閑話 領都での報告
境界の森から屋敷に戻ったスフレとクッキーは家令に見つかり、領主であり父であるリコッタと面会することになった。
「お嬢様をお連れしました」
「ご苦労」
その父が無表情でスフレを出迎えた。
勝手に出ていって勝手に帰ってきたのだ。お叱りを受けねばならない。
家令に案内されたのはリコッタの執務室だ。中には父であるリコッタと妻のティラミスがいた。
リコッタは金髪を短く整え、カイゼルひげを蓄えた美丈夫だ。歳は38。若き頃はスフレと同じく騎士団を率いていた。いまでも鍛錬は怠らず、スフレに引けを取ることもないだろう。魔獣を生み出す瘴気が発生する土地を治める伯爵としての義務だ。
妻ティラミスは王国南の伯爵家の次女だった。銀髪で碧眼 おっとり気味だがお酒は大好きな37歳だ。リコッタとは熱烈な恋愛結婚である。いまでも夜は熱いらしい。
「何かあればお呼びください」
家令は退室してしまった。部屋には伯爵夫妻、スフレにクッキーの4人だ。
スフレは椅子に座り、クッキーは後ろに控えた。
「境界の森に行ったようだが」
リコッタの目が挟まる。
「はい。森の瘴気が激減したとの報告がありました。もしや森の賢者が現れたのではと気になりまして、確認してきました」
スフレは真顔でしれっと報告する。リコッタもティラミスも表情を変えない。スフレは幼い頃から暴走する子だった。これくらいは、いつもしていたのだ。
「それで、賢者はいたのか?」
「はい、おりました」
スフレの言葉に、初めてリコッタの表情が動いた。想定外の答えだったのだ。
「賢者殿に会い、持って行った壊れた大筒4台中3台の修理ができました。私が確認しています。1台は魔水晶がないので、到着次第の修理になると聞いています」
スフレが話し終わると同時にクッキーがマジックバッグから大筒を3台取り出す。順に魔力を注ぎ、部屋の隅に向けて光線を出した。
「確かに直っておるのだな」
「帰ってくる途中にイノシシ型の魔獣と接触しましたが、大筒で弱体化し倒しました」
クッキーが魔獣の牙を出す。リコッタは頭が痛いと額を抑えた。
「賢者殿はどのような人物だった?」
「名はカマエ。先代の孫で、歳は30と申しておりました。もっと年寄りかと考えていたのですが、予想以上に若くて驚きました」
「そうか。賢者殿は黒い髪に黒い瞳であったか?」
「いえ、髪は黒かったですが、瞳は私と同じ青でした」
「……そうか」
父は何かの言葉を飲み込んだ。だが、スフレは追及しなかった。いや、できる空気ではなかった。母であるティラミスの視線が痛かったのだ。いまもチクチク刺さっている。
スフレは騎士といえど女である。安易に魔獣に突撃するなと。そんな視線に気がつきつつ、リコッタは口を開いた。
「なにか気が付いた点はあるか?」
「はい。彼の工房には小型の魔導具があふれていました。どれも小型化されて使いやすい物ばかりです」
スフレはシャワー、トイレ、ドライヤーを説明する。クッキーもシャンプーの泡立ちの良さや髪のしなやかさも強調した。
確かにスフレとクッキーの髪の艶やかさが違う。伯爵家なのでシャンプーも良いものを使っているが、差は明らかだ。スフレの髪を見る母の目が怖い。土産に持って帰ってこなかったので、それも追加でお叱りを受けるだろう。
畑でとれた果物や野菜に含まれる濃密な魔力にも言及。土産でもらったメロンを取り出して見せる。
「メロンとは思えぬ魔力だな」
リコッタは唸った。
「これが毎日収穫可能だそうです」
「なんとも信じられん。クッキー、切ってくれ」
「承知いたしました」
マジックバッグから取り出したナイフとまな板でさっとひと口大に切っていく。毒見としてクッキーが先に食べ、次いでスフレが口にした。母と父が同時に食べる。
「……うまいな。しかも体に魔力が漲る」
「えぇ、なんだか肌の張りも良くなった気さえしますわ」
伯爵夫妻も何らかの効果を感じたようだ。お互いを見合い、頬を赤らめている。今夜も熱い夜になりそうだ。
「それと……」
スフレがクッキーを見る。クッキーは黙ってマジックバッグから蜂蜜酒の一升瓶を取り出した。
「……それはガラスの瓶か。かなり透明だな。中はなんだ?」
「岩蜂の蜜を蜂蜜酒にしたものだそうです。作ったのはカマエ殿です」
「岩蜂だと!? あの危険な蜂か!」
「クッキーの鑑定では、『神の蜂蜜酒』と出たそうです。しかも、少量飲んだだけですが、私の古傷が薄くなりました」
スフレは肘まで腕をまくり、傷が目立つ肌をあらわにする。それを見た母が悲しそうな顔をした。
「背中の引きつりも減った感じがあります」
「わたくしの左足の痛みも減ったのが感じられます」
ふたりの証言に父は唸りで応えた。
「にわかには信じられん。しかもそれを気前よく渡すだと? その量だといくらになるか予想もつかんぞ」
父は片眉を吊り上げ疑った。それほどの効果があるものをポンと渡すわけがない。しかも礼をしなければならないのはこちらなのだ。おかしいではないか。
「カマエ殿曰くは、作りすぎて飲み切れないので貰ってくれ、と」
「意味が分からんな」
父は苦笑する。
「毎日収穫可能な野菜や果物、臭くない肉やエールよりもおいしいビールとやらもありました。おそらく、食べ物に困ってはいないのだと思われます」
「なんと……」
娘の報告に父親は頭を抱えた。マジックバッグから現物を取り出され、そしてそれらから魔力を感じたなら信じるしかない。
