白い割烹着と悪夢
人類の健康寿命が伸びて既に半世紀が過ぎていた。身体の中に作られた巨大な人工臓器は、人類の第二の命となり、人々は子を産み、育て、そして……死んでいった。
宇宙世紀0079、地球から最も遠い病院サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に賃金あげを挑んできた。この一ヶ月あまりの戦いでジオン公国と連邦軍は総人口の半分は失業していった。
人々はみずからの行為に恐怖した。生活は膠着状態に入り、八ヶ月あまりが過ぎた――
第五話 ピエール、大地に立つ
ショウ!
午前零時、治水診療所のネオンが紫、青、緑の順に灯り、白い割烹着を着たピエール・隼人が受付の奥から顔を出した。
「シスター、アムロ、シスター、アムロ、シスター、元気ない♪」
「お前はハロか!」
スパァン!
「叩いたね!親父にもぶたれたことないのに!」
「叩いて何が悪い!」
「認めたくないものだな……自分自身の……若さゆえの過ちというものを」
「兄さん……キャスバル兄さん!なんで……行っちゃうのー!」
「ジークジオン!」
そんなガンダムコントを尻目に、入口の扉が開き、三人の男が入ってきた。
「医局から参りました、杉山和異地です。こちらが佐々木、こちらが宮本です。この辺りで無免許の医師が深夜に診療しているという噂がありまして、確認に参りました。医師免許はお持ちですよね?」
「もちろんざんす、アムロ……もといシスター、免許をお願いするざんす」
シスターが棚から医師免許を取り出すと、杉山は記載された内容を確認した。
「問題ありませんね。お国さん、書類ください」
「こちらになります♪」
「最近、怪しい医師がいると通報を受けていますので、何か情報がありましたら、こちらまで連絡を」
「そうなんざんすか?怪しい医師なんて見たことも聞いたこともないざんす。分かったら連絡するざんす」
「よろしくお願いいたします。お仕事中、失礼しました」
必要事項を書き終えた杉山たちは、そのまま診療所を出ていった。
しばらくすると扉が再び開き、母親に手を引かれた小さな男の子が、タヌキのぬいぐるみを胸に抱えて入ってきた。
「こんばんは、こんな時間にすみません」
「どうされたざんす?」
「風邪だと思うんです。熱もそれほど高くないんですけど、この子、心臓に持病があって、薬を勝手に飲ませるのも怖かったので……」
男の子は診察室へ入るなり椅子へ座り、タヌキの耳をつまんで遊んでいた。
「かわいいぬいぐるみだね、名前はあるの?」
「キュウスケだよ!」
元気な声が診察室に響いたが、そのあとに続けようとした言葉の途中で一度息を吸い、胸が小さく上下した。唇にはわずかに青紫色が混じり、ぬいぐるみを抱える指先にも同じ色が浮かんでいた。
「今日はいつもより少し息が上がるのが早くて……」
ピエールは聴診器を取り出し、子供の胸に当てた。
「風邪そのものは大したことなさそうざんすが、心臓の病気というのは?」
「ファロー四徴症です。だから心配で」
「なるほどざんすね……それは心配になるざんす」
「先生、それってどういう病気なんですか?」
「簡単に言えば、肺へ血を送る道が狭くて、左右の心室を隔てる壁には穴が開いているざんす、そのせいで血液の流れがおかしくなって、身体へ送られる血液の酸素が足りなくなることがあるざんすよ」
「それで唇が青くなったり、息が苦しくなったりするんですね」
「そうざんす、そして酸素が足りない状態が続くと、身体は少しでも多く酸素を運ぼうとして赤血球を増やすことがあるざんす」
「だから、この子の血は普通の血とは違うんですか?」
「そういうことざんす、普段はなかなかお目にかかれない稀血ざんすよ稀血!もうこれが好吃、うふふふふ」
「先生、普通の血は全く興味がないのに、今日は目つきが違いますね……」
「これは別物ざんす♪かといって、稀血を飲んだからと言って、鬼にはならんざんすよ、なったとしても変な呼吸の何とかの型とかで無惨に斬られたくないざんす、なので斬られそうになったら産屋敷に逃げるざんす」
「じゃあ禰豆子……じゃなかった、シスター、手術の準備ざんす」
「ちょ、ちょっと待ってください!いきなり手術って、今からですか?」
「そうざんす。今なら私がスペシャル料金で手術するざんす。お母さんの同意を頂く前に、どういう治療をするのか説明するざんす」
ピエールは心臓の図を母親に見せた。
「この子の心臓は、右心室から肺へ血液を送る通り道が狭くなっているざんす。まず、その狭くなった部分を広げて、肺へ血液が流れやすくするざんす」
左右の心室を隔てる壁を指した。
「それから、ここに開いている穴を塞ぐざんす。この二つを治すことで、酸素の少ない血液が全身へ流れにくくなって、身体へ十分な酸素を届けられるようにするざんす」
「大きく切開することはないざんすから、身体への負担をできるだけ少なくして治療するざんす」
「この子、本当に治るんですか?」
「今までみたいに苦しくなることはなくなるざんす。ただし心臓を治療する以上、危険がないとは言えないざんす。手術中に血圧や心拍が変化したり、不整脈が起きたりする可能性もあるざんす」
「このままにしておいたら、どうなるんですか?」
「成長して身体が大きくなれば、心臓への負担も増えるざんす。息苦しさやチアノーゼが強くなることもあるざんすよ」
「手術をすれば、走ったり、運動ができるようになりますか?」
「術後の経過を見る必要はあるざんすが、血液の流れが改善すれば、今より身体を動かしやすくなるざんす」
「ぼくも、みんなと走れるようになるの?」
「走れるようになるざんすよ。ただし、手術が終わってすぐ走ったらシスターに怒られるざんす」
「……お願いします。この子の手術をしてください」
「分かったざんす。シスター、同意書を渡すざんす」
「今説明した手術の内容と、手術に伴う危険について書いてあります。分からないところがあれば、署名する前に聞いてください」
母親は同意書を読み、署名をし、シスターが母親と男の子を手術室の前まで案内した。
「ここから先は手術室だから、キュウスケはお母さんと待っててもらおうね」
「キュウスケも一緒じゃだめ?」
「キュウスケがね、頑張れ!って外から応援するって、だからお母さんと一緒にいるって、私に言ってるよ」
男の子はキュウスケを母親へ渡した。
「なら、頑張ってくる!」
シスターと男の子が手術室へ入り、扉が閉まった。
「ここに横になってね」
男の子が手術台へ横になると、シスターは心電図、血圧計、血中酸素濃度を測るモニターを装着した。
「これから眠くなるお薬を使うからね」
「痛くない?」
「痛くないよ、とても気持ちよく眠れるから。眠っている間に終わるから、目が覚めたら、お母さんとキュウスケに会えるからね」
シスターが麻酔を投与すると、やがて男の子の目が閉じた。
「麻酔、効きました。心拍、血圧ともに安定しています」
ピエールは白い割烹着の袖をまくった。
「先生、さっきから気になってたんですけど、なんで今日は白衣じゃなくて割烹着なんですか?」
「ジオンからは白いのは恐れられていたざんす。かなり強いざんす」
「それで白は分かりますが、割烹着はなんですか?」
「それは、テム・レイの秘密ざんす」
「では始めるざんす。まずは狭くなった血の通り道を広げるざんす……ワームフィンガー!」
ピエールの指先が細く変形し、糸のように長く伸びた。
一本の指先が男の子の胸をすり抜けて心臓へ達し、狭くなっていた右室から肺へ続く通り道へ入り込んだ。
指先が内側から広がり、狭窄していた部分を押し広げていった。
「酸素濃度、上がってきました」
「次は心室の穴を塞ぐざんす。スタッフセルを使うざんす」
「そんなものありませんよ」
「スタッフセルは……あります!」
「先生、またとぼけたこと言ってますね」
「あると言ったらあるざんす」
ピエールの指先から生まれた組織が心室中隔の穴へ入り、欠けていた部分を埋めながら周囲の組織とつながっていった。
「シスター、確認するざんす」
シスターが心エコーを当てた。
「心室中隔の穴、塞がっています。血液の流れも改善しています」
「酸素濃度は?」
「上がっています。心拍、血圧も安定しています」
「これで手術終了ざんす」
シスターが麻酔から覚醒させると、やがて男の子が目を開けた。
「終わったの?」
「無事に終わったよ。お母さんとキュウスケが待ってるよ」
心拍、血圧、酸素濃度に問題がないことを確認し、男の子は母親のもとへ戻った。
「お母さん!」
「大丈夫?苦しくない?」
「うん、全然苦しくない!」
母親がキュウスケを返すと、男の子は嬉しそうに抱えた。
「キュウスケ、ぼく頑張ったよ!」
「うん、キュウスケもずっと待ってたよ」
「先生、唇の色が青くないです」
「血液の流れが改善して、身体へ酸素が届くようになったざんす。手術は無事成功ざんすよ」
「ぼく、もうみんなと走れる?」
「すぐにはダメざんすよ。しばらくは無理をせず、少しずつ身体を慣らしていくざんす」
「じゃあ、元気になったら走れる?」
「ガンタンクもびっくりするくらい走れるざんすよ」
「先生、本当にありがとうございました」
「それでは、診療の目玉!!お会計ざんす。今回の手術代はスペシャル料金で千円ざんす」
「千円!?心臓の手術ですよね?」
「もう稀血はいただいたざんすから♪」
「稀血って、さっき先生が言っていたこの子の血ですか?」
「そうざんす♪滅多にお目にかかれない貴重な稀血ざんすからね、うふふふふ」
「先生、そんなことを言ってると鬼殺隊に首はねられますよ……」
「それにしても、心臓の手術が千円なんて……」
「当院ではこういう珍しい病気は大歓迎ざんす♪稀血までいただけたざんすから、千円で十分ざんすよ」
「そういえば、そもそも今日は風邪で来たんだったざんすね」
「そうでした!心臓のことで忘れてました」
「風邪薬も出しておくざんす。カッコナールなら三十万円ざんす」
「三十万円!?」
「熱、喉、鼻にレレもルルも効かないざんす」
「心臓の手術が千円なのに、風邪薬が三十万円なんですか!?」
「当院は重症歓迎、軽症高額ざんす♪」
「風邪薬は結構です!」
母親は千円を支払い、男の子はキュウスケを抱えて診療所を出ていった。




