第5話 工房での一夜⑤
服を脱ぎ、裸体になればスフレの傷の多さがわかる。顔と首に傷はないが、服を着ていればわからない体には無数の傷があった。とりわけ背中の傷跡が大きく深い。服を脱がせているクッキーの顔が悲しみに染まる。
この傷は、魔獣対応で行動を同じくしていた騎士が魔獣の攻撃で吹き飛ばされ、追い打ちを食らいそうになったのをかばった時にできた傷だ。治癒魔法で治療され一命はとりとめたが背中には大きな傷跡が残ってしまった。
醜い傷だが、スフレにとっては仲間を守った自慢の傷だった。ゆえに事情を知らないものに傷物女と呼ばれると悲しい。
「ほぅ、泡立ちがすごいな」
スフレがボディーソープをスポンジで泡泡にして遊んでいる。
「髪もそうですが、お嬢様の肌も艶々になりますね」
「私の肌など誰も見んよ」
「そんなことはありません」
クッキーはスフレの言葉を強く否定する。スフレは若き騎士団長として最前線で戦い続けている。負ったケガも騎士団では一番だろう。多くの傷でドレスは着られない体になってしまったが後悔はしていない。領民の安全が第一だった。
「お嬢様、心なしか背中の傷跡が薄まっているように感じるのですが」
「気のせいだろう」
背中を洗っているクッキーの言葉をスフレは否定する。が、スフレ自身、心当たりはあった。ミードを飲んだ時、体にある傷が熱くなったのだ。熱は一瞬で収まったが、背中の傷の引きつれが小さくなっていることには気が付いていた。
もしやあのミードに癒しの効果でもあるのか。これを飲み続けたら――。
そんな希望など持たず、気のせいだと、思いたかったのだ。
クッキーも、自身の左足にある古傷の痛みも減っていた。周囲には傷がバレないようにしていたが、歩くのに多少の支障があったのをスフレは知っていた。
ふたりとも、心当たりがあったのだ。
「クッキー。あの蜂蜜酒は鑑定でどう見えた?」
「岩蜂の蜜で作った『神の蜂蜜酒』と出ていました」
「神か……この森におわす神は、どのような神なのだろうな」
王国で信奉されている神はいろいろいるが、農業が盛んなシフォン領では大地の神がメインで祀られている。だが、大地の神は豊穣の神であり酒は造らない。酒は精霊が絡むと言われていた。
「我らの神ではなく、カマエ様の世界の神かもしれません」
「ありうるな。この部屋が示すように、我らの常識を超えている。異なる世界の神ととらえておくのがよかろうな」
「お嬢様、流しますよ。しかし、このシャワーは使いやすいですね。ホースでいろいろな場所から流せます」
屋敷にもシャワーはある。が、壁に固定型で体の方を動かさないと石鹸の泡が落ちないタイプだった。壁固定の方が仕組みが簡単である上にホースのように自在に動く素材がなかった。
ここは化学がない世界なので、物理的に素材が存在しない分野は弱い。
「いつもなら股の大事なところも流すのに一苦労ですが、苦労がありません」
「そこは自分で流すから」
「いえ、大事なところですから」
「も、もっと優しく!」
工房には楽しそうな声が響いていた。
「ふぅ、このタオルは肌触りが良いな」
「かなり水も吸いますね」
「持って帰りたいくらいだ」
「お嬢様、先ほどからそればかりです」
「仕方なかろう。それほど素晴らしいのだ」
バスタオルで体を拭いているだけでも明らかな差を思い知らされていた。屋敷のタオルは上物だが、これには劣る。色合い、肌触り、吸水性。何もかもだ。
髪を乾かす用にと構がドライヤーも置いていったので、クッキーはそれでスフレの髪を乾かしている。
「この魔導具も小型化されて使いやすいです。しかも冷風も出るのでお嬢様の髪も艶やかになってます」
「屋敷にあるのは固定型だし大型だ。おまけに温風しか出ぬしな。夏は暑くてかなわんよ」
「この線が厄介ですが、気を付ければいいだけです」
「この線にわずかな魔力を感じるが、気のせいか?」
髪を乾かされて暇なスフレはドライヤーの電線をつまんだ。スフレは指先に流れる魔力を感じた。
「確かに魔力を感じますね。レイゾウコとやらにもありましたので、もしかしたらこの線で魔力を供給しているのかもしれません」
「ふむ、そのあたりが小型化の肝かもしれんな」
「髪も乾きました。時間も短縮できてとても良いですね」
「クッキーの髪は私が乾かそう」
「お嬢様にやらせるわけにはいきません」
「どらいやーとやらは楽しそうだ、私もやりたい」
わちゃわちゃと楽しそうなふたりだった。
その頃、構はというと、風呂に入ってすぐに寝ていた。




