痛み、散々と
「私の名はピエール・隼人。人呼んで『吸血鬼医師ピエール』。ただの医者じゃございません。私の取り扱うものは病巣。人間の病巣でございます。オーッホッホッホッホ!」
笑うセールスマン!!
じゃなかった、
笑う吸血鬼医師!!
「オーッホッホッホッホ!」
「また、黒いセールスマンのをパクってる。それも本家の名前まで出しちゃうのは、ダメじゃないですか?」
「シスター、そんなことを言ったらドーン」
パーン!
「ぎゃあああああ!ワタシはパーンされたザンス!」
「開業時間です!早く開けてください!」
「もう、すぐ叩くザンスから……ポチっとな」
古びた診療所がギラギラのネオンに包まれた。
「こんばんは。ここ、診療料金は時価なんですよね?私、今日は三千円しか持ってないんですけど、それでも診てもらえますか?」
「大丈夫ですよ。お名前をお願いします」
「獅子野伊丹です」
「身体中が痛いのよ。もう何年になるかねぇ。じいさんが死んだ頃から急にあちこち痛くなってね、冬になると特につらくて、朝なんか手がこわばってしばらく動かせないの。最近は雨がずっと続いてるでしょう、湿気が多いせいか手の痛みもどんどん強くなってきて、ロキソニンを飲んだり湿布を貼ったりしてたんだけど、もう全然効かないのよ。指が一番痛くて、足の裏も足首の周りも痛いし、この肘なんか、ほら、ここまでしか曲がらないんだよ」
「それだけ続いていて、病院には行かなかったザンスか?」
「行きたかったんだけどねぇ。じいさんが死んでから年金だけじゃ暮らしていけなくなって、保険料も払えてないのよ。それで隣のばあさんが余ってるロキソニンをくれたり、湿布を分けてくれたりして、それでずっと我慢してたんだけど……もう限界なのよ」
「シスター、採血をお願いするザンス」
「伊丹さん、採血しますから、腕をお願いしますね」
「採血はおわりましたから、検査が終わるまで、待合室で少しお待ちください」
伊丹は待合室の椅子に腰を下ろし、痛む指を一本ずつ揉んだ。
シスターが差し出した採血管を受け取るなり、ピエールは血を舐めると目を輝かせた!
「オーッホッホッホ!芳醇、濃厚、この奥に残る独特の余韻……これは長い年月をかけて育った味ザンス。五年……いや、それ以上!しかも、この血の中で何かがずっとドンパッチを食べているみたいザンス。なんか暴れん坊将軍みたいと言うか、妙な味ザンスねぇ」
「血を舐めた感想がいつもと違いますが病名は?」
「そこまでは分からないザンス。けれど、この味は普通じゃないザンスよ。さあ、何が隠れているのか、楽しみになってきたザンスねぇ。オーッホッホッホ!」
「先生のそのはしゃぎ様が怖いですよ!」
「伊丹さん、検査結果が出ましたので、こちらへどうぞ」
「先生、なんか変な病気だったかい?」
「検査は、関節リウマチの所見が出ているザンス」
「関節リウマチ……よく痛いのはそれかい」
「免疫は本来、身体を守るものザンス。それが自分の関節を敵だと思って攻撃している。朝のこわばり、指や足首の痛みもそこから来ているザンス。しかも長い間その状態が続いたせいで、滑膜の炎症も強くなって、軟骨や骨まで傷んでいるザンスよ」
「この肘が曲がらないのも、そのせいなのかい?」
「そうザンス。かなり長く放置したザンスねぇ」
「これは、治せるのかい?」
「他の医者はともかく、私にかかれば治せるザンス」
「でも…三千円しかないよ。治療代、高いだろ?」
「お代は最後に決めるザンス。今はそんなことより、こっちの方が大事ザンスよ」
「こっち?こっちとはなんだい?」
「ノンノン、何でもないザンス。シスター、準備するザンス」
「伊丹さん、少し眠っていただきますね。目が覚める頃には終わっていますから」
「もうこの痛みには疲れたよ。よろしく頼むね」
やがて寝息が静かに整った。
「オーッホッホッホ!では、いただくザンス!」
ピエールの牙が首筋に沈み、長年自分自身を攻撃し続けていた免疫系を吸い上げていった。
「ワンダフル!なんという濃厚な味ザンス!これだけ長いこと暴れていた免疫は、コクが違うザンスねぇ。たまに弾ける、この感じが好きザンス。しかもまだ終わりじゃないザンスよ!」
「まだ食べるんですか?」
「おおっ、この滑膜!何年ものザンス!長い炎症でたっぷり育っているザンスねぇ。これは貴重な珍味ザンス!傷んだ軟骨に、侵食された骨……オーッホッホッホ!今夜はフルコースザンス!」
「患者さんの身体ですよ!」
「だから大事にいただいているザンス。ワタシ、食べたいだけなので」
「全部食べたら、ちゃんと元に戻してくださいよ!」
「もちろんザンス。食材は全部いただいたザンスからねぇ。あとは治させるザンスよ。スタッフセルα!」
新しい免疫系が全身へ広がった。
「続いてスタッフセル!傷んだ関節も元通りザンス!」
「先生、なら、もう大丈夫ですよね」
「完璧ザンス!」
「伊丹さん、終わりましたよ」
「……もう終わったのかい?」
「肘を曲げてみるザンス」
「え……曲がるよ。こんなところまで曲がる」
「指も動かしてみてください」
「痛くない……握っても痛くないよ」
「立ってみるザンス」
「足の裏も、足首も……痛くない!本当に痛くないよ!」
「オーッホッホッホ!ごちそうさまでしたザンス!」
「私は治ったんだねぇ……ありがとう、本当にありがとう」
「本日の目玉!!お会計です」
「三千円で足りるかねぇ……」
「五十円ザンス」
「……五十円?」
「五十円で結構ザンス」
「そんなに安くていいのかい?」
「何年ものの免疫に滑膜、軟骨、骨までいただいたザンス。ワタシは大満足ザンスよ」
「いただいた?」
「細かいことは気にしないザンス」
「変な先生だねぇ」
「オーッホッホッホ!」
「骨 潸々と この身に痛くて〜
わずかばかりの金のなさを 恨んだりして
骨は痛いしリウマチもちですね」




