難波ベッド
たった一つの命を捨てて、生まれ変わった不死身の身体。病の悪魔を叩いて砕く、ピエールがやらねば誰がやる!
「聞け、サターン!
黙れ、サターン!
愚痴れ、サターン!
噂に聞こえた、すごいい奴!
噛みつき、チューチュー、コウモリパンツ
生まれ変わった、不死身の身体〜
病巣軍団、倒すまで
本能のまま、ぶちかませ
シスター、ナース!
吸血鬼医師、ピエール、ピエール、ピエール!」
「改造人間のパクリですね!昭和60年代以降の人は知らないと思いますよ!」
「ところでシスター、うちのフレンダーはどこ行ったんざんす?」
「飛んでっちゃったんじゃないですか」
「あ、いた、フレンダー、丸まってた」
そこにはアルマジロ兄貴が丸くなっていた。
「先生はいつまでこういうものをパクるんですか!」
「ブライキング・ボスを倒すまでざんす。そんなツッコミはよくないざんすよ、ルナ」
「誰がルナですか!そろそろ診療所を開ける時間ですよ」
時計の針が午前零時を指した。
「ヤ・ルッツェ・ブラッキン!」
ぽちっとな!
治水診療所のネオンが灯った。
ピエールの笑い声とともに、治水診療所の夜間診療が始まった。
◇
その少し前――。
ホストクラブ「百鬼夜行」。
「唯玲、お前どうした?」
「夏油店長……ちょっと、だるくて」
「ちょっとじゃねえだろ、さっきからまともに動けてねえし、顔色も悪いぞ。お前、どっかおかしいんじゃねえのか?」
「……大丈夫っすよ、ちょっと疲れてるだけだと思うんで」
「疲れてるだけでそこまでなるかよ。ここ最近ずっと調子悪そうだっただろ、いつからこんな状態なんだ?」
「……前からだるいのはあったんすけど、ここ何日かはちょっときつくて」
「それで病院にも行かずに仕事してたのか?」
「休んでも変わらなかったんで……そのうち治るかなって」
唯玲が立ち上がろうとすると、足に力が入らず身体が崩れた。
「ほら見ろ、それのどこが大丈夫なんだよ。もう仕事どころじゃねえだろ、今日はこのまま診てもらうぞ」
「……でも、こんな時間にやってる病院なんてないでしょ」
「一軒だけ知ってる。夜中でも診てくれる診療所があるから、そこへ行くぞ」
「……夜中でも診てくれるんすか?」
「そういう診療所なんだよ。私に従え、痼屋唯玲!」
夏油傑は唯玲を連れ、ホストクラブ「百鬼夜行」を出た。
治水診療所の扉が開いた。
「こんばんは、診てもらえますか?」
「もちろんざんす、夜明けまでは私の時間ざんすよ」
「お名前をお願いするざんす」
「痼屋唯玲です」
夏油に連れられた唯玲は椅子に腰を下ろした。
「こいつ、ここ最近ずっと身体がだるそうだったんだけど、今日は特にひどくて、さっきも立とうとして崩れたんだ」
「なるほど、まずは話を聞くざんす。痼屋さん、いつ頃から調子が悪いざんす?」
「前から疲れやすい感じはあったんですけど……ここ何日かは身体が重くて、足にも力が入りにくい感じがして」
「ほかに身体で気になるところはないざんすか?」
「皮膚に変なのができてます。最初はできものだと思ってたんですけど、なかなか治らなくて」
「どこざんす?」
唯玲が服をずらすと、皮膚に盛り上がった病変があった。
「これはいつ頃からざんす?」
「結構前からです。痛くないし、そのうち治ると思って放っておいたんですけど」
「ほかにもあるざんすか?」
「あります。最近ちょっと増えてきたような気もします」
ピエールはシスターを呼んだ。
「シスター、血液検査をお願いするざんす」
「分かりました。痼屋さん、採血しますね」
「血液検査で分かるんですか?」
「まず調べてみましょう。腕を出してください」
シスターが採血を済ませ、検査を始めた。
唯玲が待合へ戻ったあと、ピエールが採血した血を舐めた。
「……ほう、十五年ものざんすねぇ。それに、この味は……大阪、難波じゃないざんすかねぇ」
「先生、また患者さんの血を舐めたんですか!」
「シスター、声が大きいざんすよ」
「だから舐めちゃ駄目ですって!」
検査結果が出ると、唯玲は再び診察室へ呼ばれた。
「検査の結果、梅毒が陽性だったざんす」
「梅毒……?梅毒って、性病ですよね?」
「それも最近感染したものではないざんすね。十五年くらい前、大阪の難波にいたことはないざんすか?」
