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第34話:結婚祝い

 ジャレッドの馬車に強引に乗せられ、ステラはローワンと並んで座った。


「いろんな国を回ったんだが、気に入ったおもてなしがあってな。再現してみたんだ! 新婚のふたりが絆を深めるのにぴったりだと思ってな。どうせ、おまえステラさんに何にもしてあげてないんだろ」


「……」

「目をそらすな! 妻を迎えたのに気の()いたイベントを用意しないとかポンコツめ」


 ジャレッドが肩をすくめる。


「そんなんじゃ捨てられるぞ」

「余計なお世話だ!」

「これだからモテる男は傲慢で困る。捨てられてから泣いたって遅いんだぞ」


 やり込められたローワンがむすっとした表情で口を尖らせる。


(まるで子どもみたい)


 ステラは吹き出すのを堪えるのに必死だった。

 ジャレッドといる時のローワンは、まるで子どものように素直に感情を出す。


「まずは着替えだな!」


 屋敷の前に馬車を止めると、ジャレッドが意気揚々と言い放つ。


「着替えって……?」


 きょとんとするふたりを、ジャレッドが屋敷に誘う。


「あらあら、ローちゃんじゃない!」


 ジャレッドと同じ髪色の女性が出てきた。

 小柄でふっくらした優しそうな女性だ。

 年齢からして、おそらくジャレッドの母だろう。


(ローちゃん?)


 驚く間もなく、ローワンが抱きしめられる。


「久しぶり! 元気にしていた? 忙しいだろうけど、もっと遊びに来てよ」

「はい、ありがとうございます」


 ローワンがこんなに柔和な表情になるのは初めてで、ステラは思わず口を開けて見入ってしまった。

 女性がステラに笑顔を向けてくる。


「こちらが奥様? 初めましてジャレッドの母のルイーズです」

「初めまして! 今日は急にお伺いしてすみません」

「いいのいいの。気楽にいつでも来てね。さあ、着替えを用意しているから」


 にこにこ笑うルイーズに誘われ、ステラは屋敷に中に入った。


「わ……軽い……」


 ジャレッドが用意してくれていたのは、異国の美しいドレスだった。


「西方の暑い国の服だから、軽くて着心地がいいわよ」


 ルイーズが着替えを手伝ってくれる。

 薄紫色のさらさらしたドレスを身に(まと)ったステラは感嘆の声を上げた。


「ほんと、羽のような着心地ですね! 刺繍もとても素敵」

「よく似合っているわ」


 歩くと裾が軽やかになびいて美しく広がる。

 ステラは楽しくて思わずくるくるとその場で回ってしまった。


「さ、湖でローちゃんたちが待っているわ」


 屋敷の裏手に案内されたステラは、目の前に広がる光景にぽかんと口を開けた。


 湖のそばにコテージが建っていたのだ。

 床と屋根だけのシンプルな作りで、壁の代わりに薄い布がかけられている。


「わあ……」


 中に入ると、ゆったりしたソファとベッドが置かれていた。

 その上にはバラの花びらが散っている。


「素敵でしょう?」


 ジャレッドがにこにこ笑って迎えてくれた。


「本来は水上コテージなんですが、時間がなくて水辺に建てたんです」


 コテージからは美しい湖が見え、そよぐ風がコテージの布を揺らせる。


(でも、ちょっと寒いわ)


「なんだこれは……」


 戸惑いながらコテージに入ってきたローワンの姿に、ステラは目を見張った。


 ローワンも同じく西方の服を着ていた。

 胸元ががっつり開いているうえ、布が薄いせいか体の線が()けて見える。


 あまりに色っぽく、ステラは思わず目をそらせた。


「……?」


 しばらくして視線を感じたステラはローワンを見た。


 驚くことに、ローワンがじっとステラを見つめている。

 なぜかぽかんと小さく口を開けて、無防備な表情になっていた。


(変かしら、このドレス……)


 ステラの視線に気づいたローワンがすっと目をそらせた。


「……似合ってますね。とても綺麗です」

「あ、ど、どうも」


 まさか褒めてもらえるとは思わず、ステラは口ごもってしまった。


「いいね! 新婚っぽくなってきた」


 ジャレッドがにこにこしながらうなずいている。


「おまえは王命での結婚だからとか、くちゃくちゃ余計なことを考えているんだろうけど、結婚は結婚だ。ちゃんと向き合え」


 そう言うと、ジャレッドが手をひらひら振ってコテージを出ていく。

いきなり二人きりにされて、ステラはもじもじした。


(なんだかドキドキする……)


 ローワンと二人きりになるのは初めてではない。

 だが、いつもは仕事の報告や交渉ばかりしていた。


(言われてみれば、夫婦の時間なんて作ってこなかった)


 それが当たり前だと思っていた。契約結婚なのだから。


 湖上から強い風が吹き、ベッドの上のバラの花びらを散らした。


「……寒いですね」

「はい」


 ふたりは顔を見合わせて吹き出した。


「あいつ、今が冬だってわかってないのか! こんな薄い服を着させて!」

「あっ、ローワン様。毛布が置かれています」

「どうぞ、使ってください」


 そう言った瞬間、ローワンが派手にくしゃみをした。


「一緒に使いましょう」

「では、ソファで。吹きっさらしのベッドよりマシでしょう」


 ふたりはソファに並んで座ると、毛布を肩からかけた。


「寒いので、もっとこっちに寄ってください」


 ローワンが肩に手を回し、体を抱き寄せてくる。

 布が薄いせいでほぼ肌と肌がくっつく感触にドキドキする。


「せっかくあいつが用意してくれたので、しばらくこのままでいいですか?」

「はいっ!」


 うわずった声が出てしまった。


 ぴたりと肌を重ね合わせ、毛布にくるまるとだんだん温かくなってきた。

 ステラはホッと息を吐いた。


「これ……ジャレッドさんの策略でしょうか? 私たちを接近させるための」

「いや! あいつは何も考えていないだけです!」

「でも、嬉しいですね。結婚祝い」


 ステラの言葉に、ローワンがハッとした表情になった。

 しばらく沈黙が流れた。


「すいませんでした」


 いきなり謝られ、ステラはぎょっとした。


「あなたのことを軽んじていました。せっかく来てくれたあなたを歓迎もせず、契約の話だけして感じが悪かったですね」


 ぽつぽつ話すローワンを、ステラはじっと見つめた。


「あなたは自分の人生を賭けてきてくれたのに、(はな)からあなたを見下して壁を作っていた」

「仕方ないですよ。契約結婚なんですから」


 ステラが笑顔で言うと、ローワンがぐっと唇をかみしめた。


「俺は……」


 ざあっと強い風が吹き、ステラは思わず体を縮めた。


 ぐっと肩をつかまれ、強く抱きすくめられる。

 ローワンの体が覆うようにかぶさってきた。


 そっとローワンが耳に口を近づける。

「あなたとちゃんとした夫婦になりたいと思っています」

「えっ」


 驚いて顔を上げると、目の前にローワンの顔があった。

 あっと思う間もなく、唇を重ねられる。


「さすがに冷えてきましたね。屋敷に戻りましょう」


 そう言うと、ローワンが立ち上がった。


(一瞬だったけど……キスされた)


 ステラは決して目を合わさないローワンを見上げた。


(でも、深い意味はないよね? 挨拶のようなキスだったし……)


 ふわふわする足取りでステラはローワンの後をついていった。

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