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黎明は夜より出でて  作者: 伊勢谷照
第12章【咎無き罪人】

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第百三十七話 友の誓い


 マーリス州総督府─総督執務室。

 豪奢な革張りの椅子に埋まるように腰を下ろしたレンブラントは、苛立った様子で手すりを叩く。 


「愚かな民衆どもめ、今まで豊かに過ごさせてやった恩を仇で返しおって」

「民は、お前の施策が己の生活にどう関係しているか知らない」


 対して、ルイス・カルペンタリウスは、客用のソファに浅く座ったまま、静かな目で窓の外を見た。 


「お前は傍から見れば……豚のように太り、南方商人たちにおもねり、四方八方に良い顔をする卑怯者のようだ」

「本気で言っているのか?」

「父上は、その奥にある本質を見定められるだけの教育を俺に施してくださった。しかし多くの民はそうではない」


 質実剛健とは見た目も嗜好も外れたレンブラントの人気は、然程高くはない。マーリス州の民は彼が作った平和と豊かさを享受しながらも、ゲイルのような分かりやすい英雄を信奉する。その英雄が、国家の太陽が、レンブラントに殺されたかもしれない─その噂は、あっという間にレスタの都を駆け巡った。


「自由民のための学校を作るか。私の功績を理解できる程度には賢い民を育てるために」

「良いんじゃないか?」

「先に教師を育てなければな」

「ああ。募集すれば、教養のある解放奴隷が多く集まるだろう」

「……しかし、それをするのは私ではない。ヒューバートだ」


 レンブラントには3人の息子とひとりの娘がいる。

 長男ヒューバート・マーシアス・コルレオニスは親戚から引き取った養子であるが、実の息子と変わらぬ愛情を受けて育った。獅子の《コルレオ》心臓ニスの称号に恥じぬ勇敢な男である。

 次男エミリオは、数学の才に秀でる青年である。人当たりが良く兄に忠実なため、良き副官となるだろう。

 そして三男のアヴィオールは、誉れあるメタニアの神官だ。若くして神と言葉を交わすことが出来、神使として尊敬を集めているという。神に仕える身ならば、政争に巻き込まれることもないはずだ。


「出張させていたのは正解だった。お陰で、直接咎が及ぶことはない」


 ヒューバートとエミリオは、水道橋敷設の陣頭指揮を取るために、半年前からレスタを離れていた。帰ってきたのはほんの数日前だ。


「ヒューバートを養子にしたのは、お前の勧めだったな」

「昔から賢い子だった。孤児にするには惜しかったからな」

「先月で34歳になった。もう一人前の男だ。豪胆で、賢く、民からの人気もある」

「お前と違ってな」

「おい」


 物心つく前のからの付き合いであるレンブラントに対してだけ、ルイスは皮肉屋の一面を見せる。彼は薄く笑い、レンブラントの睨みを受け流した。


「それで、何が言いたいんだ。マーシアス」

「……私は貴族パテルだ。己の、そして氏族の名誉を守る責務がある」

「ああ、だから堂々としていろ」

「そうではない、ルイス」


 レンブラントは肺を空にするように息を吐いた。


「ルイス、お前の言う通り、私は慈悲深い統治者でも、勇敢な戦士でも、質実剛健な貴族でもない。しかし、レンブラント氏族の家長として、その家名と名誉を守らんと─己の戦場で戦ってきた」

「知っている」

「民は罪人を─否、生贄を求めている。私は衆愚共の作った死の祭壇から、家族を少しでも遠ざけなければならない。そのためには、この命が必要だ」

「マーシアス!」


 ルイスはその言葉を鋭く制した。それは、彼が最も許容できない考えだった。


「レキ神のお言葉を忘れたか。疑わしきは罰せず、お前が法廷で断罪されることはない。だから短気は起こすな。名誉のために何かを捨てようと思うな」

「いいや、違う。この手にあるものすべてを失っても、氏族の名誉だけは捨ててはならないのだ」


 ふたりの考えは正反対だ。貴族であるレンブラントにとって家名は命よりも重く、そしてその考えは、ルイスの中の暗い記憶を呼び覚ます。


「俺の息子は……ミゼルは名誉のために死んだ。あいつは女と暴漢の間に立ち塞がる前に、他の者を呼ぶべきだった。兵に任せて逃げるべきだった。しかし、祖父や俺の名誉を汚すことを恐れて……俺は、その考えを最後まで正してやれなかった」


 ルイスは、彼が息子と同じ結末を迎えることを受け入れられなかった。


「もう一度言う、マーシアス。お前は死んではならない。娘のドナは夫に先立たれたばかりだろう。新しい婿を探してやらなければと、お前だって意気込んていたじゃないか」

「……まだ分からないか、ルイス!」


 レンブラントは声を荒げ、机を叩く。


「私が疑われている限り、我が氏族も白眼視され続けるのだ。娘の再婚も、次男の結婚と出世も、長男の地位も、全てが危ういものとなる。私は完璧に疑惑を晴らさなければならないのだ。そのために─私は怪物の手を取った」

「怪物?」

「彼によって、私の汚名は雪がれ、そして我が氏族の名誉はローラン帝国末代まで至る物語となる」

「落ち着け、マーシアス。怪物とは誰のことだ」

「サイラス・アングィスだ」


 飛び出したのは、予想外の名だった。そんな馬鹿なと口にしようとして─ルイスは言葉を呑み込む。彼は物腰柔らかな、如何にも文弱の徒といった印象の男だ。しかし時折、あの誰よりも色濃い青の瞳に、底知れない悍ましさを感じることがあった。


「サイラス殿が、私に言った。もしそれしか道はないと思ったときは、指定した日時と方法で自死するようにと」

「……マーシアス」

「そして、私はもう決断した。彼の手の内にある商人と接触し、打ち合わせも済ませてある。あとは─」


 レンブラントは、毅然とルイスを見据えた。


「お前の決意を聞くだけだ、ルイス」

「決意?」

「貴族には貴族の特権と務めがある。お前はアラン・カルペンタリウス様によって上に立つ者としての教育を施されたはずだ」

「俺は奴隷の子だぞ」

「……そう言っていれば、その血と責任から逃げられると思うのか。肌の色が違っても、身分が卑しくも、お前はカルペンタリウス様の魂を受け継いだたったひとりの息子だ。その事実だけは変わらない。変えてはならない。違うか?」


『ルイス、見ろ。これがレスタの街だ。お前がこれから守っていく地だ』


 長い間跡取りが生まれないことに悩み、マーリス州中から経産婦の奴隷をかき集め、怪しげな薬に手を出し、ようやく生まれたルイスを父は溺愛した。後継問題で病んだ心は、唯一の息子が家を継ぐと信じて疑わなかった。

 しかし当然、奴隷の子が貴族の当主となれるはずはなく、ルイスは自由民として生きることになったのだ。


「……私の決断は変わらない。ただ話しておきたかった。私の死後、ヒューバートを、子どもたちを、妻を、お前になら託せると……託したいと思ったからだ」

「……無実の罪に追い立てられて死ぬつもりか」


 レンブラントはその問いには答えないまま、静かに口を開いた。


「昔から変わらないな。お前は年下の癖に生意気で、とことん意見が合わず、私たちは言い合ってばかりだった」

「お前のやり方は性に合わないんだ。従者の話を断ったときも、何度もそう言った筈だぞ。しかし、友人だとは思っている。このマーリス州を統治する手腕を尊敬している」


 ルイスは立ち上がり、己の本心を語る。長い付き合いだが、「友人」と口に出すのは初めてのことだった。


「もう一度言う、生きろマーシアス。無実は必ず証明する」

「……お前は相変わらずだな。全く、言う事なす事、本当に性に合わん」

「それはこっちの台詞だ、いい加減痩せろ。膝が折れるぞ」

「その話は今関係ないだろうが」


 レンブラントの心はもう決まってしまっているようだ。ならば、ルイスがするべきことはここにはない。1日でも早く、彼の無実を証明しなければならないのだ。


「また会おう、会うと誓え」

「……ああ、会うさ。近いうちに、必ず」


 レンブラントは、ルイスの顔を見ることなく、そう返した。




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