つめている。
「ハイジぃ、教授の話を受けるんかぁ?」
「迷っている、なんだか諦め切れなくて」
「あんま言いたくねぇけどよぉ、ハイジの魔力量じゃいつか死ぬぜ」
「訓練官にも今日言われた、次の審査では去るか、転向から決めろってさ」
「ハイジィは魔法を熟知しているのに、肝心のところがなぁ…魔力なしの素の戦闘なら勝負できるんだけどなぁ~」
「こればかりは生まれもったモノですからね~」
「生まれもったモノだね…」
「それでもなりたいものがあるのでしょ?ハイジ君」
「そうだね、なりたい」
数々の困難を共に超えた気の知れた友人たちだからできる繊細な話題。
◆
「ほーいお前ら、目的地のリバ・アガ村に着いたぞ。神聖な村で今大切な祭り中らしいから、行儀良くしろよぉ」
「「「ウェーイ」」」
「あれ、ラトナは?」
「そういや村ついた瞬間どっかいっちまったなぁ、怒られるぞ教官に」
◆
荷台から教授の道具を下す。
「ハイジぃ、この道具ってこの設定でいいのかぁ?」
「あぁうん、それで大丈夫、ありがとうゴードン」
太鼓の音が鳴り響く。
村の広場の中心に焚火を配置し、その周りに巫女たちが舞を披露。
少し離れた白塗りの宗教施設、おそらく神殿であろう建物のバルコニーから各国の要人たちが集っていた。
「始まったぜぇハイジぃ」
「意外とちゃんとした祭りだね…」
ゴードンとともに教授の頼みに向けて、道具を用いて魂の観測を実行した。
「…これ壊れてんじゃねぇ?」
「いや正常だよ、たぶん特に動きがないだけだと思う、代わるよ」
白塗りの神殿から、焚き火周りで踊る巫女とは比べられないほど豪華な催し物の巫女が現れ、焚火の中心に向かう。
「うお!揺らいだぞぉハイジぃ!」
「…うん」
巫女が祈禱を始めた。
焚火を、いや巫女を囲うように、夜空で魂がゆらゆらと這う。
巫女の御言に合わせ動きを変え、一部の魂は焔の中に向かい、一部の魂は上空に舞い上がり、一部の魂は最後の輝きを放ち無へ帰った。
観測を通じて、巫女を観測。
(この魔力…この歌声…)
◆
祭りも終わりにかかったところ、ゴードンは台座のもたれ掛かりながらまどろんでいた。
「いやぁもうオイラぁは~あるきたくないっすぅ…」
「ほらゴードン、片づけて戻るよ、今日は見回り番ないしゆっくりしよう」
最後に観測機を通して、魂の観測を終えようとした。焚火周りに一際巨大な魂が彷徨っている。他の魂と一線を画すその魂は、何かを探しているようだ。
暖かく優しい魔力を感知した。白塗りの神殿から離れるようにそれは遠ざかる。
巨大な魂はそれを追う。この一連の動向は、魂を観測する自分だけが知ることができるものだった。
(この先は…確か湖)
月明りに照らされる湖の水面。水面から反射で、水辺の花が幻想的に映っている。
リバ・アガの宗教施設だろうか、湖には多重塔の寺院が浮かんでいる。
幻想的な水、光、植物であっても、それはあくまでもこの主役を引き立てるためのものに過ぎない。
灰色の髪は、闇夜と月明りのコントラストで美しい銀色へと変貌する。
その体を流れる水滴は彼女の魅惑さを助長させるものだった。
迂闊にも落ち葉を踏んでしまった。
少女はすかさず音の方向へ魔法を放つ。
(…最近よく倒れるな俺)
意識が遠のく今際の際、観測を通して見ていた魂がこちらに目掛けて向かう。
◆
タナバンで見慣れた樹木とリバ大陸特有の家屋群。
(あれ、いつの間に帰ったんだろ)
人一人といない、街を歩く。
(タナバンにしては…古いな)
自分が知る街とは少し古めかしく感じる。
「ちょっと待って、ここって死後の世界?!うわぁいやだ!!覗き見で死んだなんて末代までの恥だぁ!!」
「今死んだら末代もないだろうよ」
正論を振りかざす声の方向に振り向く。
少年の面影が残る、リバ・アガ現地民が立っている。
伝統衣装を身に着けており、一般的な現地民より豪華な催し物をまとう。腰には業物を携えており、若いながらも戦士の雰囲気を醸し出す。
「ええと僕、迷子かな?一緒に探してあげるよ」
「お前より1000年近く生きている、無礼ぞ」
「またまた~」
「切り刻むぞ小僧」
少年の左手は掌印を結ぶ。
刹那の魔力を感じる。
「《羅刹》」
「…?!」
反射で発動した、無詠唱の《防御展開》、光球防御魔法が砕けた。
「ほう…無詠唱で防いだか、少々見くびったぞ小僧」
「掌印による魔法の発動…ずいぶん古い技術を使うね」
「お前の記憶を少したどったが…なるほど、今の魔道は面白いものな」
「》…!」
全身へ魔力を流し込み、肉体活性を促進する強化魔法。現代の戦闘での基礎魔法。
(残魔力量次第だけど、十数分って所かな…それに、聞いたこともない魔法だな、古代リバ語か?)
