第1話 祖父の工房とハネウサギ⑧
「はー疲れた」
数時間後、構は軽トラで帰ってきた。無事に修理できてエアコンから冷えた空気が出てきたのだ。
「まー10年使ってればフレアも緩むのは許容範囲ではあるしな」
原因はフレア接続部の冷媒ガス漏れであった。そこを締め直し、念のために気密チェック後に真空引き、ガスを封入したら正常に動いた。それだけだ。
「なんかいろいろいただいちゃったな」
修理費用などは決めていなかったために、修理費代わりに野菜やコメなどを大量に渡されたのだ。田舎あるあるだ。
ニンジンがたくさんあったので「ウサギあげられるな」と考えたあたり、構もだいぶ毒されていた。
それでも感謝されればうれしい。やり切った感で家に戻ってきた。
「さーて片付けだ」
いただいた野菜などは台所に運び、工具を持って工房に戻れば、ドアがボスボスと力強く叩かれていた。
「やっべ、ウサギが来てた?」
構は急いで木の扉を開ける。戸の向こうは白い毛だった。
「毛?」
構が顔を上に向けると、巨大なウサギの顔がある。長い耳が垂れ下がっていた。
「うわぁぁぁぁ」
構はどずんとしりもちをつき、ずずずと後ずさる。
「でででででけえウサギ!」
『ふむ、だいぶ若いじゃないか』
「ほ? 若い?」
流ちょうな言葉が聞こえ、構は少し冷静さ取り戻した。言葉が通じればコミュニケーションが可能だ。
『ゲンゾーはどうしたんだい?』
ウサギに問われ、構は答えに詰まる。
この巨大なウサギは祖父を知ってる。祖父の死を伝えてよいものなのか。伝えたことで自分に脅威が降りかからないか。それが頭にあった。
こんな巨大なウサギなど知らないし、存在などしない。生物の大きさはそのえさの量で決まる。大量に捕食できるほど強ければ大きくなるし、捕食される側ならさほど大きくはならない。大多数が育つ前に捕食されるからだ。
目の前の巨大なウサギはそんな常識的な思考を吹き飛ばすほど衝撃的だった。恐怖を覚えるほどに。
「じ、じーちゃんは、病気で死んでしまいました。俺はじーちゃんの孫で構と言います」
構の言葉に、ウサギは大きく目を開いた。
『そうかい、病気だったのかい。突然姿を見なくなったと思ってたら……』
「急病で病院に運ばれて、そのまま入院になっちゃったから」
『ビョウイン? ニュウイン?』
「あー、医者がいて、病気とか怪我を治してくれるところで」
『なるほど、そんなところがあるんだねぇ。そっか、ゲンゾーは死んでしまったのかい』
ウサギは見てわかるほど肩を落とした。孫の構が気の毒に思ってしまうほどだ。
「じーちゃんを知ってるの? もしかして、じーちゃんが作ったあの行灯も?」
祖父を知っているとなれば聞きたいことがあった。あの行灯だ。
小さなウサギが持ってきたので修理しているが、祖父は何のために作ったのか。どうして自分だと光らないのか。
『その様子だと、何も知らないようだねぇ。ゲンゾーも伝えることができずに死んでしまったようだし』
「ウサギさんは、知ってるの?」
『カマエと言ったかね。妾のことはママとでもお呼び』
「ママ? ママさんで、いい?」
『……まあいいさ』
ママウサギは白い体毛に手を突っ込むと、行燈を取り出した。
子供と聞いて構の中で話がつながった。あの羽の生えたウサギの母であると。
『これは瘴気を浄化する魔道具さ』
「しょうき?」
『悪意を持った霧さ』
「悪意を持った霧……」
おうむ返しになってしまう構だが、それは仕方がないだろう。現代では瘴気などというものは否定されている。空気は何らかの成分で構築されており、どの成分がどれだけ含まれているという気体でしかない。悪意などの意志を持つはずがない。
『この行燈は、森に住まう妾たちにとっちゃ大事なもんなのさ。ところで、子供たちに魔道具をたくさん持って来いって言ったようだねぇ』
ぐいとママウサギの顔が寄る。
「そ、そう。毎朝起こされるのはつらいんだ。だからまとめて直すから、数日おきにしてほしくて」
『ふむ。ゲンゾーもそんなことを言っていた覚えがあるねぇ』
「あ、やっぱりそうなんだ」
だいぶ冷静さを取り戻してツッコミもできるようになった。
「ちょっと聞きたいことがあるんですが」
構は工房を見渡す。この巨大なウサギが入るスペースがあるのか。作業台をテーブルにすればと判断して中に招き入れた。
「用意するものがあるから部屋から離れます」
構はいただいたばかりの野菜を工房に運んだ。話が長くなりそうなので茶菓子の代わりだ。
その間にママウサギは10個の行燈を作業台の上に載せていた。なかなか壮観だった。
「コーヒーは、飲まないですかね」
『水が良いねぇ』
水を要求された。ウサギが水を飲むときは何で出せばよいのか?
構がコップにしようか皿にしようか迷っていると、『コップで』と答えが飛んできた。ありがたいウサギだ。




