第5話 工房での一夜③
それから1時間後。調理が終わり、夕食を作業台に載せていく。まともなテーブルがあればよかったのだが工房にそんな場所はない。
作業台を片付けてきれいに拭いてヨシだった。
「作業台ですみません」
「いや、あるだけ上等だ。遠征時にはまともなテーブルなどないしな」
傷が目立つ作業台で食べることを申し訳なく謝罪する構に、スフレは笑顔でなんてことないと応じる。騎士団の遠征ではマジックバッグにテーブルやいすを入れて持ち運べるがおける場所があるとは限らない。平野ならいいが岩場や林などでテーブルは無理だろう。
「できました!」
クッキーがスープ皿を運んでいる。クッキーが作った夕食は畑でとれた野菜たっぷりと豚バラ肉のコンソメスープ、鳥の胸肉を塩胡椒で焼いたものだ。パンは手のひらほどの黒い丸パンふたつで、指で押せば少し硬いかなという感触だ。ライ麦のパンが近いかな、と構は思った。
「やや酸味があるパンだが、腐ってはおらん」
「なるほど、ライ麦っぽいのは正解だったか」
穀物の植生は似たようなものらしい。
デザートに一口大のメロンとスイカが添えられている。おいしそうな匂いと湯気が立ち上る料理を前に構が「あ」と声を上げる。
「食前酒とかどうです? シュウチョウさんに蜂蜜をもらって蜂蜜酒を作ったんですよ」
あれから調子に乗った構は、ミードを10リットルの金属製のボトルに作っていた。作ったのはいいが、ひとりで飲み切れきれる量ではなかったし、ビールやハイボールも飲みたかった。
構は家に戻りショットグラスを3つ持って来た。大学の友達の結婚式の引き出物でもらったが活躍の場がなかった一品だ。打ち付けても割れないほど底が厚く、つるりとして意匠はない。一気飲みするためだけの小さなグラスだ。
ショットグラスにミードを注ぎ、ふたりの料理の前に置く。
「アルコール度数は10%くらいですかね。滑らかでおいしいですよ」
笑顔で説明する構だが、ミードを見つめるクッキーの顔が引きつっていたことに気が付いていない。
「温かいうちに食べよう」
スフレがショットグラスを掲げる。構と、再起動したクッキーも従った。
「森の賢者殿との出会いに乾杯!」
「「乾杯!」」
それぞれがミードを口にする。構が「やっぱうまー」と叫ぶ傍らでスフレとクッキーはグラスを口に付けたまま大きく目を開いていた。
「これは……」
「濃厚でとてもおいしいですね」
スフレの言葉を遮るようにクッキーが笑顔を見せる。口にあったようで構もほっとした。
「まだたくさんありますけど飲みます?」
「いえ、わたしたちには少々強いので」
「そっかー。日本酒くらいはあるもんね」
すでにアルコールが回り始めている構は口調が崩れ始めている。構は酒好きだがあまり強くはない。
「ビールとかありますけど飲みます?」
「ビールとはなんであろう?」
「麦のお酒で、これは生ビールですかね」
構は冷蔵庫から缶ビールを持って来た。黄色い星がトレードマークのメーカーだ。
「エール、とは違うのか」
「えっと確かですね……」
ビールには発酵方法によって種類があり、上面発酵によるエール、下面発酵によるラガーがあり、それの処理方法で生ビールが派生する。生ビールは非加熱処理だ。
なお、味わい深いのはエールの方で、クラフトビールにはエールが多い。日本には地ビールも多いので、酒好きの構は感謝しきれない。
「日本のビールはラガーですね」
「ほぅ、違うのだな」
スフレがあごに手を当て感心しているが呑みたそうな顔をしている。
「一口いってみますか」
「良いのか?」
スフレはちらっとクッキーに視線をやる。なんとなく日頃の行いが垣間見える。
「一口くらいなら」
「許可がでたぞ!」
「一口ですよお嬢様!」
「一口ならいいのだろう?」
クッキーの苦言にもスフレはいい笑顔だ。何かを企んでいる、そんな笑顔だ。
構はあまり気にせずカシュっとプルタブを空けた。その音にスフレとクッキーの肩が跳ねる。
「あ、うるさかったですかね」
「いや、慣れない音だったのでな」
そう答えたスフレだが、視線は缶ビールに固定されている。構は苦笑しつつ新しいビールグラスをふたつ持って来た。缶ビールのおまけでついてきた、缶ビール1本分の容量のグラスだ。
構はなるべく泡が立たないようグラスを傾けてビールを注ぐ。
「ずいぶんと泡が立っているが、細かいな……」
ほぅとスフレが感嘆の声を漏らす。スフレが知っているエールはそれほど泡立たない。
ビールは、発酵するだけではあの炭酸は出ない。炭酸を後から加えているのだ。だからこそののど越しである
「泡が細かいと、おいしく感じますよねー」
お酒好きなのかもしれないな。気が合いそうだと構は感じた。構もお酒は大好きだ。
「ではひと口」
そう言ってスフレはブラスに口をつけ、グビグビ飲んでいく。ひと口で全部飲む作戦だ。
スフレは空になったグラスを作業台に置く。
「なんと飲みやすいエールだ! こう、のどを通過するたびにさっぱりする!」
興奮したスフレの頬が赤い。酔っているわけではないだろう。
案の定クッキーはあきれている。
「お嬢様。お酒も良いですが食事もお願いします」
「もちろんだ。クッキーの料理はおいしいからな」
クッキーにチクッとされ、ちょっとバツの悪い顔のスフレ。その横で構が缶ビールを空けていた。ノンデリめ。




