9話 時間はある、ゆっくりと知っていこう
1年と数か月前に、この悪路を一度通った。
ふと思い出す。
アバド皇国の領域を出れば、整備された道が無くなっていく。 徒歩で光刺す炎天下の中の長時間行軍。
友人と文句を言い合いした時間、疲労困憊を紛らわすためだったかもしれない。
今は一人で、馬車の中で悪路に揺られに揺られ、臀部を痛めながら、かつて通った道を進む。
今回の旅路は、かつて友人たちと旅した土地、その更に西。
リバ大陸の西部の最果て、守護大国「ウェスト・ドラガン」に向かう。
あの日の英雄が君臨する、リバ大陸の守り手。
「…ウェスト・ドラガン、何かを思い出すが、それを思い出すことが出来ん」
「ウェスト・ドラガンはナーガの過去と深く関わっているという事?」
「ドラガン…」
◆
リバ・アガ村西部の国境付近、簡易的な関所が設けられている。
中立都市「タナバン」からウェスト・ドラガン向かうまでに、いくつかの国を通った。
リバ大陸で最も繁栄し、最も人口を保有する、大陸の経済・文化の中心地、自由都市「デンバザール」
「参照できる記憶だと、自由都市なんてものはないな。中部には群雄割拠で悪鬼羅刹の国がひしめき合っていた」
「確か500年前に建国したね、というかそういう記憶は思い出せるの」
「特に制限はないな」
「よく分からないね」
大陸最先端を誇る芸術の発信地、そして美と真逆の顔をも持つ鋼鉄の都市、芸術と技術の国「アバド皇国」
「ふむ、500年で随分と偉くなったもんだな、弱小アバド如きが。俺様が滅ぼしたはずだが…頭をすり替えたか?」
「それ本当?今でも残ってるし、滅ぼしてないんじゃない?」
「王族諸共皆殺しにしたさ」
「本当かなぁ…」
大陸開拓より前に存在しているリバ原住民の末裔。古代からの神事を担う集団、「リバ・アガ」
「…よく生き残ったものだな」
「…史実は分からないけど、ラトナとかは、うん、元気に生き残っているね」
特にデンバザールとアバド皇国の関所は厳しい検閲が課されていた。身体の隅々から、荷物の埃一つまで見逃さない。
その点、リバ・アガとウェスト・ドラガンの関所は前者程厳格ではなかった。この二国間の関係性が読み取れる。
両国の関係性はリバ大陸の中では異端の部類だ。
自分が島国出身の性ゆえか、またまた中立都市に長く居たから忘れがちだが、リバ大陸全域は絶賛大陸覇権争いを繰り広げている。
一つのきっかけで戦争は起こりうる。
現に、訓練団に入団する数年前に、デンバザールの内紛が起こり、デンバザール南部から二つの国が独立。
最近の情勢として、デンバザールは失った国力を取り戻すべく、中立都市タナバンなどの群小国家への圧力を強め、また漁夫の利を狙い大陸東部の国家、金華中も動きを活発化させている。
長い旅路の余暇を潰すためにナーガと現代のリバ大陸事情について共有し合った。500年前とは随分と様変わりしているようだ。小竜は地図を小さな手で広げながら、ふんふんと頭を傾け、自身の知識と擦り合わせている。
「おお、猫爺の国は随分と領土広げたものだな」
(あながち嘘言ってないし、なんか説得力あるんだよねこの自称王様の話は…)
未だにナーガが過去の統一王、その本人とは全面的に信じ切れずにいるが、疑っているわけではない。宙ぶらりんな状態。
◆
リバ・アガとの関所を数時間進んだのち、遠くからでも城壁が存在感を放つ。デンバザール程豪勢なものではないが、質実剛健、機能性を重視した国防だ。
「あれが…ウェスト・ドラガンの首都、アムドラ・プラ」
さらに海上には、西を向くドラゴンの像が立っている。西の向こうに向かってその豪咆を放つ姿は、何を意図しているのか。
「…」
小竜は静かにその竜像を見つめる。
◆
砦の門に到着し、守衛と入国手続きを済ませていく。
「ようこそウェスト・ドラガンへハイジ殿、ぜひ貴殿の力をこの国の為に振るって欲しい…ところで、その小竜は?場合によっては入国を許可できないが…」
「この子は訓練団で開発を成功したテイムモンスターです、こちらが賢人からの証明書」
