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第44話:思わぬ取引

「ステラ様、お会いしたかったわ!」


 ステラは好奇に目を輝かせた婦人たちに取り囲まれた。

 なんとなく既視感のある光景にステラは苦笑した。


(そうだわ、お茶会の時と同じ)


 やはり質問されるのはローワンのことだった。

 だが、以前よりずっとスムーズにローワンのことを話せるようになっていた。


「ローワン様って感情を表に出されないですけど、家では違ったりするんですの?」

「家でもあまり変わりません。ですが、お話しはきちんと聞いてくださるし、気遣いや思いやりは伝わってきます」


 ステラの言葉に感嘆のため息がもれる。


「やっぱり奥様には心を開かれるのね……」

「王命での結婚って聞いて心配だったんですけれど杞憂でしたわね」


 ご婦人方がにこにこと笑う。


「それより、シャーロット様は大丈夫?」

「かなりご機嫌悪そうよね」


 ステラは遠くにいるシャーロットに視線を向けた。

 華やかな深紅のドレスを着たシャーロットはどこにいても人目を引く。


「あの方、かなりローワン様に執着なさっていたから……」

「ねえ。他のライバルの方に嫌がらせをされたり」


 ステラは皆から心配げな目を向けられる。


「シャーロット様にはお気を付けて」

「結婚されたからって諦めるような方ではないから」

「そ、そんなに!?」


 脅かすような言葉にステラは驚いた。ご婦人方が顔を見合わせる。


「まあ、ローワン様が守ってくださるとは思うけれど」

「相手は王族の姫ですからね」


 ステラはごくりと唾を飲み込んだ。


(なにがしかの嫌がらせをされる可能性があるってこと?)


 心が揺れ、ステラは慌てて背筋を伸ばした。


(怯えてはダメ。私は公爵夫人なのだから、毅然としなければ)


 思わぬ敵意の存在に一瞬怯んだステラだったが、ノエルことを思うと心が奮い立った。


(何をされても、言われても堂々とする。相手に軽んじられないよう、実績を積み上げていく。そうよ。魔宝石師の資格だって取ったのだから)



 ご婦人方と一通り挨拶を済ませたステラは一人になりたくて、化粧室に入った。


「ふう……」


 美しい縁取りがなされた鏡を見る。

 化粧では隠せない疲労が浮かんだ顔が映っていた。


(いつか慣れるのかしら、こういう社交も……)


 カツカツというヒールが床を叩く音がし、ステラはハッと入り口を見やった。


「いったいあなたなんかのどこがいいのかしら」


 入室してきたのはシャーロットだった。

 どうやらステラが一人になる時を待っていたようだ。


 空気に緊張がぴりっと走る。ご婦人方から受けた警告が否が応でも思い浮かんだ。

 シャーロットが真紅に塗られた唇を歪める。 


「理解できないわ。貧乏貴族の引きこもり令嬢を妻にするなんて」


 冷ややかな目がステラを射る。


「ほんと、不釣り合いもいいところよ!」


 燃えるような敵意を含んだ目に、ステラは息を呑んだ。


「ねえ、あなた。いくらほしい?」

「は?」

「お金よ。贅沢な生活がしたくて結婚したんでしょう? あなたが望むだけあげるわ。だから離婚してくれない?」

「……!!」


 まさか王族の姫がこんな露骨に取引を持ちかけてくるとは思わなかった。


 ステラはヨシュアの話を思い出した。


(確かに幼さを感じるわ。自分が世界の中心で、思い通りになると思っているのね)


 唖然とする一方で、悪くはない取引だと感じる自分がいた。


 ステラは地位や権力に興味がない。

 公爵夫人という立場が不要であれば、暮らしていけるお金があれば自由でいいかもしれない。


(でも――)


 自分に心の内を打ち明けてくれたローワンの姿が思い浮かぶ。


 彼が少しずつ歩み寄ってくれているのをしっかり感じていた。

 冷ややかな表情の下には、真摯で優しい一面があることももうわかっている。


(今や、私にとってローワン様は軽々しく手放せる存在ではないわ。そして何よりローワン様と離婚したら――ノエルはどうなるの?)


 自分はノエルにとってただの継母だ。

 公爵家を出ることは、すなわちノエルとの縁が切れることになる。


(考えられないわ)


 ノエルの心細そうな顔が浮かぶ。きゅっと握ってくる小さな手の感触も。

 さらさらの髪の手触り、控えめな笑顔――すべてが愛しい。


「お断りします」


 ステラはまったく迷うことなく答えていた。


(私、もう彼らと家族なんだわ……)


 皮肉なことに、シャーロットとの出会いがステラの家族の絆を明確にした。


 密かに幸せを噛みしめるステラを、シャーロットが憎々しげに見つめる。


「なんであんたなんかが……っ!」


 唇をわななかせるシャーロットに、ステラは何も言えなかった。

 なぜシャーロットがここまでローワンに執着するのがわからないが、諦めきれないのはつらいだろう。


「何よ……その目」


 シャーロットの目がつり上がり、じりっと近づいてきた。

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