第30話 夜闇を貫く音
幸伶の迷惑行動も終わり、夜の8時になった。
俺と幸伶、望美は一旦家に帰り、そして、再びこの森にやってきたというわけだ。大人の付き添いに、警備のおじさんを連れ出した。
さすがに夜の森を小学生だけで行くのは危なすぎるからだ。
吉興「どこまで行くんだぁ?」
英春「あと少しでバナナトラップ1番地なんですがね…。」
幸伶「望美〜道大丈夫なの?」
望美「幸伶じゃあるまいし、大丈夫だよ。あ、あった!あれだよ。」
望美が指差す先には、確かにトラップがあった。だが、虫がいるような雰囲気がない。
英春「…何もいないぞ。」
望美「え、嘘だあ…。…ほんとだ…。」
吉興「こんな山の入り口に吊るしたところで、虫が寄ってくるもんか。もっと奥の方に吊るすのが、1番いい。」
たしか、もっと奥にかなりの数のトラップを仕掛けたはずだ。ライトトラップも含めて。まだ期待はできるらしい。
今回仕掛けたバナナトラップは、全20箇所。森の端から奥地まで、それぞれ番号をふってある。
ライトトラップは、金も資材もなかったので、森の中間にあたる10番地付近のみに置いた。
望美「あ、あった!バナナトラップ2番地だ!」
さすがに等間隔で20個もトラップを仕掛けていると、1個1個の距離は近くなる。はじめはそれでいいのかとも思ったが、あまり動かずに何度も期待を抱くことができるのはよいかもしれない。
幸伶「…ここも何もいないね…。」
英春「……トラップの裏に何かいないか…?」
望美「え…?」
風が吹いていないにも関わらず、木に吊るされているそのトラップは、少し揺れたのだ。
英春「おじさん、少し見てもらっていいですか?」
吉興「お、俺が見るのかよ…。…仕方ねえなあ…。何見ても驚くなよ。」
望美「そんなビビるようなものなんて出ないでしょ。」
幸伶「うんうん。」
…俺が警備のおじさんに頼んだのは、なんとなく嫌な予感がしたからだ。
悲しいことに、この村に来て以来、その嫌な予感というのは幾度となく当たってきた。そのため、俺は自分の中の直感に従ったわけだ。
そして、今回もやはりその予想は当たったようだ。
望美「きゃあああああああああああああ!!」
幸伶「うわああああああ!!バケモノオオオオオオ!!」
どうやら、ひっくり返したトラップに、変な紋様のチョウがひっついていたらしい。
英春「ほ〜、ジャノメチョウ。初めて見た。」
吉興「よく知っているな。ジャノメチョウは天敵から頭部を守るために、羽に目のような模様をつけて騙すんだ。そうすることで致命傷を避ける。」
おじさんが解説している間も、2人はビビり散らして木の周りをぐるぐる周って、文字通り逃げ回っている。
確かに、初見で実物を見たら、そりゃ腰を抜かすだろう。俺だって森でこれが飛んできたらビビる。
2番地と同じく、3、4番地も蛾だのチョウだのしかおらず、幸伶や望美が考えていた甲虫類(カブトムシやクワガタに代表される、背中が硬い羽に覆われている虫)
は、一匹たりとも見つからない。
しかし、5番地に近づいてきたとき、転機が訪れた。
幸伶「おおお!!英春くん!見てよコレ!」
英春「なんだよ…。あ、いるな。」
望美「なになに〜?」
幸伶「コイツ!!これ、コクワガタだよ!」
幸伶が木の幹にとまっていたオスのコクワガタを捕まえたらしい。
吉興「コクワか。やっと見つけたな。」
幸伶「ま、コイツは逃がすか〜。」
望美「ええええ!?逃がしちゃうの!?」
幸伶「オオクワガタ目当てで来てるからね、ボクは。」
天然のオオクワガタは絶滅危惧種だ…。いるわけない…、と思ったが、よくよく考えれば、この村には同じくゲンゴロウがいる。…いてもおかしくないか…。
そして、ようやく5番地についた。
…のはいいのだが…。
英春「…スズメバチだな…。」
幸伶「…最低だ…。」
英春「何がだ…。」
悲しきかな、トラップには、やはり目当ての虫は一匹たりとも現れない。スズメバチは危険なため、ここは無視して6番地に向かう。
…が、7、8、9番地には、そもそも虫がいなかった。
次の10番地を越えると、ライトトラップである。
これが1番の目玉トラップなのだが、その前に10番地がどれほどなのかを知る必要があった。
幸伶「ちょっと、先に行ってくる。」
英春「あ、おい!幸伶!」
望美「幸伶〜!!」
あまりにも撮れ高…、ならぬ取れ高がなさすぎて、焦ってきているのだろう。
…遭難するぞ…。もう勘弁してくれ…。
少し歩くと、トラップ10番地の前に立ち尽くしている幸伶を見つけた。
望美「幸伶?どうしたの…?」
英春「……。」
幸伶「カブトムシだ。」
幸伶の手のなかには、確かにカブトムシと、ヒラタクワガタがつかまれていた。
望美「え?これカナブンでしょ。ツノがないもん。」
吉興「カブトムシのメス個体だな。メスにはツノはないぞ。他の虫と戦う必要がないからな。」
望美「へえ〜。」
一方、ヒラタクワガタのほうはかなり立派なオスである。なんとなくで持ち帰るようだ。
とうの幸伶はというと、オオクワガタが捕れないことに不満たらたらな様子。…諦めろ。
10番地から少し離れたところに、遠くからもわかる明かりが見えた。あれがライトトラップである。
またもや幸伶が先走って向かっていった。なぜそこまでしてオオクワガタを欲するのかはよくわからない。
…売るつもりなのだろうか…。
吉興「ほう、けっこう立派なもんこしらえたなあ。」
英春「本当…。これ作るのに何時間かかったことか…。いろんな意味で…。」
吉興「…ようあの子の面倒見てられるなあ…。」
幸伶「うおおおおあああああああああ!!」
突然、森の中に叫び声がとどろいた。多分、何頭かの野生動物が逃げ出した。それほどまでに、うるさい。
英春「うるせえぞ幸伶!」
幸伶「いやいやいや!!いたんだよ!!」
望美「え、まさか、見つけたの!?」
幸伶「そう!そのまさかだよ!!」
幸伶は手を後ろに置いていたので、何を手にしているのかはわからない。のだが、まさか、本当に…?
幸伶「本当にいたんだよ!!ミヤマクワガタ!!」
望美「ダハッ!!」
英春「ゲッ!!」
幸伶以外の3人は、その場でずっこけた。
英春「オオクワガタじゃねえのかよ!!」
幸伶「いや、僕ミヤマクワガタはじめて見たんだよ。」
ライトトラップには、いろんな虫がひっついていたが、大抵はカブトムシやノコギリクワガタ、コクワガタやカナブン、蛾だのチョウだのばかりで、やはりオオクワガタはいない。バナナトラップ11〜20番地にも、その姿はなかった。
次の週の土曜日、俺たちはひたすら家でゆっくりしていた。虫取りの疲れが今だに癒えていないのだ。
幸伶「あ〜あ、オオクワガタで金稼ぎしようと思ったのに…。」
英春「…やっぱりな…。」
あのあと、望美がどうしても飼いたいというので、カブトムシのオス・メスと、ヒラタクワガタを虫かごで飼うことになった。
…結構、色々と出費がかさんだ気がする…。
…2度とやらんぞ…。虫取りなんて…。