小竜は小賢しくその愛嬌を振りまく。
「賢人…魔力には偽りは無いと、ならば通るがいい」
「はい!」
「…言い得て妙だな」
「教授を味方に付けたのは正解だったね」
◆
ウェスト・ドラガンに入国。
中央部の国家と異なり、どこか質素で、無駄が見当たらない。住民が全員がきびきびと働き、訓練している兵士たちからも鬼気迫る勢いを感じる。
この国に入ってから気づいたが、西果てに近づくにつれて、空は薄暗い灰色に染められ、温暖な気候であるリバ大陸にしては、少しばかりか肌寒さを感じる。
アムドラ・プラに到着した際には真っ先に軍基地へと向かうよう事前通達で命令が下っている。基地は開拓者訓練団に似た、殺伐とした拠点となっている。
過去に一度訪れた、アバド騎士団やデンバザール軍とは異なり、この基地は国柄を良く体現しており、質実剛健が表れている。
諸々の手続きを済ませ、応接室へと案内される。扉が開き、漆黒の軍服に真っ白なオールバック、隠しきれていない魔力、殺気を放つ隻眼の初老。
本能に従い、起立し、事前に習ったウェスト・ドラガン式敬礼を披露。
「本日付けで着任致します、ハイジ・トヨウチであります、全身全霊力を振るって見せます!」
「座るがよい」
指示に従い、再び着席。
初老は、自身の執務机の引き出しから葉巻を取り出し口に加え、指に魔力を込め、そして勢いよく擦りつけ音を鳴らす。と同時に火花が散り、葉巻に火が付く。
一服と煙を灰に取り込ませ、静かに吐く。
「アントン・ディ・ナターレだ、アムドラ・プラ基地及び、南部領土の司令を務めている」
ディ・ナターレ指令は再び煙を味わい、吐いていく。葉巻はまだ半分弱残ったが、テーブルに備え付けられている灰皿に押し付け、火を消していく。
「君はなぜ西の果てに来た、他からも声は掛かっているだろう?」
「それは…貴国から依頼を受け…」
「依頼、命令…そんなモノの為に君は死ねるのか、もう一度問う、なぜ来た」
「…?!」
ディ・ナターレ指令は更に魔力を開放、当初と比べものにならない程の殺気を放っていく。
「…俺は、救って貰ったんです、英雄に」
懐から脇差を抜き、テーブルに刺す。
「これは、我が屋の家宝でした…」
「…日出の業物か」
「群竜襲来で壊滅した村の生き残り、英雄、いや、あなた方に救って貰いました。お陰様でこうして生き残っています」
ディ・ナターレ指令は脇差を抜き、その刀身を確かめるかのように撫でる。
「恩返しのためにわざわざ死に向かうのか」
「いえ」
「では何のために」
「あの日、陛下に問いかけました、貴方のような英雄になれますか、と」
「…」
「返事は頂いていません、答えて貰いたいとも思いません」
ディ・ナターレ指令は脇差をテーブルに横たわらせた。
「英雄に近づくために、英雄になるために来ました。そのために強くもなりました。陛下のように、少しでも多くの命を救いたいと思っております」
手を組み、目を閉じ、空を仰ぐ指令。
「長い旅だっただろう今日はもう休め、明日は着任式だ、くれぐれも遅れるなよ」
「はっ!」
再び立ち上がり敬礼。
◆
宮殿前の広場、新調したての漆黒の軍服を纏う20数名程が規則正しい整列で待機。開拓者訓練団で何度か顔を合わせている同期もいる。
その目前には、鋭い眼光で新兵に目を配る壮年の男性。
守護大国ウェスト・ドラガンが王、ドラガン・ムルジャ・11世だ。
「…貴君らには死んでもらう」
第一声は死刑申告。新兵たちは驚きを隠せないのも無理はない。
「尊い死はここには無い、この地より東にのみあればよい、我らには死してでもこの地を守る」
静まり返る着任式。戸惑いの表情。
「最後に言わせて頂こう……死ぬな、生き延びろ」
悲痛の言葉。最後の言葉、それまでの言葉を否定するもの。しかしそれは、きっと、王ではなく、英雄としての心からの言葉だろう。
そして王は場を去る。その姿が見えなくなるまで、目に焼き付ける。
あの日見た背中と変わらない背中。




