第5話 工房での一夜②
「すばらしい野菜ちゃんです!」
頬を赤くしたクッキーが両手に野菜を抱えて戻ってきた。鼻息も荒いのでだいぶ興奮しているようだ。
「落ち着けクッキー」
スフレが苦笑いするのを、構は「仲がいいんだなぁと」微笑ましく眺めている。
「さっそく調理いたします! 竈の魔導具はどこにあるのでしょう?」
「あ、うちはIHだからガスコンロはなくって」
工房のキッチンはIH式なので説明する。工業用の潤滑油などがある工房では裸火はなるべくない方が良い。
「フライパンをこの円の中において、このボタンを押すと熱くなるので。火力の調整はこのつまみです」
「火を使わないのですね……」
クッキーが口に手を当てて困惑しているが、構の説明通りにフライパンが温まると意識を切り替えた。
「カマエ様! これはいいものです!」
クッキーが興奮して叫んだ。これなら大丈夫かなと、構は残りの大筒を分解し、壊れた箇所を探していた。
「断線してるのはひとつ、電源部から外れてるのがひとつ、照明部がなくなってるのがひとつか。部品そのものは大丈夫そうだから、修理は可能だね。でも今日はもう夜だし、部品手配もあるから明日直しますね」
構はにっこり笑顔でスフレに報告する。水晶は通販で見つけたので注文済みだ。最速で明後日に届く予定だ。
「ありがたい。ひとまず直った大筒を持ち帰ろうかと思う。残りの3つは後日取りに来るので良いだろうか」
「全然問題ないですよ。あ、でも昼間は別な仕事で不在な時があるかもです。取りに来る日が先にわかればいいんですけど」
「ふむ……確実な連絡方法があればよいのだが」
スフレは考え込んだ。取りに来る前に報酬の話があるのだが、構の工房を見る限り、欲しそうなものの見当がつかないでいた。明らかに自分たちより便利であり、自分たちが持っているものより優れていたのだ。
何を差し出せばよいか。いっそ私などで良ければ、どうせ傷物女の嫁ぎ先などないのだ。などと考えが飛躍していく。
「急ぎなら、あす朝に直せそうな2台は直しちゃいますけど」
「可能なのか!?」
「瘴気関係なんですよね? なら急いだほうがいいじゃないですか」
この森のママウサギやシュウチョウは瘴気で困っている。構も嫌悪感を持った。わざわざここまで修理依頼に来るならば、相当困っているのだろうと察せられる。
「壊れている個所と修理方法が分かったので、1時間もあれば2台は直せます」
「ではお願いする」
「承りましたー」
そうなった。
「そういえば、先ほどシフォン領とお聞きしましたけど、その、シフォン領って何です?」
構は作業しながらスフレに質問を飛ばす。ようやく質問ができるまで落ち着いたのだ。
「うむ、ここはサントノレ王国の西部に位置する森だ。シフォン領は王国の西に位置しており、この森の隣を統治するシフォン伯爵の領地のことだな」
「サントノレ王国ですか……聞いたことないなぁ」
「この大陸では1番の国なのだが」
「田舎育ちなんですみません」
国っつーか世界が違うしなぁ、と構は心で答えた。
「我がシフォン領は王国の中でも農業を担う大きな領地でな、広さは王国の2割ほどと言われている」
「めっちゃでかいですね。農業は土地が必要ですからね」
「うむ、賢者殿はよくものを知っておられるな」
スフレが腕を組んでうんうん唸っている。
王国がどれくらい広いか知らないが、国土の2割となれば相当なものだとわかる。日本で例えれば、北海道が22%と同じ程度だ。どれほど大きいか視覚的にも理解できる。
東京を支える食料の一部は広大な関東平野で生産される。気候の都合もあってすべては無理だが、新鮮な葉野菜は多く供給されている。もちろんそれでも足りないので遠くから運んでいるのだが。
「我らが領は王国の食糧庫を自任しているが、王国の小作人と揶揄する貴族もいてな。大概は商人上がりや貿易で利を得ている貴族だがな、ふん」
スフレが鼻を鳴らした。美人でも鼻を鳴らすんだなと構は勉強になった。そういえばお高く留まった美人はこんな仕草をするもんだとも。
「うちの方でも、農家さんを馬鹿にする人も多いですよ。自分が食べているものは誰が作ってると思ってるんだか」
「そうだろうそうだろう。我らが作らねば来年のパンはないのだぞ」
構が同調すればスフレも憤慨を隠さない。クッキーから視線が飛んできているがふたりとも気が付かないでいた。
「そんな豊かな場所で魔獣が出たらいい迷惑ですね」
「そうなんだ。大昔のことだが、いまの領地のあちこちで大きな戦があり、そこには消えぬ怨念が漂っていてな。そこから瘴気が生まれるのだ」
「なるほど、それで瘴気対策の魔導具が必要なんですね」
古戦場だったら、苦しみ恨み辛みで幽霊も出るよな。
この森とは違う理由だが、どちらも悍ましい印象しかない。
「そういう理由なら、頑張って直しますよ」
「押しかけた上に無理を言って申し訳ないが、助かる」
スフレがふっと表情を緩めた。
美人は三日で飽きるとか言うけど絶対飽きねーよ、とスフレの微笑みにガツンとやられた構は独り言つのだった。




