第5話 工房での一夜⑥
翌朝。日が昇る前にクッキーは目覚めた。隣のベッドのスフレは寝返りを打ってむにゃむにゃ寝言を言っている。くすっと笑ったクッキーは立ち上がりキッチンで水を飲んだ。
「微量ですが、水にも魔力が含まれていますね。不思議なところです」
白いリネンのワンピースを着たクッキーがふぅと息を吐いた。
「さて着替えましょうか」
ぱぱっとメイド服に着替え終えた時、外につながる戸がぽふぽふと叩かれた。
「魔獣、にしては優しすぎますね。なんでしょうか」
クッキーはスフレを起こさない様に窓に近寄り、そっと外を覗いた。戸の外側には白い小さなハネウサギが4匹見え、その内の1匹が戸を叩いていた。叩くというか、寄りかかっているに近い。
「ハネウサギの子供ですか。何か用なのでしょうか。カマエ様はまだいらっしゃらないようですし」
ロードコッコのダーとクーは少し離れた場所で見守っている。
少し考えたクッキーは戸を開けることにした。
あの程度のウサギならなんとかできるし、わざわざ早朝に来たのは何か用事があるからと考えたのだ。
クッキーが戸を開けると、チビウサギがコロコロ転がって作業台に激突した。チビウサギは起き上がって頭を押さえる。
『ミュー』
『アサー』
『キタゾー』
『ニンジーン!』
残りのチビウサも入ってきた。
「おチビさんたちは、何の用ですか?」
クッキーは屈んで問うた。
『『ニンジーン』』
『『トリニキター』』
チビウサの意見が分かれた。
「取りに来た、ですか。そういえば、カマエ様は何かの魔導具を直していらっしゃいましたね」
クッキーが工房の棚を見た。昨日構が行燈を載せた棚だ。
『『アレー!』』
『『ニンジーン』』
2匹のチビウサが腕を棚に向ける。あっているようだ。
「なんだ、騒がしいな」
むくっとスフレが起き上がった。髪が寝癖で跳ねている。目ボケ眼をこすっているがすぐにハネウサギに気が付いた。
「ほぅ、ハネウサギの子供か。ずいぶん小さいのだな」
ワンピースの寝間着姿のスフレがふわぁーと伸びをすると、袖から傷跡だらけの腕が覗く。
「魔導具を取りに来たようです」
「あれか、カマエ殿が直していたやつだな」
スフレは屈みこんでチビウサの頭を撫で、すっと抱き上げて棚の前に歩いた。
「探し物はこれか?」
『コレー!』
「うむ、ではあの台の上に置こう」
スフレはチビウサを床に置き、行燈を作業台の上に置き始めた。チビウサはぴょんと跳ねて作業台に乗る。10個目を載せたとき、家につながるドアの向こうでどたどたと足音がした。
「チビウサが来るの忘れてたぁぁ」
ドアの向こうで構の声がする。取っ手がガチャガチャするが開く様子がない。
「あれ、鍵をかけた覚えはないんだけど、ってかかってないし」
「あ。戸に魔法をかけていましたね」
クッキーはちらっとスフレを見る。寝間着姿で肌も露出していた。未婚の女性でもあるがなにより肌の傷が見えてしまう。それはダメだ。
「申し訳ありません、お嬢様がまだ寝ておりまして」
クッキーの言葉にスフレがむっとする。だがクッキーの意図もわかっているので声はださない。
スフレは服を持って脱衣所に消えた。
「あ、ごめんなさい。チビウサギが来てませんか?」
「いらっしゃってます。ニンジーンと叫んでおりますが」
「あー、表の畑に連れて行ってもらえますか? 表からそっちに行くんで!」
そう伝えた構の足音が遠ざかっていく。構は車庫から工房の庭に行くつもりだ。
「こちらに来る何らかの手段があるのですね」
そう判断したクッキーはチビウサを捕まえては表に出す。
「ニンジンはあっちですよ」
『『『『ニンジーン!』』』』
4匹はぴょーんと畑に飛んだ。と同時に何もなかった空間がパカッと開いて甚平を着た構が姿を現した。突然のことにクッキーはパチパチと目を瞬かせる。
なにもないところからカマエ様が出てきましたが、どういうことでしょうか。昨晩はたしか魔法など使えないと仰っていましたが?
クッキーの頭の中には疑問符があふれている。空間から出現するなどという魔法は、いわゆる空間魔法に相当する高度な魔法で、使い手も王国で数人しかいない。驚きもする。
「ご迷惑をおかけしましたー」
構は困惑するクッキーの前を通過し、畑に行った。
「ニンジンを食べたら行燈を持って行ってねー」
『『『『ハーイ』』』』
「あ、君らも食べる?」
構はキャベツを手に巨大なニワトリたるロードコッコに話しかけている。ニワトリだから食べるだろうと思ってだ。
2羽のロードコッコはトコトコと歩み、構の手からキャベツを奪った。
「たくさんあるから好きに食べてねー」
聞こえてくるのんきな声に、クッキーはクスリと笑った。




