第65話 秋故郷恋しや
あれからけっこう時間が経った。
俺たちは、とうとう階段の幅が最も狭いエリアに突入した。
しかし、ここまで来たということは、あと少しで登り終わる。先ほどまで木々によってさえぎられていた日光が、しっかりと差してきた。
幸伶「うわッ滑った!」
英春「…お前、さっきから何度か転げ落ちてるよな…。なんで怪我の1つもないんだよ…。」
幸伶「受け身だよ、受け身。」
凌貴「受け身だけで致命傷を防げるとは思えないけどね…。」
望美「…………。」
幸伶や和城は、慣れてきたのか日頃の外遊びのおかげか、だいぶ適応してきたようだ。…が、望美のほうはと言うと、山道に慣れていないのか、もはやクタクタで1人で歩けていない。疾照と優来が支えて何とか歩を進めている。
あと数十段だ。本当にあと少し…。
先に行った鍛郎は、もう本堂に着いているはずだ。
経験者の俺や凌貴もさすがに疲れてきたが、あと少しだと思えばずいぶん楽だ。
すると、ようやくあの緑青色のような屋根と朱色のような柱が見えてきた。紛れもない、鳳来寺の本堂だ。
和城「ああ、やっとか…。」
凌貴「いや〜、やっぱりいつ登ってもきついや…。」
英春「おい、望美、登り切ったぞ。」
疾照「望美さん、聞き取れましたか?着きましたよ。」
望美「…す、…座りたいよ…。」
凌貴「大丈夫、本堂の前にベンチがたくさんあるから。」
英春「ああ。あと少しだから頑張ってくれ。」
幸伶「やっほーー!僕は、登り切ったぞおおおお!!」
英春「うるせえよ!ちょっとは望美の事を心配したらどうなんだ!」
幸伶「…それもそうだね。」
理解できるのなら最初からそうしろよ…。いつも思うが…。
俺たちは何とか望美を崖が見えるベンチまで連れていき、そこに座らせた。
疾照「望美さん、これ、清涼飲料です。しっかり飲んでくださいよ。」
望美「あ、ありがとう……。」
英春「毎年思うが、本当に公共交通機関で来てる人にとっては大変だよな…。」
鍛郎「あれ、ヒデって毎年来てたのか?」
英春「ああ。じいちゃんが好きでな。」
俺と幸伶、鍛郎、凌貴は、崖の端に建てられた柵にもたれて、眼下に広がる絶景を眺めていた。
遠くに見える山々がそびえ、そのまた奥に見える平野が広がっていた。。
その風景の中に赤や黄、橙の紅葉が散りばめられている。それらが、ほら貝の音と共に流れてくる澄んだ涼しい空気と相まって秋を彩っていた。
幸伶「大声でやっほーって叫んだら、帰ってこないかな。」
凌貴「周りは何もないから帰ってこないと思うけどね…。」
英春「やまびこって音が跳ね返ってくるんだよな。」
凌貴「そうだね。」
幸伶「やっほおおおおおおおおおおおおおおおおうおうお!!」
鍛郎「人の話を聞けえ!」
幸伶が何か言い出したら、もう止められないので、俺たちは半分ほど諦めていた。やはり、幸伶は俺たちの意見は全部無視して、絶景に向かってバカでかい声で叫びやがった。
どうせ帰ってくることはないだろう。
「やっほおおおおおおうおうお!」
幸伶「あ、帰ってきた!」
凌貴「えええええ!?!?帰って来るの!?俺が小さい時にやっても戻ってこなかったのに!?」
鍛郎「今も十分"小さい"よね、年齢的に言えば…。」
英春「というか、今の声、絶対お前のじゃないだろ。めちゃくちゃ野太い声だったぞ。」
幸伶「やまびこって音低くなるんだねえ…。」
英春「…いや、どっかにいるノリのいい人が善意で返してくれただけだと思うが…。」
いつもよりはるかにマシな幸伶の行動にツッコミを入れていると、望美が元気になって、いつの間にか別のところに歩いていったと疾照から報告があった。
何度もここに来ていて知識がある俺たちは、すぐに当たりをつけて、望美が向かったと思われる場所へ向かった。
望美が向かった場所、そこは小さな売店だ。
本堂の右隣の道を進んでいくと、車を停めておくための駐車場に出るのだが、その直前に売店がある。
案の定、望美はいつの間にか焼き栗を1袋買って食べていた。
英春「嗅覚もいいのか?お前…。」
望美「まあね〜。食べ物だけは欠かさないからさ。」
すでに望美はかなりの量の栗を平らげていたらしい。
和城「いいなあ…。」
鍛郎「あ、和城。遅かったな。どこ行ってたんだよ。」
どうやら、いつの間にか和城を置いて行ってしまっていたらしい。これは、申し訳ないことをした…。
和城「すまんな。もみじの種を拾って集めてた。」
前言撤回。こいつ、故意に遅れてきやがった。
幸伶「それにしても、いいなあ栗。僕にも少しちょうだい。」
優来「…そういえば、前追風村の森で拾った栗は…。」
英春「ああ、3日も持たなかった。」
優来「…さすが望美ちゃん…。…って、ヒデ、何かいつの間にか五平餅持ってんじゃん!」
凌貴「い、いつの間に…。注文してからできるまで時間かかるのに…。」
俺は売店に来た際、さり気なく受付に寄って注文していた。そして、和城のやりとりを聞きながら、出来上がった五平餅を受け取ったというわけだ。
栗を食べている望美を発見してから和城が戻ってくるまでに時間があったから、受け取って来れたというわけだ。
鍛郎「僕も買ってこよ。」
優来「私も〜。」
英春「…皆の分注文すればよかったな…。さて、俺は五平餅をいただきますかね。あ〜……。あ?え?…五平餅どこ行った…?」
売店の受付を眺めていて、手に持っている皿から目を離していた。俺はプラスチックの皿から五平餅の持ち手を取ろうとした。だが、そこに目をやると、五平餅はなく、代わりに五平餅の代金がキッチリちょうどで乗せてあった。
…はあ…、本当、何なんだよ…。
英春「…おい、望美…。」
望美「…………。」
英春「顔をそらすな。…お前、俺の五平餅、どこにあるか知ってるか?」
望美は、涼しいのに冷や汗を大量に流して、顔をガチガチにゆがませながら、自身の腹部を指さした。
英春「…自分で買ってこいよ…。」
望美「…はい…。」
望美には後で説教するとして、もう一度買ってこないといけないな…。俺は皆が並ぶ売店に、再度並んだ。
…とはいえ、こうして、俺にとっての恒例行事"鳳来寺参拝"は、何とか無事に終わったのであった…。
幸伶「湯谷温泉行こうよ!」
英春「お前旅館に泊まりたいだけだろ!」
幸伶「バレた。」




