第75話 西洋の鐘が鳴る
一通りの仕事を終えた俺は、今日の夕飯の買い出しの時間になるまでゆっくり過ごすことにした。
俺は居間のコタツに入って、ミカン片手にパソコンを開いた。
なぜかは知らないが、祖父から遅めの誕生日祝いということで、かなりの額のお金が振り込まれていた。
だいぶ遅いが、それでも俺は感謝をちゃんと伝えて、そのお金を受け取った。
英春「うーん、せっかくならどこか旅行してもいいかもな…。」
俺はパソコンで適当に北陸の観光地を調べた。
部屋には俺しかいないので、その独り言に反応する者はいないが、まあそれも気楽でよいかもしれない。
疾照「英春さん、少しいいですか?」
英春「ん?疾照か。どうかしたか?」
疾照「凌貴さんが訪ねてきました。英春さんに渡したいものがあるそうです。おそらくクリスマスプレゼントですよ。」
英春「なんでそんなことがわかるんだよ。」
疾照「私にもくださったんですよ。他にも、幸伶さんや望美さん、和城さんの分も。」
いきなり居間に入ってきた疾照の手には、大きめの紙袋が握られていた。
英春「わかった。行ってくる。」
俺はパソコンを閉じ、玄関に向かった。
既に凌貴は家の中で待っていた。
英春「待たせたな。」
凌貴「いや、全然待ってない。ほら、これを渡すよ。クリスマスプレゼントさ。僕の分以外にも、鍛郎と七夜のやつも預かってる。」
そう言って、凌貴は俺に少し大きい紙袋を差し出した。
英春「ありがとう。…中見てもいいか?」
凌貴「もちろん。」
俺は、袋の中を丁寧に探った。中には、ノートやペンをはじめとする文具類がたくさん入っていた。
英春「え、これ中山陰精密工業製のシャーペンじゃねえか。割と高かった印象なんだが…。」
凌貴「スーパーの雑貨コーナーで在庫処分で激安になってたんだ。たぶん、高くて誰も手を出さなかったんだろうね。」
英春「在庫処分であれなんであれ、これ前から欲しかったんだよな。すごく嬉しい。」
凌貴「それは何より。」
中山陰精密工業、略してナカサンセイコーは、ネジからカメラ、そして大型機械まで作ってる工業会社で、祖父の勤める工場の御得意でもあるらしい。そこがつくる文具類はとても使い勝手がよく、デザインも洗練されているので大人気なのだが、高いし売ってるとこなんて見たことがないので、手が出せなかったのだ。
俺は凌貴に礼を言った後、自室に戻った。
そして、机の上に散らばっている書きかけの原稿用紙を引っ張り出し、シャーペンで試し書きした。
英春「う、うわあああああ!!快適だ!快適以外に言葉が出ない!いや、それだけじゃない!とても綺麗に書けるぞ!ほどよい!」
俺がナカサンセイコー製シャーペンに感動していると、突然、押し入れの戸が開いた。
幸伶「よかったね英春くん!」
英春「うわッ!なんでそんなところにいるんだよ!」
幸伶「僕の部屋の押し入れ片付けてたら、英春くんの部屋の押し入れに繋がってる穴を見つけたんだ。」
英春「え、そんなんあったっけ…。」
幸伶「前まで木の板で塞いでたみたい。めちゃくちゃはがれてたけど。」
英春「…今度直すかぁ…。」
そういえば、幸伶の部屋って隣なんだよな…。すっかり忘れてた。幸伶も自重してあまり騒がないようになったから、部屋の位置を忘れてたのか…。
まあ、なんでもいいや。
英春「…というか、なんで今、この日に掃除なんてするんだ。どうせ大晦日の前にまとめて大掃除するのに。」
幸伶「え?そうなの!?なら押し入れにものを戻さないと。英春くん、お願いします手伝ってください。」
英春「えー…。それくらい自分でやれよ…。」
幸伶「お願い!この通り!」
英春「えー……。」
俺が渋っていると、とうとう幸伶側も奥の手を出してきた。
幸伶「英春くん、今、暇だよね?退屈してるよね?」
英春「ギクッ……。……ああもう、わかったよ手伝ってやる!ほら、さっさとお前の部屋に行くぞ!」
英春「よくもまあここまで散らけたなあ…。」
幸伶「いろんなものがあったんだよね。夏のときに使ってた扇風機とか、大机とか、ソファとか。」
英春「…お前、普段使いで自室にソファあんのに、もう1つあるのかよ…。」
幸伶「まあね。」
そうして、俺と幸伶はもはやゴミとすら言えるような代物でも、容赦なく押し入れに詰め込んだ。
毎日布団の出し入れの時に崩れないかどうか心配だったが、幸伶は西洋式の枠組みベッドを使っているのでその心配はないようだ。
英春「大変だったな…。」
幸伶「うん。途中で何匹も紙魚が現れたから大変だったね。」
英春「勘弁してくれよ…。あの穴伝ってこっちまで来たら、本が食われるだろうが…。」
幸伶「まあまあ。Gが出なかっただけよかったじゃん。」
英春「やかましい。…ん?おい幸伶、これ、しまい忘れてるぞ。」
俺は、押し入れのそばに置いてあった謎の輪っかを手に取って、幸伶に渡した。
幸伶「ああ、これはリースだよ。玄関に飾るやつ。」
英春「ああ、正月のとき、飾るやつの西洋版だな。」
幸伶「ちょっと違うけどまあそんな感じ。これはクリスマス仕様だからさ。今日こそは玄関に飾ろうと思ってね。」
英春「クリスマス仕様なんてあるのか。」
俺が感心していると、すぐに幸伶は俺の手を引いて1階に降りた。どうせまた手伝わせる気なのだろう。
幸伶「よ〜し、何とか着けれたね。」
英春「おお、クリスマスっぽくなったなあ。」
俺たちは、もはや極寒ともいえる寒さを誇る外で、何とかリースをつけることができた。
途中、それについていたベルがカンカン鳴るものだから、まあうるさかった。
和城「ただいま。ピザを買ってきた。…お、リースじゃんか。」
幸伶「和城、おかえり!どうよこれ!」
英春「大変だったな。」
和城「お疲れさん。ほら、早く家の中入ろうぜ。寒くて仕方がない。」
幸伶「確かに。よ〜し!クリスマスパーティ楽しむぞぉ!」
英春「本当にこいつは、いつになったら電池が切れるんだろうな。」