「掌印を結ばせない!」
「いい手だ」
剣士で掌印の使い手なら、肉弾戦組手による近接戦闘で強みを消す。
「古い型を使うね!」
「俺様が源流だ」
(なんだこいつ、魔力の流れが読めない…強化魔法?は使っているはずだけど)
剣を抜かせないために、強化された拳の応酬による打撃で戦闘を組み立てる。
時折隙を見せた際に、少年は術を発動する。
掌印と詠唱に神経を注ぎ、刹那の魔力を感知した際に、無詠唱の《防御展開》を発動。
少年は自身の魔法が塞がれるにつれ、笑みをこぼす。
「現代の魔道は面白いな…だが今は時間がない、悪いな小僧」
「この魔法だってタダじゃないんだ!俺だって長くはもたない…よ!」
強化魔法の魔力供給を脚部中心に強め、機動力と瞬発力を上げる、もう一段戦闘を加速させる。
肘撃ちで防御を誘導させ、腹部へボディブローを決める。防がれたが想定済み、本丸の大振りの蹴りで胸部より上に喰らわせる。
手ごたえ有りと確信し、追撃のストレートで大詰め。
(短期勝負なら…!)
しかし、肩から先の感覚が、一瞬で消えた。
「魔道は想像の世界…いい言葉だ」
(切断された?先の魔法?!掌印はない??)
肩を押さえつけ、地面に膝をつく。
「1000年の歩みを見せてもらった礼だ…魔道の神髄を見せやる」
少年は両手で掌印を結ぶ。
左手は先ほどと同じ人差し指と中指による手刀の印。
右手は拳を握っているが、人差し指だけは少し突き出している。
刹那の魔力の揺らぎ。
「《羅刹の雛鳥》」
少年の上空には無数の剣が顕現。
剣は絶え間なく飛翔し、切り刻む。
◆
長い夢を見ているようだった。
霊峰を一望する竜山の頂上。
森林に溶け込み、風と共に朽ちていく、骸の束。
この世ならざる白き屍に、我ら同胞の屍の山、そしてそれらを包む白銀の雨。
思い出すのは風景ばかりだ。
でも、忘れはしない。魂の奥底に刻まれている。
思い出すのは、白く細い指先、真っ直ぐに伸びた艶のある黒髪、そして笑うと細まる優しい目。
ただ、君に会いたい。
◆
「ハイジ君!ハイジ君!起きて!」
ただでさえ遠征訓練で億劫なのに、それに合わせて帰省だなんて。長旅の末に、ノンタイムで儀式に参加せざるを得ず。
せめてもの、束の間の休息で水浴びに向かっていたら、不届き者に遭遇。不運だと思い撃退したが、まさかの大切な友人だった。
この頑張り屋さんはいつも倒れている、なんて呑気な事を考えたが、強めの魔法を使ったこともあり、介抱にあたる。
更に倒れた直後に鎮魂祭で感知した魂、それも儀式のときの有象無象とは比較ならないほど一際大きい魂がハイジの中に入った。
これで心配しないのは難しい。
治癒魔法をかけて数分経過。当人は目を覚ます。
「あぁよかったよハイジ君」
「…レネイ」
「え」
すかさずハイジは抱きつく。
決して二度と離さない、と誓う抱擁。
後頭部を包む手に力がこもる。
肩が湿ってしまった。
◆
リバ・アガ村は都市部から遠く離れ、人の営みを観測しにくいこともあり、夜空はいつもよりよく見える。
今日の月は明るい。
目の前が暗くなった。
見知った少女が顔を覗き込んだ。
「起きたね、ハイジ君」
「ラトナ…あっいたっ!」
またもや身体の後部に鈍い痛みを感じる。最近よく後部に痛みを感じる。
「あっ、腕…ある」
起き上がり、切断された自分の腕を改めて確認する。確かに切断された、あの感触は嘘ではない。
「起きたか、小僧」
「へ?」
ラトナの後頭部から、小さな黒色の翼をパタパタと羽ばたかせ、ピョコンと現れる。
「ラトナ…こいつは」
「うーん、なんだろうね…」
「我が名は偉大なるナーガだ。レネイの忘れ形見に手出してみろ、また切り刻むぞ小僧」
「へ?」




