第71話 寒冷戦の狼煙
雪が降る。積もる。それをどかす。また雪が降る。積もる。またどかす。そのうち、学校が休校になる。道は悪い。歩くのは困難。
そんな中でも、時間は進み、とうとう決行日前日となった。
その日は、特に会話が少なかったと思う。むろん、俺もあまり他人と口をきくことができなかった。
いつもならスラスラと読み進められる本も、今日はなかなか進まない。
暇つぶしか、それとも気を紛らわせるためか、とにかく何か手持ち無沙汰だったため、試しに絵を描いてみたり、オセロの駒をひたすら積み上げたりしてみたものの、それでも何かが付きまとってくる。
…そりゃそうだ。下手したら、あと数日で、この村から人が2人消える。
俺の心からも。
晴れ上がる見込みのない空を眺めながら、そんなことを思った。
結局、俺にしては珍しく、この静けさに耐えることができなかった。そのため、いつも騒がしいはずの1階に降りることにした。
5人の名前が刻まれたプレートが掲げられた扉の前を通り、階段にさしかかった。
英春「…あ〜あ、何か憂鬱だな…。」
そうつぶやいて、俺はそのまま階段を降りていった。
英春「はあ…、ッうわッあああああああ!!!」
その瞬間、俺は足を踏み外して階段を転げ落ちた。
周りには衝撃音が響く。そして、その先にある壁にぶつかって、ようやく止まることができた。
英春「うッ…、痛った……。」
幸伶「な、なんの音…?え、英春くん!?大丈夫!?」
望美「…ええ!?ヒデ!?」
動けない俺の周りに、少しずつ人が集まってきた。
英春「うッ……。」
和城「ヒデ、血が……!」
疾照「望美さん、すぐに応急措置!救急箱を持ってきてください!これくらいなら包帯を巻いて安静にしていれば治るはずです。」
俺は、右頭部と左太ももに出血を伴うケガを負った。
虎彦「これくらいで済んでよかったぜ…。」
英春「…………。」
望美「疾照!持ってきたよ!」
疾照「ありがとうございます!英春さん、痛いでしょうが、我慢してくださいね。」
そのまま、疾照は手慣れた手つきで消毒をはじめた。
英春「うッ…、…ガッ……い、痛え………。」
俺がもだえている間に、すぐ頭と足に包帯が巻かれた。そして、俺は幸伶にかかえられて自室に戻ることになってしまった。
…こんなことになるのなら、部屋から出るんじゃなかった。
幸伶は、そのまま敷きっぱなしだった俺の布団に寝かせてくれた。
幸伶「どうする?英春くんがそうしたいって言うならここにいるけど。」
英春「…どうせ暇だからな…。そうしてくれ。」
幸伶「わかった。」
そう言って幸伶は、部屋のすみに置いてあった座椅子を持ってきて、布団の横に置いた。
幸伶「…なんか、今日の英春くん、安定してないね。」
英春「…どういう意味だ。」
幸伶「いや、そのままの意味だよ。全然元気なさそうだし、いつもなら絶対にしない、ささいなミスもたくさんしてたし、足どりも不安定だったからさ。」
英春「…お前、意外と人のことよく見てんだな…。いつもあんな調子だから、てっきり他者のことなんて見えてないと思ってたが。」
幸伶「いやあ、なにぶんお節介少年って言われるもんでね〜。」
英春「そのあだ名考えたやつ、センスあるな。」
幸伶「それ言い始めたの、疾照だよ。」
英春「あいつらしいな。」
幸伶「…でさ、英春くん、昔、何かあったよね。」
英春「…………。あるように見えるか?」
その一瞬、ドキッとした。真意を見破られたように思えたからだ。
幸伶「うん。虎彦たちの心情に、1番寄り添ってたのは英春くんだし、こんな状況で、こんな状態になっちゃってるんだもん。」
英春「…………。」
俺は、ひたすら黙った。…言えるわけない。俺が虐待されていたこと、そして長い間、暴行をされていたことを。
思い出しただけで、めまいと吐き気を催すほどの、あの地獄の日々を。まだ決心のつかない俺にとっては、話すことさえ地獄なんだ。
幸伶「……言いたくないなら、無理に言っちゃ駄目だよ。…ごめん、こんなこと聞いて…。」
英春「……いつか話す…。今は、…無理だ。」
幸伶「わかった。あ、話は変わるんだけどさ、こんどワカサギでも釣りに行かない?」
英春「唐突だな…。…釣れんのか?」
幸伶「三質湖で冬になると釣れるんだって。朝に氷が張るようになれば釣り頃らしいよ。」
英春「毎回思うが、そういう情報をどこから仕入れてくるんだよ。」
幸伶「まあ、地元住民だよね。」
英春「大層な言い方をするな。どうせ凌貴とか鍛郎とか、幾斗あたりから聞いてんだろ?」
幸伶「えーーっと、えーーっと…。」
英春「…図星だな?」
幸伶「ま、まあ、そうだね…。」
英春「まあ、そうだなあ…。ワカサギはうまいもんな。…考えておく。」
幸伶「やったーーー!クラスのみんなから断られてたから、1人で行かずに済んだよ!」
英春「全員に声かけてたのかよ…。」
そうして、俺たちはしばらく雑談をしていた。
そして、時間が経ったあと、下から望美の声が聞こえてきた。
望美「ヒデ〜、幸伶〜、夕飯の時間だよ〜。」
幸伶「は〜い。行こうよ、英春くん。」
英春「そうだな。」
俺は、安全対策で幸伶に支えられながら下まで降りた。
和城「お、今回は転げ落ちなかったな。」
英春「何度も転げ落ちてたまるか。」
疾照「ほら、お2人とも、早く席についてください。今日はトンカツですよ。勝負に勝つと言う意味で。」
英春「それやる家庭ってうちだけじゃないんだな…。」
和城「割とどこでもやるイメージ。」
俺と和城は催促されたので、すぐにコタツの席につく。幸伶はすでについていた。
…明日は、とうとう当日だ。…俺たちにはどうすることもできない。だが、応援はできる。
お前らなら、やれる。虎彦、剣蔵。




