第32話:ローワンの秘密
翌日、ステラは鉱山からの報告書を見ていた。
産出量は順調に増えている。施策がうまくはまっていたのなら嬉しい。
実際、鉱山からの魔宝石もよく見つかるようになっていた。それに伴い収益も増えている。
(これでお給金も上げられるわ)
いざとなったら自分のお小遣いから補填しようと思っていたので、ステラはホッとした。
「ちょっといいですか」
ステラの部屋がノックされる。
「え、ええ。どうぞ!」
ローワンが訪ねてきた。珍しいこともあるものだ。
ステラは慌てて立ち上がった。
「何か急用でも?」
「あなたに目を通しておいてほしい書類があって」
ローワンが書類を差し出してくる。
「宝石の取引先が増えたので、魔宝石を見繕ってほしいんですが」
「えっ」
ステラは驚いて書類を見た。
有名な商会の名前や条件が記載されている。
「新規開拓していただいたんですね! ありがとうございます」
「宝石の事業は公爵領の主要産業ですから。これまで放置していて申し訳なかった」
やはりローワンは意図的に放置していたのだ。
では、よく出かけていたのは何の用事だったのだろう。
(領地の見回り? それとも――遊びとか?)
むくむくと興味がわいてきた。
「あの、差し支えなければ教えてください」
好奇に満ちたステラの目に、ローワンが少し怯む。
「これまで事業を放置してらした間、何をされていたのですか? 日中、あまりお屋敷におられなかったので気になって」
まさかそんなことを問われると思っていなかったのか、ローワンが気まずそうに顔をそらせる。
(なんだろう、言いにくそう。ギャンブル? まさか女遊び?)
ドキドキしてくる。
(聞いちゃだめだったかしら。でも私、一応妻だし。知りたい!)
ステラが全く引く気配を見せないので、ローワンが折れたように口を開いた。
「馬です……」
「馬!?」
思いがけない言葉にステラは呆気にとられた。
「いい馬を見に行って購入したり、手入れをしたりしていました……」
ローワンがとうとう横を向いてしまった。
「そ、そうですか」
別に馬にかまけていたとて、おかしなことではない。
貴族にとって馬は特別な存在だ。
乗馬は貴族のたしなみだし、上質な馬を持つことはステイタスにつながる。
地位や武力、富の象徴なので、質のいい馬は引っ張りだこらしい。
「そういう事業をされていたんですね」
「半分趣味です。馬が好きで」
ローワンがバツが悪そうに言う。
「ふふっ」
ローワンの意外な返答と態度に、思わず笑いが漏れてしまう。
馬は繊細で頭がいいと聞く。
ローワンはきっと癒やされに行っていたのだろう。
「素敵な趣味じゃないですか」
ローワンが少し驚いたようにステラを見る。
「機会があったら見せてください、ご自慢の馬を。きっとノエルも見たがると思います」
ローワンがじっと見つめてくる。
「窘めないんですね。公爵ともあろうものが趣味にかまけて、領地経営をおろそかにしていたことを」
「そういう時もありますよ」
すべてを知った今、ローワンに必要な時間だったと痛いほどわかる。
傷ついた心を癒やし守るため、事業から距離を取っていたのだろう。
ローワンがじっと考え込む。そして、口を開いた。
「俺は……もともと馬場を経営するつもりだったんだ。家督は兄が継ぐだろうから、馬と暮らしていくつもりだった」
それは何気ない言葉だった。
だが、ステラはさっと目の前が明るく開けた気がした。
(これは紛れもないローワン様の本音だ)
王国有数の貴族として生きていくのではなく、権力などとは無縁に自然の中で馬と暮らしていく――ローワンはそういう人だったのだ。
「素敵な夢ですね」
ステラは心の底から言った。
ローワンがおそらくは誰にも話していない夢を打ち明けてくれた。嬉しさに胸が震える。
ローワンがふう、と息を吐いた。
「……では今度、馬場に馬を見にいきますか」
「はい!」
ローワンが戸惑いつつも少し嬉しそうな顔をしているのが妙に愛しくて、ステラは微笑んだ。
そのとき、ドアがバン、と大きく開け放たれた。
「ローワン! 来たぞ! 結婚したんだってな!?」
いきなり入ってきたのは、栗色の髪をした背の高い青年だった。
派手な貴族服を羽織り、鳥の羽がついた帽子を斜めにかぶっている。
「ジャレッド!?」
「お、そちらがアトキンス公爵夫人か!」
驚くローワンを尻目に、ジャレッドと呼ばれた青年はずかずかとステラに向かって歩いてきた。
目の前に立つと、さっと帽子を取る。
「初めまして! 俺はジャレッド・ホーン。ローワンの幼なじみで海運業をしている! 一ヶ月ほど交易に出ていて挨拶が遅れてしまった!」
ジャレッドがステラの前にひざまずくと、手を取ってきた。
「どうぞよろしく、公爵夫人!」
「あ、はい。ステラです」
まるで嵐のような登場にステラは呆然とした。
「おまえは――! 来る前に連絡を入れろって言ってるだろ!」
珍しく叫ぶローワンに、ジャレッドがにやりと笑ってみせる。
「驚かせたくてな! 昨日帰ってきたばかりだ。あ、土産もたくさんあるぞ」
開けっぱなしのドアから、執事頭のクーパーが困ったような顔で入ってきた。
「ジャレッド様のお荷物どうしましょう? 馬車三台分で、それにあの、馬も」
「おまえ馬好きだろ!? 西方の馬を手に入れてきたぞ!」
ジャレッドの言葉に、ローワンが喜ぶべきか叱るべきかわからずふるふると震えている。
見たことのない感情豊かなローワンの表情だった。




