J9は豊作ざんす
夜空の星が輝く陰で、悪の笑いがこだまする。
星から星に泣く人の、涙背負って病気の始末。
治水診療所ピエール、お呼びとあらば即、参上!
急患、急患、情け無用、火傷、ケロイド、氷嚢〜♪
アウトローも震え出す、コズモドクターJ9〜♪
環七通り、突っ走るのさ、救急車、救急車!
環八通り、時の閃き飛び立つ、霊柩車!
広がるプラズマ、バ、バ、バッドのマーク、
あ、あ、あいつは〜♪
銀河旋風、銀河旋風、ピエール!〜♪
「何なんですか、その歌?」
「銀河旋風ブライガーざんす。昔、コズモレンジャーJ9に入りたかったざんすよ」
「それ、昭和のロボットアニメの歌を思いっきりパクってますよね?もう知りませんよ、ブラスターキッドに撃たれても!」
バタン
診療所の扉が開いた。
「すみません、まだ診てもらえますか?」
スーツ姿の男が入ってきた。目の下には濃い隈が浮かび、ネクタイは緩んでいた。
「大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
男の名前は古道兎丸。見るからに疲れ切った男だった。
「今日はどうしたざんす?」
「ここ一か月くらい、ずっと身体が重くて…朝起きても疲れが残ってるし、仕事中も集中できないし、最初は寝不足だと思ってたんですけど、ここのところ、ちょっとひどくなってきたんで、さすがに一度診てもらった方がいいかなって」
「なんか、思い当たる節は?」
「仕事ですよ!締切ばっかりで、上からは早くしろって言われて、下からはまだですかって突かれて、家に帰ってもメールや電話が来るんです。最近は寝るのも二時、三時で、朝は六時には起きて会社に行ってます。昼飯を食べる時間がない日もあるし、夜はコンビニで済ませて、また次の日も同じです」
「ただ、前は休みの日に寝れば戻ったんですが、最近は寝ても疲れが抜けないし、朝になると身体が重くて……やっぱりストレスですかね?」
「はぁ、そうざんすね」
「どうしたらいいですか?」
「会社辞めちゃえばいいざんす」
「そんな簡単に言わないでください。はぁ……明日も朝から仕事なんですよ。今週いっぱい締切が続いてるんで、休むのはちょっと難しくて、なんか薬を出してくださいよ」
「極上のユンカル皇帝液があるざんすが、クソ高いざんすよ。それが嫌なら、飯食って寝てください。お大事に〜次の人〜!!」
「ちょっと、まだ終わってないですよ」
「今の話だけなら薬より睡眠ざんす。まず飯食ってしっかり寝て、それでもおかしいなら、昼間にちゃんと検査してもらうざんすよ」
「そうですか、分かりました。今日は早く寝ます」
「そうするざんす」
「ありがとうございました。会計お願いします」
「診療の目玉!!!お会計ざんすね、三万円ざんす」
「……三万円?」
「うちは時価ざんすからね、まあ、今回は、軽症ざんすから」
「軽症で三万円するんですか?」
『料金時価』
「本当に書いてある……」
「嘘はつかないざんす。とにかく、しっかり飯を食って死んだように寝るざんす」
「そうします。せめて三万円分食って帰りますよ」
「ありがとうございました。今日はゆっくり休んでくださいね」
「寝て起きたら、結局、仕事ですけどね」
「生きて帰ってくるざんすよ〜」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
古道が扉へ手を伸ばした時、
「うっ……」
胸を押さえ、その場に倒れた。
「古道さん!」
「胸が……苦しい……」
額から大量の汗が流れ、呼吸が乱れていた。
「先生!古道さんが…」
「ほほー、これはもしや…MRI!」
ピエールの赤い瞳が光った。
皮膚の奥、肋骨の内側で動く心臓がピエールの視界に浮かび上がると、冠動脈の一本が塞がれ、血流が途絶えていた。
「これは、心筋梗塞ざんすね」
「古道さん、大丈夫なんですか!?」
「このままだと…死ぬぞ、死ぬぞ…死ぬざんすよ〜!」
「なんで目を輝かせてるんですか!」
「大事な食材……もとい、患者様ざんす、死なせるわけにはいかないざんす!」
「ここで処置するざんす」
人差し指が細長く伸びた。
「ワームフィンガー!」
ワームフィンガーが古道の血管へ入り込み、冠動脈へ進み、閉塞部へ到達した。
「まずは血の通り道を作るざんす」
ピエールは自分の腕に口を当てた。
「ブラッディ・バブル!」
ブオオオオオッ!
息が腕を通ってワームフィンガーへ送り込まれ、先端が冠動脈の中で膨らみ、狭くなった血管が内側から押し広げられ、止まっていた血液が流れ始めた。
「血流が戻りましたよ!これで助かりますね!」
「こんなのはまだ前座ざんす」
「前座?前座ってなんですか?」
「広げただけじゃ意味がないざんす。悪さしてる本体を残したままじゃ、また詰まるざんすよ」
ワームフィンガーの先端が、血管壁に残る動脈硬化の病変を捉えた。
「ここからが本番ざんす」
「アテローム・ハーベスト!」
血管壁にこびりついた病変が次々と剥がされ、ワームフィンガーへ回収されていった。
ワームフィンガーが古道の身体から抜け、大量の病変を取り出した。
「おおおおっ!」
ピエールの両手には稲穂が握られていた。
「豊作ざんす!豊作ざんす〜!」
「なんで稲持ってるんですか!」
「収穫祭ざんす〜♪」
「患者さんを診てください!」
古道の呼吸は落ち着き始めていた。
「……俺、どうなったんですか?」
「心臓の血管が詰まったざんす。心筋梗塞ざんすよ」
「心筋梗塞……」
「もう少しで、環八通りから霊柩車が来るところざんすよ」
「確かに、お花畑が見えたような」
「とにかく命より大事なものはないざんす。仕事を辞めた方がいいざんす。それとお会計のやり直しざんす」
「あの、今度いくらかかるんですか?」
「いや、返金するざんす。29500円返すざんす」
「え?返金されるんですか?それもこんなに?」
「とにかく、しっかり休むざんす。そして珍味をたくさんありがとうざんす」
「ち、珍味?!」
「気にしないで、早く帰るざんす」
古道は、診療所を後にした。
ピエールは回収したアテロームを見ながら、ニヤついていた。




