第6話 領都に行こう①
音もなく降る霧雨が空を濁らせ、視界を悪くする。昨晩からの雨はまだ止まず、天気予報でも今日はずっと雨だった。完全オフの構はホームセンターとスーパーに買い物に行き、必要な材料や食材を軽トラの荷台に載せて帰ってきた。
「雨は困るよ、洗濯物が乾かないし。でも工房の外は晴れてるからあっちに干せて助かっちゃう」
ひとり暮らしでも洗濯物はたまる。数日分ためこんでさぁ洗濯だという日に雨にあたった。が、異世界の工房の森は晴れており、出かける前に干していったのだ。
工房の森は今のところずっと晴れている。このままなのかはわからないが。
「荷物も多いし、このまま工房の前につけちゃおう」
車庫の裏口は工房の庭につながっている。何度か軽トラのまま出入りしていた。ガラッと戸を開け軽トラをバックで入れる。
「うわぁぁ急に白いのが出てきたっす!」
軽トラの後で男の大きな声が聞こえた。
「なんで声が!って、誰だアレ?」
構がバックミラー越しに見たのは、長い剣を構える青い髪の男性の姿だった。だが、その背後にいる金髪長身美女のスフレと赤髪美女のクッキーに気が付いた。畑の方にはロードコッコ3羽もいる。構は急いで運転席から出た。
剣を構える男から「だ、誰だ!」と誰何される構だが、視線は背後にいるスフレにあった。
「こんにちは、スフレさんにクッキーさん」
「おい待て止まるっす!」
「ラスク待て」
「お嬢様、待てって言われても!」
青い髪の男はスフレをかばうように前に出る。スフレよりは背が低いが、それでも180センチはある長身イケメンだ。
「やめんか」
「アイタッ」
スフレは剣を構えているラスクの後頭部をチョップした。
「彼が森の賢者殿だ」
「は? こんなに小さいのが?」
「カマエ殿に無礼なことをいうな!」
「グッハ」
青い髪の男はスフレにグーで殴られた。口が軽い男らしい。
『何ごとか』
森の上空からオレンジの巨大なクマが落ちてきた。ドスンと地面を揺らし着地する。
4本の腕を持つシュウチョウだ。
「なななな魔獣!」
「シュウチョウさんまで」
男と構が叫ぶのは同時だった。
『ふむ、何の騒ぎだカマエ』
「俺も買い物から帰って来たばかりなのでさっぱり」
構はまずシュウチョウと話をする。スフレとクッキーは知っているが、彼女らとは一度会っただけである。信用度合いで言えばシュウチョウが上だ。
「ヨツデクマ殿とお見受けする。私はシフォン伯爵が娘スフレと申すものだ。こちらは侍女のクッキーと部下のラスクだ。礼を失して誠に申し訳ない。我々はカマエ殿に用事があって森に来た。敵意はない」
スフレが剣を地面に投げ、両手を上げて前に出た。シュウチョウが鋭い視線で3人を見渡す。
「シュウチョウさん、少なくともスフレさんとクッキーさんにそんな意図はないと思う」
『……カマエが言うのであれば信じよう。だが、カマエになにかあったならば森が敵に回ると思うがよい』
シュウチョウが口を開け鋭い牙を見せた。
「シュウチョウさん、大丈夫ですって。それに、そんな怖いこと言っちゃダメですってば」
『ム、しかしだな。この森においてカマエは絶対不可侵だぞ?』
「俺はそんな御大層な人間じゃないです。もめ事はよそでやってくださいな」
構は譲らない。構は工作だけしてのんびり過ごしたいのだ。
『ふぅ、仕方あるまい。そこのニンゲンども。努々忘れるでないぞ』
シュウチョウは小さく首を左右に振って、ズシンズシンと森に消えていった。
「カマエ殿、迷惑をかけてすまぬ」
「へ? あぁ、いきなりいたんでびっくりしましたけど、ってすみません先に食材だけでも冷蔵庫に入れます!」
スフレの謝罪を受けつつ、構は軽トラの荷台にある大きな工具箱からスーパーの袋を取り出す。雨だったのでそこに避難させていたのだ。
「カマエ様、あのレイゾウコに入れればよろしいですか?」
「ほぇ?」
いつの間にかクッキーが構の前にいて、ビニール袋を持っていた。構は自分の手に袋がないことを確認して「えっと、中に冷たいアイスがあるでんでそれは冷凍庫に入れてほしいです」
「レイトウコ、というと小さい扉ですね。わかりました」
クッキーがすすーっと工房に消えた。
「えーっと」
どうしたもんかと視線を泳がせた構は、洗濯物に気が付いた。
コンクリートベースの物干しに洗濯物がそよいでいる。作業着にタオル、シーツにパンツもだ。
ベッドのマットレスは、工房の壁のすぐわきにブルーシートを敷き、壁に立てかけて日干ししている。
パンツはまずいなと構は動く。
「洗濯物をしまっちゃいますね」
「私も手伝おう」
「いやいやいや、スフレさんは工房で待っていてください」
「我らの不手際で森の聖獣を怒らせてしまった。せめてもの詫びだ。ラスク手伝え」
「あ、はいっす!」
スフレとラスクと呼ばれた青い髪の男が干してある洗濯物を回収し始めた。
「ふむ、これはなんであろう? 訓練着だろうか」
スフレがパンツを広げている。構は地味なトランクス派だ。適当にホームセンターで買ってしまうくらいに頓着はない。
「お嬢様、それ、たぶん下着っす」
「…………そうか、下着か」
ラスクの指摘に頬を赤く染めたスフレがパンツをそっと構に渡す。耳まで赤くしたスフレはシーツを外し始め、知らんぷりを決め込んだ。渡されても、と構も困る。
穴があったら入りたい。異世界なんだから穴くらいあるよね!
構も知らんぷりしたかった。
「これはですね、あっちが雨で干しても乾かないからなんですよ」
構は突っ込まれる前に言い訳を述べたのだった。




