第50話 身支度の真髄 前編
あれからというものの、時間が過ぎるのが早く感じている。
散々、時間の経過を待っていたのがウソのように、今、1分1秒がもったいないほど、時間が早く過ぎる。
なぜなのかは、もちろんわかっている。
今が楽しいからだ。
今日は10月3日土曜日。明日が紅葉神社秋祭りの開催日だ。
前から言っていた通り、俺たちはその日、屋台で幸伶が考案したオリジナルのアメであるタマゴンとまめめんというものを売るのだ。
その前準備として、今日は休みの日なのに学校に集まっているというわけ。
朝から和城が盛大に転んだり、幸伶が包み紙用のビニールを忘れたり、いつも通りのごちゃごちゃした雰囲気で準備は始まった。
素朗「さて、まずは前々から依頼していた屋台を持ち出さないとね。幸伶、先生のところに行って業者の人と連絡とってきて。」
幸伶「あいわかった~。」
素朗「あと、虎彦と剣蔵、幾斗、凌貴は届いた屋台の塗装ね。よっぽど変なデザインじゃなければ好きに作っていいよ。あと、凌貴はこの3人のストッパーとして頑張ってもらうよ。」
凌貴「あー、本当に言いにくいんだが、1人で3人を見れる自信がない…。」
素朗「まあ、そりゃそっか…。じゃあ、鍛郎、凌貴と一緒に行ってきて。」
鍛郎「はいはーい。」
と、こんな調子で朝早くに集まった4年い組の面々は、素朗の指示のもと、各々で仕事を始める。
俺はというと、発電用のガソリンエンジンと屋台の装飾の回収である。
屋台で使う物品はほとんどが学校名義で注文されている。だから俺たちは、まず職員室の入り口からこれらを持ち出さないといけない。
本当、ホームセンターがないっていうのは面倒だ。
まあ、しかたないか。山奥の村なんだからな。
望美「せっかくなら試食係とかにしてくれたらよかったのに~…。素朗のけちんぼ。」
英春「お前に任せたら全部なくなるからに決まってるだろうが。」
疾照「そうです。一昨日それでちょっとしたけんかになったことをもうお忘れですか?」
望美「いや、それは本当にごめんなさい。でも、私なら的確に長所と短所を見分けられるのになあ。」
英春「はいはい、空想はその辺にしておけよ。これから力仕事なんだから。」
まだまだ言い訳を言っている望美を適当にあしらいつつ、俺たちは職員室へ急ぐ。
ガソリンエンジンの持ち運びなど当然やったことなどないが、十中八九重いだろうから、気を引き締めなければならない。
そうして廊下を進んでいると、正面からバラバラになった屋台のパーツを運ぶ凌貴一行が現れた。
疾照「大変そうですねえ…。」
鍛郎「ま、まあね…。バラバラになったとはいえ丈夫な建材を運んでるようなもんだから、そりゃ重いさ…。」
見るからにつらそうな顔をする鍛郎と凌貴を横目に、案の定虎彦や剣蔵、幾斗は空気でも運んでるのかってくらい軽々とパーツを持っていく。
凌貴「本当、あの3人の筋肉はどうなってるんだか…。よし、あと少しッギャアアアアアアアア!!」
望美「え!?凌貴!?」
英春「おい凌貴!大丈夫か!!」
凌貴は無理に重いものを持っていたせいで、背中を痛めたらしく、その場にうずくまる。
数分するといつも通り動けるようになった。
疾照「不安なので私がついていきます。」
凌貴「いや、でも、発電機が…。」
英春「発電機と装飾品はこっちで何とかするから安心しろ。疾照、頼んだ。」
疾照「わかりました。そちらはお願いしますね。」
凌貴「ありがとうみんな…。うう、まだ痛い…。」
そういうと、疾照は凌貴とともに屋台のパーツを持ち、教室へ戻っていった。
凌貴の容体が少し不安ではあるが、俺たちは当初の予定通り、職員室で発電用ガソリンエンジンと装飾品をもらってきた。
英春「け、けっこう重いなこれ…。」
望美「大丈夫なの?それ。」
英春「持てないことはない…。」
しょっちゅう米袋を担いでいた身からすれば、大した重さではないのだが、それでも重いものは重い。
それにしても、装飾品もそれなりに重いはずなのに、よく他人への気遣いなんてできるな…。
望美「ん?どうかした?」
英春「いや何も。」
望美「にしてもさ、もう半年近くたったんだね、ここに来て。」
英春「半年…。まあ、それくらいか。」
望美「本当に楽しいよね、ここの暮らし。不便なことはたくさんあるけどさ、豊橋じゃあ絶対に感じれないものがたくさんあるよね。ずっとここにいられたらいいのに…。」
…以前だったら、”豊橋”という地名を聞いたら吐き気がしていたのに、それもだいぶなくなってきた。
自分の心の変化に耳を傾けてばかりの俺を置いて、望美は続ける。
望美「ねえ、ヒデはここの暮らし、満足してる?」
英春「…どうだろうなあ。ここにはうるさいやつとか胃袋ブラックホールのやつとか、無口なやつとか、怒らせると怖いやつとか、面倒な人間がたくさんいるからなあ。」
望美「嫌味?嫌味だね!?それ!」
英春「さあ、どうだろうな。」
そして、俺は続けざまにこう言った。
英春「でも、前の暮らしよりは断然楽しい。」
その言葉を聞けて満足したのか、望美はあからさまに上機嫌になった。
しかし、やはり心に突き刺さってくる言葉はいつも同じらしく、今回も”ずっとここにいられたらいいのに”という1文にひどく苦しめられる。そりゃ、いつかは終わる。もう半分終わった暮らしだ。
そのうちあそこに戻らなければならない。
…裏切らないだろうか。そう考えた時、俺ははっとした。俺は、またいじめられるのも怖いが、それ以上に、友人の裏切りに恐れているのだ。ようやく理解した。
もう半年も共に過ごした友人たちを、俺はまだ、信じれていないのか…。そんな俺に、幸伶や望美、和城や疾照はくったくのない笑顔を見せてくれるのか…。
そう考えると、俺は、とてつもなく申し訳なく感じた。
やはり、人は、怖い。
望美「ヒデー?何してるの?早く行こうよ。疾照が心配しちゃうよ。」
俺はそこで、その場に立ち止まっていることに気が付いた。
英春「すまん。今行く。」
俺は、祭りという楽しさに、どうにかこの気持ちを消してくれるよう懇願しなければならないらしい。
はあ、ほんとう、いろいろ大変だよ…。




