第5話 孤立錯視
さて、ここに引っ越してから初めての自由時間なわけだが…。俺には本しかないので静かに読書をすることにする。…そうしようと思っていた矢先、隣の部屋から爆音が流れてきた。最初のあたりは我慢できたのだが、10分経つと、俺の怒りはかなりのものになっていた。
英春「……ああもううるせえ…!こっちは本読んでんだよ!!」
たぶん、この爆音の主は幸伶だ。おおかたゲームでもやっているのだろう。あまりにもうるさいので、少し隣の部屋の住民に抗議の意を申し立てに行かなければならない。
俺は部屋から出て、幸伶の部屋の戸をノックした。
…反応なし。ここまでは想定内。
2回目のノックをしたが、これもまた反応なし。
よく耳を澄ますと、周りの音をかき消す爆音のなかにはしゃぐ声も混じっている。…待て、俺が自分の部屋を出るときはここまで静かではなかったよな…。もっとうるさかった印象だ。
もう埒が明かないので、とりあえず戸を開けた。
英春「おい、幸伶お前なにし…」
幸伶「あれ、英春くんどうしたの。」
望美「ふ〜ん、英春はノックしない派か〜。」
英春「お前らがノックしても返事しないからだろうがよ…。…それより、何でゲーム実況の動画を流しながら本読んでんだよ…。集中できんだろ…。」
幸伶が座っているソファーの横にはタブレットが置かれていて、そこから動画を再生しているようだ。
幸伶「いやあ、これがけっこう集中できるのよ。さっき音量ミスって大惨事だったけどね。」
あっさり自供したぞこいつ…。にしても、この実況者、幸伶に声似すぎだろ…。
望美「で、けっきょく英春は何しに来たの?」
英春「…あー…、うるさかったから抗議に来ただけだ…。俺も本読んでんだよ…。」
幸伶「じゃあ英春くんも一緒に…。」
英春「死んでも嫌だ。」
その日は疲れのせいもあってか、ぶっ倒れるようにして寝てしまい、気づいたら朝になっていた。
見慣れない天井で少し焦ったが、移住したことを思い出した。
…まだ5時。みんなを起こすにはまだ早い。というか、幸伶と望美に関してはどんな手を尽くしても起きないだろう。
下に降りてみてもまだ電気がついていないので薄暗い。…散歩でもするか。村の地図はあるし、これから1年間暮らす場所のことは極力知っておきたい。
英春「うわ、やっぱり4月でも寒いな…。上着持ってきておいてよかったな…。」
…今見ても大きいなこの家…。修繕していないとはいえ、こんな家があと数軒あるんだもんな…。過疎化が進んでいるとはいえ、地方自治体。金はあるわけだ…。
日も昇りかけていて、山々からかすかに日光が現れてきた。その光は、遠くに見える湖や、草木、屋根を照らしていた。
南に行っても湖しかないので、バス停周辺の人口集積地に行くことにした。
…スーパーがある…。服屋もある…。電気屋もある…。駄菓子屋もある…。本当に田舎か?ここ。
でもコンビニはない。やっぱり田舎だった。
30分程度で散歩を済ませ、家に帰ると疾照が起きていた。
疾照「あ、英春さん、おはようございます。」
英春「…ああ。おはよう。……何読んでんだ…。」
疾照「あ、朝食を作ろうと思ったんですけど、いまいち何を作ればいいのかわからなかったので、料理本を読んでるんです。」
英春「…はあ、とりあえず米炊くぞ。」
疾照「え、あ、はい!」
俺と疾照は台所に移動した。何も考えず、ただ、いつものように料理の準備をしていく。
英春「とりあえず味噌汁と卵焼き、あとは冷凍食品のおひたしでいいだろう。はい、鍋に水と煮干しパウダー入れて。」
疾照「は、はい!」
俺は疾照に取っ手付きの片手鍋を渡した。
あとは色んな事を同時並行で進めるだけである。特に新鮮さもない作業だな…。
疾照「ひ、英春さんって手際がいいですね…。もう完成しちゃいましたよ…。」
英春「…こういうのは基礎中の基礎だ。これくらいてきないと、この先料理をしていくのは不可能だ。」
疾照「は、はい…。頑張ります。」
すると、上からドタドタドタと言う音が聞こえてきた。
な、なんだ…?足音…?階段を急いでくだる音だ。…まさか…。居間のふすまをあけたのは、案の定望美だったのだが、
英春「…ね、寝てる……????」
こいつ、食欲という生物の本能だけで体を動かしていたのか…???
疾照「望美さん、起きてください。直立されると困りますよ。」
待て待て待て、何で平然としてるんだ疾照!!
これは何が何でも驚くだろ!!
望美「んあ、あれ、私、何で直立で寝てたの…?」
英春「もう…、なんでもいいか………。飯ができた。座って待ってろ。」
俺は幸伶と和城を起こさないといけない。
疾照「あの2人を起こしてくれるんですか?すみません、何から何まで…。お願いします…。」
望美「行ってらっしゃ〜い。」
階段を登っている最中、俺はふと思った。
…何で溶け込んでいるんだ…。あいつらの輪のなかに…。自分から"関わりたくない"と言ったのに…。
まあ、いいか…。あいつらは、人間は、必ずどこかで裏切ってくる。それがいつかはわからんがな…。