「え……十五年くらい前、難波で働いてましたけど……」
「なかなか良い状態でしたよ。長い年月をかけて熟成された、なかなかのヴィンテージざんす」
「意味がよくわかりませんが、僕は性病にかかっているということですか!じゃあ、このできものも梅毒なんですか?」
「そうざんす。最初に何か症状が出たのは、十五年くらい前じゃないざんすか?」
「そういえば……あの頃、一度だけ変なのできものができたことがありました。でも、しばらくしたら消えたんで治ったと思ってました」
「梅毒は症状が消えても、治ったとは限らないざんす。そのまま身体の中に残って、長い年月をかけて進んでいくことがあるざんすよ」
「十五年も……ずっと身体の中にいたってことですか?」
「そういうことざんす。今はかなり進んでるざんすよ」
「それで最近ずっと身体がおかしかったのか……」
「痼屋、お前、もっと早く病院行けよ。できものまであったのに、なんで十五年も放っておいたんだよ」
「消えたから、本当に治ったと思ってたんすよ……」
「症状が消えたからって安心しちゃ駄目ですよ。性感染症は自覚症状がなくても感染していることがありますし、気になることがあれば検査を受けないと」
「……分かりました」
「さて、十五年ものをこのまま腐らせるのはもったいないざんすねぇ」
「先生、その言い方やめてください」
「痼屋さん、治療するざんすよ。こちらに来て、リラックスするざんす」
「今から治療するざんすが、騒いだり、驚いたりしないようにするざんす。ただ、ちょっとガブリとするざんす」
「私が噛んだからって、吸血鬼にはならんざんすよ。その気もないざんすし、私を襲わないで欲しいざんすよ、私はオスに興味ないざんすからね」
「僕だって男には興味ないですよ!」
「私はチュパカブラとヒルに敵対心燃やしてるざんす!」
「何と張り合ってるんですか!」
「ちょっと待ってください、噛んで何するんですか?」
「あなたの体から細菌を吸い取るざんす。いくざんすよ」
ピエールの牙が唯玲の首筋へ食い込んだ。
「バクテリア・バキューム!」
「うわああっ!」
唯玲の全身に潜んでいた梅毒トレポネーマが、血液と組織の中からピエールへ吸い上げられていった。
「んん〜っ!この深みがあり、口の中にふわっと広がる芳醇な香り、これこそが、十五年熟成、難波の夜の味ざんすねぇ!」
「そんな食レポいりません!」
「ぷはぁ〜!世は満足ざんす!」
「食べたんですか?……」
「こいつは取っておけないのが残念ざんすが……まあ、私は嬉しいざんすねぇ」
「何が嬉しいんですか!」
「それはアンドロ軍団の秘密ざんす」
「身体が……さっきより楽になってる……」
「これで梅毒トレポネーマは全部いただいたざんす。ただし、長い間身体の中にいたせいで起きた変化まで全部なかったことになるわけじゃないざんすから、そこはちゃんと診ていくざんすよ」
「気をつけます……」
「痼屋、これからは変だと思ったら放っとくなよ。今日だって俺が気づかなかったら、そのまま仕事してただろ」
「……たぶん、してました」
「梅毒は早く見つけて、きちんと治療することが大切です。症状が消えても自己判断で放置しないこと。それから、感染を防ぐためにコンドームを使うことも大切です」
「はい、今度から気をつけます」
「ということで、私からもプレゼントざんす」
ピエールが一つの包みを差し出した。
「コンドームざんす。次からちゃんと使うざんすよ」
「先生がまともなもの渡してる……」
「オブラートでできてるざんす、これでいっぱい熟成物が……」
バシッ!!
「でも、薄さには自信があるざんすよ」
「溶けますよ!」
「口に入れても安心ざんす」
「そこを安心させてどうするんですか!」
「早期発見、早期治療、コンドームで予防。これが大切です!」
「では、本日の目玉!!お会計ざんす!」
「いくらですか?」
「今回は三千円ざんす」
「安い……」
「十五年ものを美味しくいただいたざんすからねぇ。痼屋さん、これからもどんどん避妊せずに、おいたししちゃってくださいざんす。そうしないと、私がおいしくいただけないざんすからねぇ」
「保健所に怒られますよ!」
「梅、梅、有難う、さようなら、愛しき人よ〜♪」
「ずるい男だ!」




