第5話 工房での一夜④
「ずいぶん柔らかい肉だな。それともナイフがいいのか?」
ナイフで肉を切ったスフレが驚きの声を上げる。それを見たクッキーがナイフを凝視した。彼女には『すてんれす』と見えているがそんな言葉を聞いたことがない。
「銀、とは違うようです」
「安物なのでステンレス製ですよ」
クッキーの疑問に構が答える。先ほどからこんな感じだ。
「構殿。ステンレス、とは? 鉄とは違うのか?」
「鉄に違う金属を混ぜ合わせた合金ですね。簡単に言うと、さびない鉄です」
「なに!? さびない鉄だと!?」
スフレがナイフをまじまじと見る。ナイフに美人なスフレの顔が映る。
「見た目は銀のようだが重さが違うな。こちらの方が軽い」
「一般的なステンレスの比重は7.9で、銀はたしか10.5だったかな。だからステンの方が軽いはず」
「なるほど、軽い分、子供でも扱えそうだ」
「軽いけど鉄と同じ硬さなんだよね」
「ほぅ。錆びないのに鉄と同じ硬さなのか……武具にしたら手入れの手間が減るな」
「武具……」
今度は構が黙った。確かに、スフレは細身の剣を佩いている。鎧は着ていないが、来た時のクッキーは服に金属のガードらしきものがついていた。武装も銃ではない。
森には魔獣が出る。構もじかに見た。それらと戦うのであれば、鎧は必須だろう。
だが、そこまで冶金技術が発達していないようだ。
構はスフレとクッキーの首元を見た。伯爵令嬢とお付きの侍女なので高価なネックレスやピアスなどの装飾品を身に着けている。材質は金か銀だろう。それも細かい彫刻がなされたものだ。細微な意匠を彫る技術はあるようだ。
「カマエ殿。女性の首元を見るのは感心せんぞ」
「すみません、ネックレスとピアスを見てました」
スフレに見つかり、構は素直に謝罪する。普通にセクハラ案件だ。
「何か気になるものが?」
「いえ、文明度合いが気になって」
スフレに問われ、構は正直に話すことにした。
「この工房がある森って、俺が住んでる家の周囲にはないんですよ。家の周りは空き地なはずなので。しかも羽が生えた大きなウサギのママさんとか腕が4本ある熊のシュウチョウさんとか、ここで初めて見たし」
構はビールをぐいと飲む。
「自分が住んでるところと、あまりにも技術形態が違うんですよね。うちのとこは科学文明で、こっちは魔法文明みたいな。魔力のある人なんて聞いたこともないし。でもなんでかじーちゃんが魔導具ってやつを作ってて、俺が修理できたり新しい魔導具を作れたりするんだよねー」
ビールがいい感じで回ってきた構の口は滑らかだ。この話ができる人と会ったのが初めてなのもある。集落の人に話しても怪訝な顔をされるだけだ。
「なるほど」
スフレがクッキーをちらと見る。クッキーは小さく頷いた。適度に答えて情報を抜いたほうが良い。
「先代の領主、すなわち私の祖父が森の賢者殿と交友があった。幼き日に祖父に聞いた話だが、森の賢者殿は、その隔絶した技術でもって賢者と呼ばれていたと。またこの森は聖獣や森の人が住んでいて、我々が手を出せない領域だ。そこに居を構え、彼らとも交流があったと聞いた」
「そうなのかー。じーちゃんは病気で急死だったから何も聞けなかったんだよなぁ」
構はビールをぐいと飲みほした。話が聞けてたらまた違ったのに、と。わけもわからないうちに見知らぬ土地に放り込まれたのだ。愚痴のひとつは許されたい。
「そういえば、カマエ殿のご両親は不在なのか?」
「両親は事故で死んでしまったので、この家を継いだのが俺なんですよ」
「すまない、無神経に申し訳ないことを聞いてしまった」
「ひとりも慣れましたよ」
スフレがシュンとするので、構は笑顔を見せた。美人は曇っていても美人だが、晴れ晴れした顔の方がいいに決まっている。
その後は、いい感じに酔っぱらった構があれこれ話しているうちに食事は終わった。
「朝になったら来ますねー。おやすみなさーい」
ほろ酔いの構が工房から出て行った。スフレも「おやすみ」と見送る。
「なかなか愉快な御仁だな」
スフレがやれやれと椅子に座った。
「悪い人ではありませんね」
皿を洗っているクッキーも同調した。酔いもあって深く考えていない構のせいだが。
「力も強くはないし鍛えている風でもない。鍛冶職人や魔導具職人でもなさそうだ。だが奇妙な魔導具で修理していたな。壊れた魔導具が直るなど初めて見たぞ」
「わたくしの鑑定では『異世界人』と出ておりました。先代の賢者様もそうだったのでしょうか」
「異世界人か……お爺様は『異邦人』と呼んでいた」
「言葉は違いますが、異なる場所の人、であるのは間違いなさそうですね」
クッキーは工房を見渡す。
「この部屋も、明らかに我々とは違う様式です。魔導具もこれほど小型化しております。屋敷でも保冷庫の魔導具自体がわたくしほどの大きさになってしまいますし、この水やお湯が出る蛇口も、魔核が見当たりません」
「先ほどトイレに行ったが、快適すぎて、屋敷にもほしくなったぞ」
「わかります」
クッキーは深く頷く。座り心地も良い。
シフォン領都にある屋敷も水洗トイレではあるのだが、紙はあれほど柔らかくなく、庶民はやわらかい葉っぱだった。
「どんな世界なのか、気になるな」
「気になりますがお嬢様、シャワーで体を洗いましょう。念のためドアに封じの魔法をかけておきますね」
「大丈夫だとは思うがな」
「念のため、です。わたくしが襲われるのならいいですが、お嬢様は未婚でございますよ?」
「はん、私のようなデカくてがさつな傷物女を欲しがる酔狂な男はおらんよ」
スフレは袖をめくり自嘲する。スフレの腕には傷跡がある。小さいものや縫い跡が目立つもの。いくつもあった。
スフレの体は魔獣との戦いで傷が多い。特に背中の傷が大きく皮膚も引き攣れていた。他の貴族から陰で傷物女と呼ばれているのも知っていた。
「さっさと体を清めて寝るとしよう。シャワーはあっちだったな」
「わたくしが洗いましょう」
「子供でないのだ、自分で洗えるぞ?」
「使い方を聞いていたのはわたくしですよ?」
「わかったわかった、おねがいするよ」
クッキーに言い負かされたスフレが苦笑いを浮かべた。




