表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/51

第37話:バーバラの誘惑

 借金をすげなく断られ、バーバラは激怒した。


 怒りに任せてクッションを床に投げつけてみたが、心は晴れない。


(何よあれ……上から目線で!)


 怒鳴りつけてやりたかったが、ここではステラが女主人だ。

 オーガストの件もショックだった。


(あいつ……怪しいと思ったらやっぱり!)


 なぜステラが知っているのかはわからないが、思い当たる節があった。


 以前、オーガストが長い黒髪を服に付けていたことがあったのだ。

 思い返せば不審なことがたくさんあった。


(あんな男、こちらから願い下げよ。たかが男爵だし)


 バーバラはさっさとオーガストを切り捨てることにした。

 だが、胸の苛立ちは消えそうにない。


(あーあ、辛気くさい実家に戻りたくないわ。やっぱり泊めてもらおう)


 ゆったりと広く、豪奢な調度品に囲まれた公爵の屋敷は快適だった。


 バーバラは片付けにきた使用人にローワンの執務室の場所を聞いた。

 ステラごときに簡単に追い返されるつもりはなかった。


(せっかく来たんだしね。それに交渉するなら、ステラなんかよりやっぱり公爵様でしょう。しょせん、ステラはお飾りの妻なんだから)


 執務室に案内され、バーバラはドアをノックした。


「どうぞ」


 部屋に入ったバーバラは息を呑んだ。


(何、この美しい男は!)


 黒髪の凜々しい美男子がデスクの前にいた。


(噂には聞いていたけれど、こんなに美形の男性なんて……!)


 高級な貴族服がしっくりと馴染んでいる、完璧な貴族の男性だ。


(これは皆が噂するはずだわ)


 バーバラはずいっと足を進めた。

 ローワンが密かに眉をしかめるのにも気づいていない。


 バーバラは髪をかき上げ、艶然と微笑んでみせた。

 あまたの男性を虜にしてきた笑顔だ。


「姉を訪ねてきたのですが、つもる話があって……今日はここに泊めていただけないでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。客間を用意させます」


 ローワンがあっさりとうなずく。

 バーバラは満足感でいっぱいになり、鼻の穴を膨らませた。


(ほうら、私が頼めば簡単よ。冷徹公爵って噂だけれど、私の前ではただの男よ)


「あと二時間ほどで夕食です。準備させますので、その頃に食堂へどうぞ」

「ありがとうございます。ね、少しお話ししませんこと?」


 バーバラはするっとローワンの傍らへと体を滑り込ませた。

 そっと立派な肩に触れる。


 ローワンがバーバラを見上げてきた。


 どんな男でも、バーバラに触れられると嬉しそうにしたものだ。

 だが、返ってきた反応は冷ややかだった。


「私に触るのをやめてもらえますか」

「えっ、あっ、はい……」


 あまりにきっぱりした口調に、バーバラは慌てて手を離した。


「今、仕事中ですので用がなければ出ていってください」


 素っ気ない言葉だった。


「あの、私、まだ屋敷に慣れていないんですの。夕食の時、エスコートしてくださる?」


 甘い声でしなだれかかったが、ローワンが迷惑そうに顔をしかめた。


「侍女に申しつけておきますのでご心配なく」


 そう言うとローワンは、もうバーバラの存在などなかったかのように書類に目を落とした。


(な、何よ……)


 バーバラは不本意ながら、部屋を出るしかなかった。

 時間になり、食堂に案内されたバーバラはまだ機嫌が直っていなかった。


(夕食のあと、私の相手をしてもらわないと! 私はお客様なのだから!)


 席についていると、ステラが食堂に入ってきた。

 バーバラを見ると、露骨に顔をしかめる。


(ふん、私はローワン様の許可をいただいているんですからね!)


 続いてローワンが食堂に入ってくる。


「ローワン様!」


 バーバラが立ち上がると同時に、席につこうとしていたステラがよろけた。


「ステラ!」


 ローワンが駆け寄り、ステラを支える。


「大丈夫ですか? また無理をしたのでは?」

「いえ、私は平気です」


 ローワンがすっとステラの手を取る。


「ダメです。食事は部屋に運ばせましょう」

「でも、ノエルが……」

「ノエルも部屋食にすればいい。行きましょう」


 ローワンがステラを支えながら食堂を出ていく。

 仲睦まじい夫婦の姿に、バーバラはぎりっと歯を食いしばった。


(何よ! ステラにはあんなに優しく! なんで? 形だけの夫婦なのに!)


 バーバラは食堂で待っていたが、ローワンが戻ってくることはなかった。



 翌日、朝食を食べ終えたバーバラはふう、と切なげにため息をついた。


「私、気分が(すぐ)れませんの。今日も泊めていただけないでしょうか」


 バーバラは同席しているローワンをちらっと見た。

 ステラが嫌な顔をしているが、断れるわけがない。


「構いませんよ」


(やった!)


 ローワンの言葉にバーバラはステラを傲然と見やった。


(ほうら、文句を言えないでしょう? なんといっても旦那様のお言葉よ!)


 すっかり気分が良くなったバーバラは客間でふんぞり返った。


「お茶とお菓子を持ってきて!」


 一瞬メイドの顔が引きつったが、黙って引き下がった。


「何よ、お客の対応くらい簡単でしょ。しかも、私は女主人の身内なのよ!」


 もっとちやほやされてもいいのではないか。

 そう思ったバーバラだったが、その後誰も客間に訪ねてくることはなかった。


「はあ、暇……」


 いつもなら町に出かけたり友達の家に押しかけるところだが、そうもいかない。


「ローワン様は?」


 お茶を持ってきたメイドに聞いたが、素っ気ない返事がかえってきた。


「お仕事で外出中です」


 はあ、とバーバラはため息をついた。

 もっとアピールしたいというのに。


「ああ、いい男がいないかしら……」


 バーバラはだらだらと部屋で過ごし、昼ご飯も客間に運ばせた。

 ローワンがいないのに、食堂に行く意味がわからない。


 持ってこさせたファッション雑誌を、適当にめくっていたときだった。

 何やら玄関の方が騒がしいことに気づいた。


 窓から外を見ると、使用人たちが慌ただしく玄関に集まっている。


「何かしら」


 バーバラは目を疑った。窓の外に、白銀の髪の紳士が立っていた。


「……嘘、ヨシュア・リンデル!?」


 ヨシュア・リンデル公爵と言えば、国一番の美男子と言われる人気者だ。

 ローワンと並んで憧れの独身男性として名を馳せていた。


 噂の社交界の華を目にし、バーバラの興奮は頂点に達した。


(冷ややかなローワン様とは対照的に、明るく親しみやすいと噂のヨシュア様……)


「紹介してもらわないと!」


 バーバラは意気込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