「その蜂蜜酒はスフレが持っていなさい。他にあるか?」
聞きたくはなさそうな顔の父が、念のためとに口を開いた。
「ヨツデクマの魔導具の修理もしていたのですが、どうやら新しい魔導具も作ったようです」
「新しい魔導具!?」
「発言よろしいでしょうか」
クッキーが小さく手を挙げた。
「許す」
「ありがとうございます。カマエ様の庭にはベルーイゲンの木の倒木があり、生きている木も多数ありました」
「なんだと! ベルーイゲンの木が!?」
「だからこそ、魔導具を作ることができるのかと」
「うーむ、ベルーイゲンの木は育つ場所を選ぶ。我が領では育つことはなかった」
父はまたも腕を組んで唸った。唸ってばかりだが、仕方ないだろう。
シフォン領でも過去に何度も試してはいるのだ。ベルーイゲンの木があればより良い魔導具を作れるはずだ。ベルーイゲンの木は魔力を増幅させるブースターだ。なかなか育たず数も少ないので高額で取引される。
構の庭にある倒木だけで、シフォン家の屋敷が建っておつりがくるほどだ。いま生えている木を合わせれば、とんでもない価値になる。
「賢者殿復活は秘めておかねばなるまい。お前たちも口外するでないぞ」
「しかし父上、魔導具が直ったと知れれば詮索されてしまいます」
「たまたま直った、で押し通せ」
父は無茶ぶりをする。
「疲れたろう、今日はもう休め」
「は!」
スフレとクッキーが部屋を辞した。残ったのはシフォン夫妻だ。
「はぁ、どうしたものか」
父はため息をつく。娘の暴走だったが、結果オーライではある。が、その報酬が問題だ。
今の話を聞く限り、こちらで用意できそうな物は向こうでも用意できてしまう印象だった。しかも数段上の物を。
「下手なものを送るよりも、直接聞いた方がいいかもしれませんね」
妻であるはティラミスはまたメロンを食べた。上品な甘みが口に広がる。と同時に体が熱くなる。
「このようなものがあるのであれば、こちらで用意したものが失礼に当たるかもしれませんし」
「そこが頭の痛いところだ」
「あの子が結んだ縁ならば、あの子に行かせてより縁を強くすればよいかと。預けてある魔導具がまだあるのですから」
ティラミスはメロンをぱくつく。おいしいのもあるが、肌が若返っている実感があるのだ。
実際は若返っているのではなく細胞が活発になっているだけだが、結果として肌に張りが出ているのだ。
「蜂蜜酒の効果が事実であれば、あの子の傷も消えるでしょうし、そうしたら賢者殿に嫁がせても良いのでは?」
「我が叔母のようにか?」
「エリカ叔母さまは自ら嫁いだじゃありませんか」
「そうだが」
リコッタはため息をついて沈黙した。
源三の妻エリカは先代シフォン伯爵の妹エリカ・シフォンだった。これは構もスフレも知らない、シフォン伯爵夫妻だけが知っていることだ。
エリカ・シフォンは、表向きは病死となっていたが実際は源三のもとに押し掛けていた。
リコッタは何度も源三に会ったことがある。そもそも父である先代が源三と親交があったのだ。源三は黒髪で黒い瞳だった。その地域に住んでいる人種の特徴であるとも聞いていた。
構が黒い髪に青い目と聞き、叔母であるエリカの孫だと確信したのだ。
「それはまた考えよう」
「蜂蜜酒は如何します?」
リコッタは少し考え口を開いた。
「本当に傷跡が治るのであれば、スフレに飲ませるのがいいだろう」
「あなたはよろしいので?」
「あの子が得たものはあの子の物だ。あの子には辛い役目を押し付けてしまっている」
「そうですわね」
部屋には沈黙が降りる。伯爵の娘だが長身で身体強化の魔法が得意なだけで騎士団長をやっている。対魔獣の戦いでは、士気を高めるために最前線にいなければならない。
シフォン伯爵家の子供は2男2女だ。長女たるスフレが第一子で、長男、次男、次女と続く。
本来なら長男が騎士になるべきだろうが、彼の適性は魔法使いであり、また魔獣との戦いで左足の脛から下を失っていた。
現在は遠く離れた王都の学園に通っている。
スフレが先頭に立たなければならなかったのだ。
「一度、賢者殿をお呼びしようと思う。向こうでの叔母の様子も聞きたいしな。父の墓に報告もできよう」
「なおのこと、あの子に行ってもらわないといけませんね」
「そうだな……さて疲れたしそろそろ寝るか」
リコッタは立ち上がり、妻に手を伸ばしたのだった。
お世話になります、作者の海水です。
現在、2000文字程度の毎日更新をしています。次の6話で第1章が終わって一区切りとなります。
で、2章ですが、同じように2000文字区切りで行くか、それとももう少し、3000文字程度まで増やして、1話分が終わるまで毎日投稿にしてインターバルを取って次の話に行くか、どうしようか考えています。
ストックの都合もあるはあるのですが(2章の最後を書いてます)本業も忙しくて毎日投稿はキツイなーと思い始めておりまして。『墓地ダン』の書籍化作業もありますし。
1話をまとめて書いている都合上、投稿のために区切る作業が結構手間でして。いい感じに区切れないことも多くてですね。毎回ぶった切りで終わってしまって申し訳ないです。
いっそ毎週1話丸まる15000文字程度でやっちゃうか?とも思いましたが、隙間時間にこの文字数を読むのも大変だよなぁーと。
どうしたものかと悩んでおります。ご意見あれば教えていただきたく。




