第79話 さらば、2020年
12月31日。新暦では、今日が2020年の最後だ。年末はその月の異名が師走であるように、とにかく忙しい。特に、大晦日みたいな日は…。
今日も今日とて肺を貫くような朝の冷たい空気が漂っている。洗濯物を干すためにベランダに上がっても、周りの家や田畑、遠くに見える山々は雪で漂白されている。いや、漂白なんて言い方はよくないか。まるで普段が汚いみたいに聞こえてしまう。
英春「恐ろしいな…。手袋付けてても洗濯物に触るとすごく冷たいんだからな。」
全ての洗濯物を干し終えた後、どうも辺りが騒がしいので、少しベランダから見回してみた。
するとどうだろうか。師走という通り、本当に村の人々が走り回っていた。
英春「…みんな忙しいんだろうな…。さて、さすがに朝食はもうできてるだろ。降りるかな。」
幸伶「あ、しょうゆ切れた。望美~替えある?」
望美「え?なんの?」
幸伶「しょうゆ!」
和城「買いだめしてあるから物置に行きゃああるだろ。」
疾照「幸伶さんが1番使うんですから、自分で取ってきてください。」
幸伶「はーい…。」
英春「あいかわらずだな。」
俺が下に降りると、やはり大晦日なんて一切感じさせない、いつも通りの風景が広がっていた。
俺が台所に行ってココアを注いでくる間に、もう俺の分の朝食も運ばれていた。
英春「…幸伶のやつ、毎回目玉焼きにしょうゆかけすぎじゃないか…?」
望美「あ、ヒデもそう思う?幸伶って本当に調味料ドバドバ使うんだよ?」
和城「そのうち死にそうだな。」
疾照「高血圧で、ですか…?」
英春「小学生が高血圧で死ぬのか…。」
望美「…大晦日にこんな話するもんじゃないね…。」
俺たちはいつも通り朝食を済ませ、大掃除を始める。
英春「うーん、全然ゴミが出なかったな…。」
俺たちは各々自室をすべて掃除することにしたのだが、なんということか、俺の部屋は全然ゴミが出て来ず、燃えるゴミのゴミ袋が半分も埋まらなかった。これではゴミ袋がもったいないため、俺は下に降りて他のところも掃除することにした。
英春「さーて、どこを掃除す…。」
さあ、俺がこの反応をしたということは、もうお分かりであろう。
幸伶「お、終わらない…。」
英春「…はー、本当に何なんだこいつ…。」
居間に入ると、俺の眼前には机に向かって何かを懸命に書く幸伶と、そばに積み上げられた年賀状の束が展開されていた。
そして、テレビの前にゴミ袋が2袋置いてある。おそらく、掃除自体はやったらしい。
英春「何してんだ。」
幸伶「あ、英春くん!年賀状書いてるんだ。」
英春「ふうん。誰に書くんだ?」
幸伶「えーっと、お父さんと、お母さんと、お兄さんと、弟と、おじいちゃんと、おばあちゃんと、いとこ9人と、親戚16人と、」
英春「多くね…?」
幸伶「全部で184枚書くよ!」
英春「そんなに知り合いいんの!?」
幸伶「いるよ。」
さらっと言ったが、184枚を1人に1枚渡すのなら、俺が追風村に来る前にいた学校より人数が多いぞ…?どうなってんだこいつの対人関係。
というか、これだけの枚数手書きするなら、コピー機を使えばいいのだが…。
…あ、この家のコピー機は俺の私物だったな。
英春「…お前、”あけましておめでとうございます”が、”おけましてあぬでとうごぢいまず”になってるぞ…。」
幸伶「え?あ、ほんとだ。じゃあタマゴンの絵を書いて紛らわせよ!」
そう言って、幸伶は年賀状に鼻歌を歌いながらタマゴンを書いていく。…いつの間にか家に飾ってあったザリナモの絵も、こいつが描いたんだな…。
英春「…というか、今書いても正月には間に合わんぞ?」
幸伶「え!?」
英春「そりゃそうだろ。よく考えてみろ。今は10時。お前が書いた年賀状の枚数は推定50枚。」
幸伶「60枚だよ。」
英春「やかましい。で、残り124枚書かないといけないわけだろ?終わるのは午後だろうな。お前の知り合いって、たいてい豊橋住みだろ。」
幸伶「うん。」
英春「こんな山の奥から豊橋まで郵便物を送るのに、どれだけ時間がかかると思う。」
幸伶「大丈夫だよ。藤原郵便の速達便で送るから。」
英春「藤原郵便…。…あれか。この辺で営業してる民間設立の郵便会社。でも、あそこホームページに”迅速・丁寧・適当”って書いてあったぞ?大丈夫かよ。」
幸伶「大丈夫だよ。多分ここでいう”適当”って正しいって意味だと思うよ?」
英春「…賢い発言…。お前、幸伶じゃないだろ。」
幸伶「なんでさ!!」
俺と幸伶が雑談をしていると、インターホンが鳴った。ん?誰だ?この家に訪ねてくるのなんてクラスメイトか警備のおじさんか宅配の人くらいなんだけどな。
俺と幸伶が玄関に向かって扉を開けると、そこには素朗、瑞穂、幾斗の3人が待っていた。
素朗「やあ。ひさしぶりヒデ、幸伶。」
瑞穂「あけましておめでとう!」
英春「いや、それ明日だぞ。」
瑞穂「そうだったな。」
幸伶「急にどうしたの?」
幾斗「SOUSOU、お前らにイベントのOSHIRASEだ!」
英春「イベントのお知らせ…。」
素朗「今日の深夜に、2020年さよならカウントダウンを役場の前でやるんだ。みんなで行かない?」
深夜…。その言葉を聞いた途端、俺は少し抵抗感を感じたが、能天気な男代表の幸伶は、すぐ食いついてきた。
幸伶「おもしろそう!行く行く!」
瑞穂「決まりだな。おいヒデ!みんなをちゃんと誘っとけよ~!」
幾斗「よし、次はTORAHIKOの家だな。」
こいつら、全員を誘ってんのか…。未だに行くのを渋ってる俺に、幸伶はすぐに誘いの言葉を投げかけ始めた。
幸伶「行こうよ、カウントダウン。」
英春「深夜まで起きてるのは無理だ。」
幸伶「ええ?せっかくのみんなで作れる思い出なのに。」
その言葉は、俺に少し深く刺さった気がする。みんな、その言葉は、これまで何度も俺の行動原理になってきた。同じ教室で暮らしてきた俺たち14人。自分自身も、”たった1年限りのメンバー”というのは、何度も自覚してきた。
英春「…仕方ねえな。多数決で賛成派が多かったら、俺もついて行く。」
俺は、折れることにした。




