第9話 心の虚無とは
あれからだいぶ時間が経ち、今日の授業は全て終わった。
幾斗「RYOKI、KAZIRO、遊ぼうぜ!」
凌貴「いいねえ。」
鍛郎「じゃあいつもの公園で集合な。」
幾斗「HIDEHARU、お前も参加SHIRO!」
英春「あー、俺はいい。」
凌貴「何か理由でもあるのか?」
英春「…ああ。スーパーで買い出しだ。」
幾斗「そうか。しゃあ、SACHREI、KAZUKI、遊ぶぞ!」
幸伶「僕は行けるよ。」
和城「僕も。」
みんながワイワイしている教室をあとに、俺は校舎から出た。
今の時刻は4時半。日も傾き始めている。
今がちょうど"戦争"の時間か…。
急がねば。さもないと今日の夕飯がもやしだらけになるぞ…。
別学年の人も下校を始める中、俺は買い物かご片手に
足早にスーパーへ向かった。
英春「お、ポテサラ半額じゃん。ラッキー。メイン時間は過ぎたけど、案外掘り出し物も残ってるなあ。
あ、そう言えば望美がみりんを大量消費したんだよな…。買っとくか。」
買い物というのは、実に楽しい。買うものを手にとって、吟味するのがおもしろい。そして、たまに珍しいものが売ってるとうれしくなるのである。
英春「お、サワラが安いな。旬だし、今日の夕飯はサワラに決定か。」
数少ない楽しみをかみしめていると、店内に見覚えのある影を発見した。紛れもない、七夜である。
…あいつは一人暮らしか…?まあ、そうか。親がアレだもんな。
七夜のほうも、俺に気がついたらしい。だが、昼休みの時とは違い、俺から逃げようとはしなかった。
…何を考えているのかわからんが、とりあえず対話することにした。
俺が接近しても、彼女は引かなかった。
英春「…奇遇だな。こんなところで。」
七夜「……。」
…黙り込むのなら、俺はこれ以上話しかけないほうがいいな。俺がレジに向かおうとすると、「待って」と言われ、足を止めた。
七夜「……なんで、聞かなかったの……?私の過去のこと…。」
英春「……聞いてほしかったか?」
七夜「あ、いや……。」
英春「…俺は、お前がされてきた事を理解していない。だから、聞いても共感はできない。虚無の共感のほうが、放っておかれるよりつらいからな。」
七夜「………。」
英春「だから、俺はお前が望まない限りはこちらから動きは取らないようにするつもりだった。」
七夜「………。」
英春「…お互い、買い物済ませるぞ。話をするのはその後だ。」
俺たちはお互いの買い物を済ませ、スーパーの駐車場に出ていた。空はだいぶ暗くなり、街の明かりの少なさから、多くの星が出てきた。
雲も少なく、絶好の天体観察日和である。
七夜「……私は、怖いんだ…。他人が…。」
英春「……。」
七夜「幼い頃から、…怖い目にあってきたし…。だから、自分以外が信じられななくなったんだ…。…みんな、裏では悪口を言ってる…。私を消そうとしてるって…。そんなわけないのに…。クラスのみんなが私に話しかけようとすればするほど…、その声が虚無なんじゃないかって…、怖くなった…。」
英春「……。」
七夜「……初めてだよ…。私の気を察して話そうとしなかった人は…。…ありがとう、英春くん…。」
英春「…別に。俺は放っておけないだけだよ…。弱い人を…。俺自身、つらい目には散々遭ってきたさ…。
誰にも救ってもらえなかった地獄のような苦しみは、十二分に理解してるつもりだ。だから、俺の手の届く、実現可能な範囲の悲しみは救ってやりたかったんだ…。あと、お前を見てると、前の自分を思い出す。」
七夜「…英春くんは、優しいんだね。」
英春「優しくはない。俺は、人間だ。もしかしたら、死に際になったら平気で人を裏切るかもしれない…。そんな、優しいなんて立派なものじゃない。蛙の子は、所詮蛙だからな。…気をつけて帰れよ。」
七夜「…うん。」
俺は、その場から逃げるように去った。
…心の内をはっきり言葉にして投げかけたのは、祖父相手以外だと初めてかもしれない…。まだ引っ掛かりがある…。あの言葉で良かったのだろうか、と…。
いくら人間が嫌いであろうと、弱い人は見捨てておけなかったが、逆に苦しめたりはしていないだろうか…。いくつもの考えが頭をよぎる。
自分を律しようとしても、その考えは浮かぶ。
…自分ではどうしようもないことなのかもしれない、
この虚無な悩みは…。
英春「……。…なあ、朝掃除したばっかなんだが…。」
幸伶「あ、英春くんおかえり。遅かったね。」
望美「そうだよ。お腹すいたよ。」
幸伶「お腹すいたー。」
…何もできないやつが文句を言うことはこの際見逃してやろう。だが、
英春「2人で散らかしすぎなんだよおおおお!!
なんだよコレ!!ゴミは捨てろよ!!その辺に放っておくな!!あと、ゲーム機何台あるんだよ!!」
疾照「ちょ、英春さん、怒号が大きすぎますよ!」
和城「そうだぞ。いったん落ち着いて。」
英春「……。幸伶、望美。」
幸伶望美「は、はい…。」
英春「……。コレを全て片付けるか、一週間、当番制の家事、全てやるか、選べ。」
幸伶望美「は、はいー!すぐ片付けまするー!」
…だんだん、あの2人の扱いに慣れてきた。
疾照「…一週間家事交代…。」
…後者になることを狙ってたやつがいるぞ…。
帰ってきたばかりでもう疲れたのだが、
俺は早急に飯を作った。その後、風呂で溺れかけたのは笑い話では済まない…。




