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黎明は夜より出でて  作者: 伊勢谷照
第12章【咎無き罪人】

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第百三十八話 暗中模索Ⅰ



「叔父上は本当に執政官コンスルになるこか?」

「元老院の感触は悪くなかったよ。議会での演説聞いてみんなびっくりしてた。お祖母様が言ってた話と全然違うって」


 テオドールとの対面から数日、ゲメッルスは劇場広場の一角に腰を下ろし、露店で買ったワインを飲んでいた。

 突然に議席を与えられ、更に執政官候補として推挙されたサイラスは嘲笑をもって迎えられた。足を引きずり、奴隷に支えられて歩く姿を議員たちはからかい、フィアナが吹聴した「愚かな怪物」としての噂は正しかったのだと頷きあった。

 しかし、いざ演説台に立って口を開けば、皆彼を無視できなかった。理路整然と、しかしどこか楽しげに、彼は演説を始めた。

 北方民族の反乱の気配、ティレー市に届いたゲイルを名乗る手紙、南方の毒魚、集めた情報を繋ぎ合わせ、彼は堂々と持論を語る。その様は隠居していた学者とは思えなかった。


「おお、さっすが叔父上。父上より優秀な執政官になるのは確実だろうな」

「でも、ちょっと怖かったな。普段と雰囲気が違ってて」

「怖い?」

「一度も、レンブラントを助けよう!ってはっきり言わなかったんだ。なんか叔父上らしくないなって思ったんだよね」

「まあ、色々反証が出てるっていっても、新参者が大っぴらに容疑者を庇うのは難しいんじゃねえか?」


 ルーカスも議会に出ていれば、誰よりも素早く鋭敏に察知しただろう。サイラスの中に潜む悍ましさを。しかし彼にとって叔父は、身体が弱く、温厚で、聡明な、尊敬する大人だった。それは曖昧な伝聞程度で崩れることはない。

 指摘したエドガーとて、違和感を覚えつつも、その奥底の狂気には気付なかった。片割れの意見を聞き、彼は「なるほど」と頷く。


「非情なフリってこと?叔父上も大変だね」

「ああ。御身体に障らなきゃ良いんだがな。議会の椅子は硬いんだろ?」

「うん。でも陛下が、クッションを持ってきて良いって許可してくださってたよ」 

「そりゃあ良かった。あ、ワインなくなっちまったな」

「次はポスカにしよ。これ以上飲んだら─」


 そのとき、エドガーは弾かれたように立ち上がり、辺りを見回した。転がりかけた杯を、ルーカスがすんでのところで掴む。


「どうした?」

「いま、アキくんがいた。魔力を感じた……ような、気がするけど……やっぱり気のせいかな」

「おい、座るな座るな」


 水魔法を得意とし、魔力の探知に優れ、そして戦車引き競争の名手。エドガーは本人が思っている以上に能力が高いのだが、些か自信とやる気が欠けている。


「アキがいたのか?どの辺りに?」

「うーん」

「相棒、お前ならやれる。もう一回集中してみろ」


 自分も立ち上がり、ルーカスは首を傾げるエドガーの肩を叩いた。すると彼は、やがて南の方角を指差す。


「多分あっち?変性魔法か何かを使ってるのかな……あと、あれは─兄上?」

「兄上?」

「兄上……っぽい人と一緒にいるような気がしたけど」

「とりあえず行くぞ、アキが帝都にいるってことは、レイチェルに急ぎの伝令があるのかもしれねえ」

「分かった」


 ふたりは足早に広場を後にする。エドガーが指し示した方角に向けて走っていると、やがて人気の少ない路地へと入り込んだ。


「それで、どうする?帝都に母さんの知り合いがいれば、聞き込みたいんだけど……」

「でもレジーさまもアキも、目立つことはできないよね?」

「うむ、そうだな……」

「話は聞かせてもらった!!」


 全く話は聞いていないが、ルーカスは堂々と叫び、そして転がるような勢いで角を曲がった。一番近くにいた少女が、「わぁぁ!?」とひっくり返った悲鳴を上げる。


「よう、オレたちはゲメッルス!話は聞かせてもらったぜ」

「君、それ言いたいだけでしょ。あ、やっぱりアキくんだ。それにレーネまで……後ろにいるのは誰?」


 外套を目深に被った、恐らく北方人らしき青年は、俯いてアキの影に隠れた。


「俺たち、サイラス様の命で旧アステリ地域を調査していたんです。その報告のために、帝都に来ました」

「旧アステリ?お前らどんな早さで移動してんだ?父上の葬儀から2ヶ月しか経ってないっていうのに」

「まあ、サイラス様のツテで」


 まさか行路は謎の現象で瞬間移動しました─とはいえず、アキは言葉を濁す。


「うーん、後ろの子の魔力……」


 エドガーは魔力に対する感覚が鋭い。初めて会ったときも、魔力を辿ってレイチェルを探し当てていた。そんな彼は、レジナルドに流れる血を無意識に感じ取ったのだろう。怪訝そうな顔でその姿を観察した。


「兄上に似てる気がしたんだけど、何か違うなあ……でもセレやディアみたいな魔力をしてる気がする……ような?」

「エドガーさま、気の所為だと思います!このひと北方人なので!あ、えっと、最近サイラスさまが雇った奴隷さんです!」

「叔父上が奴隷……?ああ、何か屋敷に行ったとき仰ってたけど……」

 

 レーネが必死に誤魔化す。するとエドガーはちらりとルーカスの顔を伺った。


「ルーカス、これ納得していいの?」

「まあ後で聞きたいことはあるが、とりあえずは良いだろ。レーネがオレらに不利益になるような誤魔化しをするとは思えねえしな」

「はーい、了解でーす隊長」


 どうやらスノッリが「にーたん」と呼ぶ奴隷の正体が、目の前の少年らしい。違和感はあるが、今は問いただすつもりはなかった。彼がそういえば、好奇心の薄いエドガーもあっさり納得する。

 そこでルーカスは、ニコリと笑って手を差し出した。


「オレはルーカス・ゲメッルス、こっちは兄弟のエドガー・ゲメッルス。お前のことはなんて呼べば良い?」

「……レグニです。呼びにくかったらレジーでも」


 北方風とローラン風どちらの名も名乗ったレジナルドは、革手袋越しにルーカスの手を握り返した。

 その声を聞いたゲメッルスは、目を見開く。


「兄上に似てるな」

「え」

「声が似てる」

「……き、気の所為では?」


 あからさまに狼狽する彼を問い詰めたい気持ちはあったが、ゲメッルスはひとまず疑問を飲み込んだ。


「まあいいや、よろしくな、レジー」

「よろしくね、レジー」


 続けざまに挨拶を済ませた彼らは、次いでアキに視線を向けた。変性魔法で茶に色づいた瞳に、二対の青が映る。


「それでアキ、お前が帝都を彷徨くのはあまりオススメ出来ねえんだが、観光ってわけじゃないんだよな?」

「はい、実は母の手がかりが無いかと思って」


 アキは、事前にサイラスに打ち明けた、ミレイとラムフィスの過去を語る。この事実は、今頃サイラスを通してレイチェルにも伝わっている頃合いだった。


「はあ〜、戯曲になりそうな大恋愛だな」

「そのままミレイ様は行方不明なの?」

「はい。もしかして母は陛下に誘拐されて、跡継ぎを産むために何処かに捕まってるんじゃないかって思って……帝都でその手がかりを見つけられたら良いんですけど」

「まあ、当時の年齢を考えたら有り得ねえ話じゃねえな。でも……」


 ルーカスは汚れた煉瓦の壁によりかかり、神妙な面持ちで腕を組んだ。


「閉じ込めて18年、出産経験のある女がその間ひとりも子どもを産まないってのは、少し考えにくいな。子どもが出来りゃ、クラヴィス様の実子っていう体で公表するはずだ。でもエイダ義姉上以来、この18年健康な子どもはディア氏族にひとりも生まれてねえ」

「つまり母は……」

「逃亡を続けてるか、死んでるかのどっちかだとオレは思う」


 アキは僅かに瞳を揺らしたあと、一度深呼吸して口を開いた。


「俺は、そのふたつなら……多分亡くなっている線が濃いと思ってます。でも……生きてるって信じたい」

「じゃあ信じろ、信じて探せ。オレも出来ることは何でも手伝うつもりだ。庶子同士仲良くしようぜって言ったろ?」


 背中に腕を回し、顔を覗き込んでみせると、アキの表情が少し緩んだ。

 ルーカスはアルシノエと共に暮らすことができた。だからこそ、血の因果によって引き離されたアキとミレイの力になりたいと望んでいる。


「じゃあ、僕も手伝うよ」

「ありがとうございます、ゲメッルス様」

「様はいらねえんだけどなぁ。お前がそっちのほうが話しやすいならいいけど、その気になったら、家族らしく話しかけてくれよ?」

「……ま、前向きに検討します」

「はは、よろしく頼むぜ。さぁ、作戦会議と行くか」


 ルーカスは薄暗い路地でも輝く笑顔で、得意げに両手を広げた。








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