第36話:バーバラ来訪
(あれから、ローワン様は変わったわ)
ジャレッドに結婚祝いをしてもらってから、忙しくも穏やかな日々が続いた。
大きな変化があったのが、ローワンが朝食だけでなく夕食も共に取るようになったことだ。
特に連絡事項以外の話をしたりノエルに声をかけたりはしないが、必ず食事の席につくようになっていた。
ノエルも最初は驚いていたが、最近では慣れたのか気にしなくなっている。
いつの間にか自然と三人で食卓を囲んでいた。
(まだ目を合わせないけれど……少しずつよね)
ローワンの態度が目に見えて柔らかくなっている。
毎日見ていたステラはそのことに気づいていた。
そしてローワンはステラに対しても態度が変わった。
目が優しいのだ。ピリピリした空気はなりを潜め、穏やかな表情をするようになった。
ただ、時折そわそわしたり、焦ったように物を落とすのが若干気になる。
(でも、いい方向に変わっているのを感じる)
思わぬ来訪者があったのは、そんな時だった。
「奥様、お客様がいらしております」
珍しく動揺した様子のケンドリックが報告にきた。
「私にお客様……? どなた?」
まったく心当たりがなかったステラが驚いて尋ねると、ケンドリックが口を開いた。
「妹のバーバラ様と名乗る女性です」
「バーバラが!?」
ステラは驚いて立ち上がった。
「応接室にご案内しております」
「ありがとう、ケンドリック。すぐに行くわ」
ステラは鑑別していた宝石を箱に仕舞い、足早に屋敷に戻った。
(いったいどうしてバーバラが……手紙もなくいきなり来訪だなんて)
義妹のバーバラとは不仲だった。懐かしんで会いにきてくれたとは考えづらい。
(嫌な予感がするわ)
応接室に入ると、髪を巻き華やかな装いをしたバーバラが立ち上がった。
「久しぶりね、ステラ!」
「ええ、バーバラ。急にどうしたの?」
「ふふ。ちょっと用事があってね」
バーバラが深紅に彩られた唇で笑みを浮かべる。
(まるで邪悪な魔女ね)
ノエルに読んであげた絵本に出てきた魔女そっくりだ。
「それにしても急に来るなんて」
バーバラがうるさそうに大きく手を振った。
「手紙なんてまどろっこしくて! いいじゃない。どうせ暇なんでしょ? 形だけの妻なんだから!」
決めつけるように言うバーバラに、ステラはさすがにムッとした。
家を出てからおよそ一ヶ月半になる。
ステラの状況は激変していたが、バーバラの中では家でうじうじしていた無能な義姉のままなのだろう。
「失礼致します」
お茶のセットを持ったケンドリックが入ってきた。
優雅な手つきでセッティングしながら、ちらりとステラに目線を走らせてくる。
どうやら急な来訪者を警戒し、心配してくれているようだ。
(大丈夫。助けを借りなくても対処できるわ)
そういう意味を込めて小さくうなずいてみせる。
ケンドリックが出ていくと、バーバラがどかっとソファに腰を下ろした。
「はー、噂には聞いていたけれど、本当にすごいお屋敷ね! ウチとは全然違うわ。広いし何より高級品ばかり!」
バーバラがお茶に口をつけながら、応接室をじろじろと見回す。
「ダメですよ、坊ちゃま!」
マリベルの声がしたかと思うと、応接室のドアが開いた。
「おかあさま!」
ステラを見るなり、ノエルが目を輝かせて走ってくる。
「ノエル!」
「申し訳ございません。来客中だとお伝えしたのですが……」
マリエルが困ったようについてくる。
「いいのよ。そうね、ごめんなさい。一緒にお茶をする約束をしていたんですものね」
倒れて以来、根を詰めないよう午後にノエルとお茶会をするようにしていた。
適度な休憩を定期的に取るための案だったが、癒やしにもなりステラもお茶の時間を楽しみにしていた。
さらさらの髪を撫でると、ノエルが嬉しそうにしがみついてくる。
誕生日パーティーを境にノエルはますます素直な愛情表現をしてくれるようになっていた。
ステラはバーバラが呆然とこちらを見ていることに気づいた。
「ノエル、ご挨拶をして。私の妹よ」
「こ、こんにちは……」
人見知りが発動したノエルがもじもじする。
「バーバラ、ノエルよ。ローワン様の養子で甥っこなの」
「は……?」
バーバラがノエルをまじまじと見つめる。
その威圧的な視線に怯えたように、ノエルがステラの腕にすがりついた。
「つまり、継子ってこと?」
「そうよ」
バーバラがのけぞったかと思うと、高らかに笑い出した。
「あーははっ! 継子ですって! ステラ、あなた継母になったの!?」
いきなり大声で笑い出したバーバラに、ノエルが怯えたように体をすくめる。
「マリエル、ノエルを連れていってちょうだい」
ステラはさっと指示をした。これ以上、バーバラと関わらせていいことはなさそうだ。
「ノエル、後でお茶をしましょうね」
不安げに振り返るノエルに、ステラは微笑んでみせた。
ノエルが出て行ったのを確認し、ステラはバーバラに向き直った。
「バーバラ、いきなり大声を出さないで。ノエルが怯えるわ」
「だってそれどころじゃないもの」
バーバラはくっくっ、と笑いを抑えきれないでいる。
「優雅に公爵夫人をしていると思ったら、継子の子守なんて哀れ!」
蔑むような響きに、ステラは怒りを覚えた。
「ノエルといるのは楽しいわ。私が好きでやっているの」
「まあ雑用係のあなたにお似合いかもね。それとも公爵の機嫌取り?」
嫌みな言葉に頭が痛くなってきた。
「バーバラ、何の用なの? 用がないなら帰ってちょうだい」
「用ならあるわ。お金を貸してほしいの」
ステラは一瞬驚いたが、すぐに腑に落ちた。
バーバラの散財癖はよく知っている。
「だから急に来たのね」
「オーガストが投資に失敗して負債を抱えたの。このままじゃ結婚が遅れてしまうわ。だから、その分を借りたくて」
バーバラが急に哀れみを誘うように手を握った。
「あなたは継子まで愛せる慈悲深い人でしょう? 妹の結婚の危機をきっと救ってくれるわよね?」
バーバラのあまりに厚顔無恥な態度に、ステラは呆れ返った。
「あなたに貸すお金はないわ」
「そんなあ。お小遣いをたくさんもらってるんでしょう? 少しくらい分けてくれても」
ステラは大きくため息をついた。この際、はっきり言っておいた方がいいだろう。
「いい機会だから言っておくわ、バーバラ。オーガストは不実な男よ。他に女性がいるの」
「は?」
「黒髪の女性よ。この機会に縁を切ったほうがいいわ。じゃあ、さようなら」
ステラは言い捨てるとさっさと部屋を出た。もう関わる気はなかった。




