第72話 怒号
雪が止んだ。それがどうも不気味に見えたが、とりあえず、俺たちは家を出た。
そして、そして、このあたり唯一の、あの公園に向かった。
そこに、虎彦と剣蔵の親を呼んである。
虎彦「…………。」
剣蔵「…………。」
当の本人たちは、過呼吸になっていたり、胸に手を当てながら歩いている。
俺は、2人の肩に手を置いた。
英春「息を整えろ。心が乱れると、本心が出にくくなる。そんな状態で、対話はできない。」
虎彦「ああ、そうだな。」
剣蔵「ありがとうな、ヒデ…。」
英春「俺は、大したことはしていない。」
2人の顔色が少し良くなったのを確認した俺は、肩に乗せていた手を離した。
そして、公園が見えてくるまで、俺たちは一言も話さなかった。話すべきではないと思った。
しばらく歩けば、もう公園が見えてきた。
そこには、殺人犯立てこもり事件の時に会ったことのある、虎彦の母親、新澤名郷さんと他3名が立っていた。
虎彦の父親、そして剣蔵の両親だ。
虎彦と剣蔵は少し早く歩いて俺たちの前に出て、そのまま公園の敷地内に立ち入った。
名郷「…ひさしぶりね。虎彦。」
虎彦「………。」
名郷「…あなたの友達も多いのね。あなた、ちゃんと自己紹介を。」
「ああ。もちろん。君が、高倉くんだね。私は新澤登紀夫だ。よろしく。」
虎彦の父親、登紀夫さんが前に出て名乗った。
英春「よろしくお願いします。」
俺も、精一杯感情を抑え込んでお辞儀をした。
その後、剣蔵の両親も自己紹介をした。父親は塩谷剣司、母親は塩谷姫香というそうだ。
それだけ聞いた後、いつの間にか傍観協戦メンバー代表になっていた俺は、後ろに下がった。
目の前には、虎彦と剣蔵の背中、そのもっと前には親たちが仁王立ちしている。俺たちは、そこから少し距離を取るしかなかった。
板状の雲が空全てを覆っており、真冬と言える寒さを、吹く風が強調している。
戦いの寸前の場面ではよく見る風景だが、実際に見るとたとえ知っている景色だとしても不気味に見え、たまらなく恐ろしい。
ましてや、これから起こるのは、この世で最も見るに耐えない"親と子の争い"なのだ。
…望美と素朗は、立っていられなくなった。
登紀夫「で、君たちの言い分は何だ。」
虎彦「い、言い分は…。」
剣蔵「………。」
登紀夫さんは、2人に対して強く言う。普段はあれだけ元気な2人が、ひるんでいる。
虎彦「……俺は……、この村から出たくない。」
剣蔵「…そ、そうだ…。帰るにしても、3月までは、ここにいたい…。」
剣司「なぜだ。なぜここに留まりたい。」
名郷「私たちは説明したでしょう。所詮、ここにいるのは殺人犯立てこもり事件の事後処理のためだった。それが済んだ今、ここにいては私たちも仕事ができないわ。」
姫香「それに、剣蔵も、虎彦くんも、決して前の学校が嫌いだったわけではなかったでしょう。ほら、2人と、あと、金尾くん。あの3人で仲良くしていたじゃない。それでも、戻りたくないの?」
計6名の会話を聞いていた俺は、「決して前の学校が嫌いだったわけではなかった」という部分にひどく苦しめられた。
…同じ学校にいながら、天と地が生まれていたか…。知ってはいたが、はっきりと聞いてしまうと、苦しくなる。
虎彦「…豊橋も楽しい。大切な友達もいる。でも、ここだって同じくらい楽しい。」
剣蔵「いきなりさようならなんて、俺は無理だ。」
登紀夫「引っ越すまでには数日ある。その間だって、さようならは言える。」
名郷「そうよ。それに、2人が残るとしても、私たちは仕事があるから、私たちは帰らなければならないわ。2人だけで暮らせるの?」
その言葉は、虎彦と剣蔵に深く突き刺さった。
それは、未熟な子供にしかわからない、親から離れる恐怖。
俺たち移住メンバーは、確かに親元を離れて、山奥にひそむ、この追風村で暮らしている。
だが、それは親、俺の場合、祖父がいないことから来る恐怖と寂しさを、友人同士で補い合っているだけだ。本質的には、普通の家庭と同じこと。
頼れる大人がいない。いつもいたはずの人がいない。
どれだけ恐ろしいのか、想像することしかできない。
2人もそれが恐ろしいようで、うつむき、少しだけ震えている。
剣司「…君たちは子供だ。まだ自分で判断する時じゃない。」
姫香「…返りますよ。」
虎彦「………嫌だ………。」
登紀夫「………?」
虎彦「父ちゃんは……、母ちゃんは……、何で否定すんだよ……。友達とのほんの少ししかない時間を大切にしたいっていう、俺たちの気持ちを!!!」
剣蔵「そうだ!!元の学校に戻るのはいつでもできる。でも、この村で、あの教室で、あの14人で!!今!ここで!俺たちのために見守ってくれている友達と過ごせるのは、今だけなんだよ!!!」
虎彦と剣蔵は、今までにないくらいの大声で、目の前の大人に語りかけた。
登紀夫「いい加減にしろ!お前らのわがままに付き合えるほど、俺たちも余裕があるわけじゃないぞ!?」
名郷「所詮は、短時間でしか関わっていない間柄じゃないの。」
もうダメかと、2人が考えたと、俺たちは彼らの動作で察した。
次の瞬間、俺の後ろの方に座っていた幾斗が立ち上がった。
幸伶「え、幾斗!?」
幾斗は立ち上がると、そのまま6人の間まで歩いていった。
幾斗「おっさん!おばさん!あんたらいい加減にしろよ!あんたら親なんだろ!?何で子供の心の声が聞こえない!何で聞こうとしない!虎彦と剣蔵が涙を流すほど訴えたのに、無視するのか!!」
幾斗の"約束"を破ったその訴えが響く。虎彦と剣蔵、両親双方、何も言うことができなかった。
英春「幾斗……。」
瑞穂「あいつ……。いつものローマ字しゃべりがなくなるくらい……。」
望美「……本当に……。」
しばらく、6人は立ち尽くしていた。
そして、ボソボソとお互いが話しているのを、俺たちは見ていた。
幾斗はその間に俺たちのもとに戻ってきていた。
そして、小声の会話が始まってから5分後、急に解散した。
虎彦と剣蔵は何も言葉を発さない。
不安ではあったものの、俺たちはその後についていく。
…いつの間にか、雲の板が少しはがされた。
翌日、俺たちの家の固定電話に、登紀夫さんから電話がかかってきた。
昨日の醜い言い争いを見せてしまったことへの謝罪と、虎彦と剣蔵は2021年3月まではこの村に留まれることを伝えられた。
その言葉を聞いた瞬間、俺はその受話器を投げ飛ばし、居間に走って行った。




