第1話 祖父の工房とハネウサギ⑨
「これ、近くの農家さんからいただいたニンジンです」
『これは旨そうだ』
構がコップとニンジンが載った皿を出すとママウサギが舌なめずりをする。
『うむ、うむうむうむうむうむ』
ゼンマイ仕掛けのおもちゃのようにニンジンを食べていくママウサギを脇目に、構は行燈をひっくり返し源三の名を確認していく。
全部あるな。じーちゃん、いくつ作ってんだろ。
簡単に10個を持って来たことで、もっとあるんだろうと予測できた。
『久しぶりに旨いニンジンを食べたよ』
ママウサギが羽をパタパタさせて満足したのは、おおよそ30分後だった。構はその間コーヒーをすすりつつ行燈を直していた。
「口にあって何よりです」
『おっと、聞きたいことがあるんだっけねぇ』
ママウサギが羽をたたんで姿勢を正した。
「この行燈って、俺が持っても明かりがつかないけど、これを持って来たウサギが持つと明かりがつくのはなぜですか?」
そもそも羽が生えたウサギは何だとか、この森はどこなんだとか、いろいろ疑問はあるが、まずはこれだ。ちゃんと直ったのかを自分で確認できないのは不便だ。修理ミスがわかればやり直したい。
現に待ち時間で直した行燈は構が持っても光らないのだ。
『この魔道具は魔力を流さないと動かないのさ』
「マリョク?」
『そういやゲンゾーも同じことを言ってたねぇ。俺に魔力があればって』
このデカウサギは言及しないと記憶が怪しいようだ。
ともかく、祖父もこの疑問を持っていたことと同じく不満を持っていたことが分かった。ちょっとうれしかった。
『作った本人が確認できねえのは癪に障るって、よく叫んでたね』
「あ、やっぱりじーちゃんが作ったんだ」
次なる疑問も解消した。職人あるあるだ。
『うむ。ゲンゾーにはたくさんの魔道具を作ってもらった。妾達だけでなく、他の住人にも作って居おったぞ』
「他の住人?」
『この森にはいろいろな種族が住んでおる。我らハネウサギにヨツデクマ、ツノオオカミ、風切りハト、クソガエル。それに調停者。森の外にはニンゲンもおる』
ぽんぽんと羅列され圧倒されてしまった構えだが頑張って立ち直る。
「あの、人間もいるんですね。ちょうど話題がそこに行ったので聞きたいんですけど、この森ってどこなんですか?」
『境界の森と言われてるねぇ』
「キョウカイの森……」
キョウカイとは、と構は考える。
教会? 境界? 今日かい?
最後のは違うな。
『この森の奥には古い遺跡があって、そこから瘴気があふれてくるのさ。この森がちょうど瘴気を森の外に出さないでいるから境界って呼ばれてると、母から聞いた』
「あ、ママさんにも母がいるんですね」
『そりゃいるさ。いなきゃ妾は生まれてやしない』
構は突っ込まれてしまった
だが、ママウサギの話を統合すると、構の疑問がだいぶ晴れた。
まず、行燈が魔道具というモノであり、それは森の奥の遺跡からあふれてくる瘴気を浄化していること。その魔道具を作ったのが祖父であること。この森にはいろいろな種族がいること。
ただ、不明な点は不明なままだ。
「この森って、どこなんです? 少なくともじーちゃんの家の近くに森はないんで」
祖父の家は隣家こそ遠いが空き地でつながっている。近くに森はあるが家の周りにはない。
目の前にいる言葉を話す巨大な白いウサギが答えな気がするが、構は認めたくなかった。
『ニンゲンどもはシフォン領とか言ってかねぇ』
「シフォンリョウ」
『伯爵だか何だかって、前に聞いた覚えがあるね』
「伯爵……」
貴族っぽいなぁ。日本にはいない属性な人じゃねえかぁぁぁ!
構は心で絶叫した。
『ゲンゾーは異世界じゃと言うてたぞ』
「聞きたくなかった言葉ナンバー1だ」
異世界なんて、小説とかマンガの話じゃん。
『森には魔獣もいるから、出るんじゃないよ?』
ママウサギの真剣な声。あなたがその魔獣では?と聞きたかったがそんな空気でもない。
「そんな危険な場所ならここも危ないんじゃ……」
『理屈はわからないけど、ここには魔獣も入れないし瘴気もこない。この森で一番安全な場所さ』
魔獣は入れないと聞いて構はホッとする。魔獣はよくわからないがイノシシ相手でも大けがする自信はあった。
『さて、そろそろ戻らないと子供たちが心配するねぇ』
ママウサギが立ち上がる。たれ耳だから天井にはつかないが、ぎりぎりだ。
「直した行燈はいつ取りに来ます?」
『なるべく早いと助かる』
「うーん、じゃあ三日後で」
『心得た』
ママウサギは屈んで戸をくぐると、大ジャンプで森を飛び越えて消えた。構はその消えた場所を、ぼーっと眺めていた。
「異世界、ねぇ……」
ほぼ信じていないが、祖父の魔道具が役に立っていると聞いて、それはうれしかった。
「さて、ちゃっちゃと直して家の手直しだ! エアコンも買ってきたし、さっそく取り付け工事!」
構は気を取り直して工房に戻った。




